「こころ」の時代。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 90)
酷暑だが、欧州大陸らしい「からっとした」暑さのスイス・ジュネーヴで行われていた国連「AIガヴァナンスに関するグローバル対話」会合から一昨日、東京に戻ってきた。気温だけとらえれば実のところ我が国の方が低いはずなのだが、すさまじい湿度に降機した瞬間、圧倒された。そう、「ここは日本なのだ」と。
ジュネーヴの会合では不思議と、誰も「トランプ」という名前を口にするものは皆無であった。米国勢からの出席者においてすら、である。しかもAIがヴァンスの話をしている最中に「AIの戦闘・戦争での利用」を明示的に語った者もこれかた皆無であった。口を開けばメディア関係者や官僚たち、そして政治家たちのいずれもが「トランプ、トランプ!」と騒ぎ、あるいは「経済安全保障だ」「AIによるドローン戦だ」と連呼している我が国の異様さは、一歩外国に出てみれば分かるのだが、そのことを指摘するものは我が国にいない。一体誰と本気で戦おうとしているのか全く分からないのだが(中国?ロシア?相手は「核保有国」であることを踏まえれば、そうした適当な床屋談義で安全保障を語れないことは誰の目にも明らかだ)とにかく連日連夜、「戦争準備、戦争準備!」なのである。帰国してからわずかしか経っていないが、正直、心が非常に萎えてしまった。やはり、我が国は「行くところまで行かない」と分からないし、変わることの出来ない国であるらしい。
もっとも嘆いてばかりはいられないのであって、今回の往復路でかねてより気になっていたアリス・ベイリーの著作3冊(主要著作)を機内で読破した。そこに書かれている内容(brotherhoodのあるべき認識)が、実のところ筆者がこれまで北の大地に暮らすメンターから受けてきた曰く「古神道」の教えと余りにも酷似しているので正直驚いたわけだが、それでは一体何がそこでのイシューであり、必須の認識であるのかについては、昨日(10日)に博多で収録し、リリースした音声レポート(特別号)において詳述しておいたので、是非お聞き頂ければと思っている。
アリス・ベイリー曰く、人類は「政治・統治・人種」「宗教・信条・信仰」「科学・文明・教育」の3つの柱のいずれかどれかに必ず関わる生き方をしていくことになるのだという。そして人類が究極のロゴスの「意思」の発露として真に霊的存在になることを熱心に語るわけなのであるが、これまでどうにもこうにも納得が行かなかったことがある。それは筆者が教育者の端くれとして、まだそれ、として自覚の乏しい方々に対して「そのまま行くとどうなるか」について語り、それを避けるべく「備えよ」と語ると、むしろ逆噴射(backfire)してしまう方がいるということである。そうなると「教育者」である以上、そこにむしろ情熱を注ぎ、同人らとコミュニケーションを取ろうとするわけであるが、とにもかくにも全くもって方向は真逆になったままなのである。しかもむしろ、その歩みは一気に真逆へと突き進み、もはやこちらからは手が届かないところにまで行ってしまう。教育現場において若い学生、あるいは社会人の方とこれまで20年間接する間に何度となくこうした光景を目の当たりにし、忸怩たる思いをしてきたことをここでは吐露しておきたい。
しかし、である。アリス・ベイリーはその主著の一つ『イニシエーション(Initiation, Human and Solar)』の中において、この点について次のとおり喝破しているのを見つけ、地上から遥か彼方の上空で不思議と今回、納得してしまったのである。
進歩するにつれて、熱誠家は相反する対をなすもののバランスをとるだけではなく、兄弟のハートに隠されている秘密を打ち明けられるようにもなる。彼は世の中で認められるようになり、何とかしてくれる頼りになる人と認められる。その認められた線に沿った力添えや手助けを求めて人々が訪れるようになり、様々な等級のデーヴァや人々に聞こえるよう自分の音色えをはっきりと響かせ始める。彼は―この段階において―執筆、講演、授業、音楽、絵画、芸術を通してそのようにする。彼は何等かの方法で人々のハートに触れ、人類を援助し、陣理に奉仕する者となる。ここで、この段階での特徴をもう二つ述べておいたほうが良いだろう。・・・(中略)・・・この段階において、熱誠家の生き方はオカルト的な意味で破壊の道具にもなる。彼が行くところ、高位階層や彼自身の内なる神から通して流れるフォースが時として、周囲に奇妙な結果をもたらすことがある。つまり、そのフォースが善悪両方を刺激するものとして作用するのである。そのために、月のピトリ、つまり兄弟や彼自身の三体を形作っている小生命も同様に刺激を受けて、その活動が強められ、その力が劇的に増大する。内界で働く方々はこの事実をいくつかの望ましい結果を引き起こすために利用するが、これによって、しばしば進歩した魂たちが一時的に転落することもある。彼等は自分に注がれるフォースに耐えられず、様々なセンターや媒体が一時的に過激な刺激を受けることで、自制心を失ってしまうのである。これは個人だけではなく、グループにも起こるのが見受けられる。
