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タイムマシンは「香り」だった ~世界の香料市場に起こりつつある変化(IISIA研究員レポート Vol.16)

16世紀、欧州。ルネサンスそして宗教改革の嵐が起こり中世から近世へと新しい世界観が生まれた。ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)が地動説を発表し、大航海時代における「冒険の時代」から「征服の時代」へと移行した頃でもある。

1815年6月18日のワーテルローの戦いでは欧州中がその行方を固唾を飲んで見守った。ロンドン・シティではこの戦いの勝敗によって儲けた者、大損した者、そしてロスチャイルド家のように巨万の富を得て世界経済における確固たる地位を築いた者も出た。

こうした時代の欧州の人々はどのような「香り」「匂い」を日々嗅いでいたのだろうか。

まさにその頃の「欧州の香り」をデジタル・ライブラリーとして蘇らせる試みがなされようとしている。英国および欧州の科学者、歴史家、人工知能の専門家らが人工知能を用いて16 世紀から20 世紀初頭に欧州の人々が嗅いでいた様々な香りを特定し目録化する予定だ(参考

 (図表:ルーベンス&ヤン・ブリューゲル(父)『嗅覚(The Smell)』)

ブリューゲル

(出典:Wikipedia)

欧州の過去と現在の「匂い」を探求する初の国際研究プロジェクトになる。最終的に目指しているのは「欧州文化を形成してきた主要な香りは何だったのか」「困難な香りや危険な香りに欧州社会はどのように対処してきたのか」を明らかにすることだという(参考)。

実は「嗅覚」は五感のうち最も未開拓であった。視覚や聴覚の方が重要視され「匂い」は説明のできない謎に包まれた世界だった。

その嗅覚を解明したのが神経科学者リチャード・アクセル(Richard Axel)とリンダ・バック(Linda B. Buck)である。匂いを識別する「受容体」と呼ばれるたんぱく質の実態を明らかした。また鼻の中にある嗅覚神経細胞はおよそ500万個あり、これらの神経細胞が脳にどのように接続されているのかも解明された。この発見によって2人は去る2004 年にノーベル生理学・医学賞を受賞する(参考)。さらにゲノム解析によって人の嗅覚受容体遺伝子は約350種類もあり全遺伝子の1%をも占めていることもわかっている(参考)。

(図表:Fragrances)

fragrance

(出典:IFRA

神経科学の見地による裏付けもあり香料マーケットは昨今急拡大している。世界の「香り」(flavour and fragrance)の市場規模は約263億ドルとされている(参考)。

他方で「香り」は欧州(EU)勢において特に規制が厳しい。香料の公的規制はなく世界のほぼすべての国の香料規制が国際香粧品香料協会(IFRA、International Fragrance Association)が定める「IFRA スタンダード」に準拠している。

新たな市場も生まれている。「デジタル嗅覚テクノロジー」(digital scent technology)の過去5年間の年平均成長率(CAGR)は30.4%で6億9,100万ドルとの試算もある(参考)。

新たな領域の出現によって「香り」のグローバル・マーケットが今後どのように変わってゆくのか引き続き注視して参りたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す