こうなってしまうと実に大変だ。関われば関わるほど逆効果となるわけだが、当然、自分自身もそのことに気づくわけなので自衛のための行動をとり始める。それが熱誠家(教育者)が語ることと「真逆の方向」へと一目散に駆け出すということなわけである。しかしいかんせん、それは全て熱誠家(教育者)がそうであるが故に生じていることであるわけなので、何ともしようがないのである。ある先達は筆者からこうした「悩み」を聞かされて、こう教えて下さった。
「どうしてもそうなってしまう方はカルマを背負っているのです。そうならざるを得ないようになっていることをあなたはどうにも出来ない。出来ることといえば、せいぜい、静かに見守ることでしかないのです。」
この言葉を聞いてあらためて筆者は考えあぐねていたことをここで告白しておく。しかしここに来てようやく思い出したのである、前述の、北の大地に暮らす我がメンターから授かっていた言葉を、である。
「光が差すからこそ、陰は出来るのだ。したがって、陰が出来ることを恐れてはならない。」
このこと、を裏返すならばこういうことになる。光があるからこそ、陰は存在する、のであれば両者は互いに存在するために必須であるということが出来る。しかも、光の側から「光量」を強めて注げば注ぐほど、何のことはない、陰もまた巨大になっていくのである。つまりは「教育者」の側から真逆に突っ走っていくかつての学び人を追いかけても、絶対に追いつかないのである。何かをあざ笑うかの様に、事態は余計悪化していく。
しかし、である。発想を変えてこう考えてみてはどうか。あえて光の側から光を注がないようにするのである。残されるのは漆黒の闇であり、陰の側はしばし安堵することであろう。だがしかし、そうであるが故にある時から闇=陰は光を求め始めるのである。なぜならば闇=陰は「光」がなければそれとして存在し得ないからである。したがってどれだけ時間がかかるのかは全く予見できないものの、むしろ闇=光へと静かに学び人を送り込んだ方が、かえって光の側へと戻る可能性は高いのではないか、というのが筆者の現段階における結論である。このことはかつてC. G.ユングが打ち立てた心理学においても、同じ様な療法があったように記憶している。
「光と闇の両方を漂わせる心性、そしてそれを泰然と受け止める己の在り方とは」と次に思いあぐねている時、ふと「こころ(心)」という言葉が胸に浮かんできた。そして今回の往復路で夏目漱石の『こころ』を改めて読破した次第である。漱石は死線を彷徨う体験(「修善寺の大患」)の後、後期三部作を著していくがそこで座右の銘として辿り着いたのが「則天去私」なのであった。結局、「こころ」はそこに辿り着くためにあるものなのかもしれない。
そんなことを漠然と思いつつ、若い友人に読んだばかりの文庫本『こころ』を渡したところ、「自分の祖父がそういえば”こころのノート”というメモを日々綴っていた」と言われた。どうやら古今東西、賢人というのは誰でも結局、同じところに辿り着くらしい。しばし「こころ」というキーワードについて、談笑した。
過去データがほぼ完璧に揃えば、そこで表現される「閉じられた系」の世界への最適化は機械学習(machine learning)という意味での人工知能(AI)がヒトよりも早く迅速に、かつ効果的に達成出来るのである。そこにもはや人類の出番はないというべきであろう。しかしそれでもなお残るのが「光と闇」の相補関係なのであって、そこで熱誠家として「教育者」になったものに必要なものといえば、むしろ過去データをいくら精緻にしても測りしえないという意味での「開かれた系」へと至る、この意味での「こころ」なのである。むしろ熱誠家(教育者)に対して熱心であり、時にはそれとの同一化すら望んでいたからこそ、ある種の方々は逆噴射(backfire)してしまうのである。問題は「そうであること」をひしと受け止め、追いかけるのは止め、しばし「消灯」する覚悟をもってゆっくりと時を数え始めるマインドとしての「こころ」こそ、今この時代で最も求められていることなのだろう。そしてそれは誰よりも我が国という「集団・組織」に気持ちがあるからこそ、抱くべき「こころ」でもあるのだ。
その意味で時代は「こころ」の時代になりつつある。願わくば、この「こころ」が報われんことを。
2026年7月11日 東京の寓居にて
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト
原田 武夫記す
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