再論「倭国大乱の時代」。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 92)
我が国国会において「副首都法案」が可決された。与党・自民党と事実上の連立を組んでいる日本維新の会が当初から「要求」として掲げていた事項について、いよいよ法律化されたわけであり、これで「大阪が副首都になる」と思いきや、大間違いである。名古屋、仙台等々次々の他の諸都市の首長たちが、「我こそは」と名乗りを挙げている。要するに「副首都は1つ」という国民的な合意は無いというわけなのである。結果、これから我が国は新しい時代へと向かい始めることが決まった。すなわち明確な中心の無い国家への転生、もっといえば「倭国大乱の時代」の再来だ。
筆者は京都産業大学において「京都学」を修め、とりわけそこでは「歴史地理学」を修めたことがある。その際、テーマ(reseach question)として取り上げたのが、「京都と小京都」であった。「首都」の議論というと、とかく政治的な機能、さらには経済的な機能ばかりが取りざたされるわけであるが、実のところ、それだけで「都」が決まるということはこれまで我が国では一切無かったことに留意しなければならない。まず、そもそも論として「都」と「宮」は違うわけであるが、そんなことすら、国会に陣取っている「議員」たちは一切知らないのであろう。そして「都」とは、要するに我が国の場合、スメラギの居所を中心とした官僚機構(実際にはその長として「閥族集団」が配置される)、さらにはそれを警備する武力装置(検非違使など)が配置されることによってはじめて成立するものであったのである。
「何を言っているのか。今は令和の世であり、古代都市論を述べても意味がないのではないか」
そんなお叱りにも近い、疑問の声が聞こえてきそうだ。しかしその様に考えられることこそ、全くもってどこぞの国会に陣取る「浅学の輩」と同じレヴェルなのであって(失礼。しかしそうした御仁たちに限って「日本ファースト」などと叫んでいるのだから実に笑止だ)、実際には我が国において「都」とは、この様にスメラギが何をもってそこを居所とするのか、それこそが最も重要なこととして、これまでずっと決められてきたのである。そして何を隠そう、政治都市の様に見えた明治維新前の東京=「江戸」もまた、叡山の大僧正・天海がその立地にあたって大活躍した「神権政治のための立地」であったことを、まずは知らなければならないのである(木戸孝允を中心としたグループが「江戸」を首都に選定した理由も当然そこにある。我が国の「神学」を極めれば自ずから出て来る答えがこれ、なのだ)。
そのことを考えた時、果たしてどこが「立地」としてふさわしいのかについて、実のところすでに「スメラギ」の側には明確な答えがある、と聞く。しかしそれをあえて「逆向き」に動かそうとする輩が今回の立法化にあたって主たる勢力になったというわけだから、全くもって今後何が我が国において生じるのは非を見るより明らかなのである。
この手の話を考える時に最も重要ななのが「ルシャトリエの原理(Le Chatelier’s Principle)」である。すなわち「ある方向へと動かしたいのであれば、むしろまずは逆に動かす」というあれ、である。最終的に我が国がその「高い意思」において一つの方向へと都を動かすことがそのご意思であるのだとすれば、あえてその「真逆」の動きを下々がすることを看過するはずだ。そしてその結果、どうにもこうにも立ち行かなくなるため、むしろ真逆へと動き、元来「あるべき流れ」が生じるというわけなのである。
我が国の「政体」勢力は完全に行き詰まっている。「原資」が無い中、とにかく分配を下々から求められているのであるから、「政体」勢力を牛耳るリーダーシップはとにもかくにも、もはや「忌避するべきことはない」とばかりに、昭和の大帝が戦略的に封じ込めたはずの禁断の「戦争経済」の扉まで開いている。それでもなお即効性がない以上、来年(2027年)4月実施予定の「統一地方選」では、まさかの「自民党惨敗」がささやかれ始めているのである。そうである以上、我が国は「不動産資本主義」なのであるから、今度は公共事業を大量に行おうとばかりに、「副首都」なる議論をぶちあげ、ついには法律にまでしてしまったのである。しかし、「無いものは無い」のであって、ただでさえ少なくなっているパイをさらに引きちぎろうと、それぞれの地域の「政体」という意味での閥族勢力がそれこそ肉弾戦を今後は繰り広げることになる。当然、それは地域政党の乱立を招き、やがては我が国の「国家としての統一性」にまで疑問符を付けざるを得ない状況を招来することであろう。
要するに、だ。時代はここでいったん、我が国について見ると「明治維新以前」に立ち戻るということなのである。それはすなわち、我が国が「列強」の脅威にさらされた当時に立ち戻ることを意味しているわけであるが、「国旗損壊罪」などをつくっても国旗に敬意を払わず、よってそこに国家としての「統一」の規律すら持てない我が国において、「地方利権」を掲げるこれら閥族勢力らはもはや国家安全保障などには(表向き何と言おうともその実)全く関心がなく、場合によっては事もあろうに、そうした諸外国勢と手を組む輩まで現れるはずなのである。正に時代は「倭国大乱の時代」の再来、というわけなのである。
中央政府はそうした中でものの見事に瓦解していく。「食い扶持」を与えくれない政府になど、誰が信頼・信用するであろうか。結果として、「分散型価値創造(distributed value creation)」が人工知能(AI)とその周辺の社会実装を通じて実現されるわけであるが(弊研究所がグローバルな場面を中心に論じて来ているAi-enabled governance)、その意味で我が国は「国家」としての在り方を大きく変えることになる。「親方日の丸」モデルの産業政策、金融政策、不動産政策などなど、諸々がここで終了し、全くもって違う形へとヴァージョンアップされるのである。そうなること、は余りにも明らかなのであるが、「政体」リーダーシップはというと、あいも変わらず、昔からのルールで乱闘を繰り広げることになる。そうした中で「選挙」が乱発されることになるが、その度に我が国は統一体であることを止め、大いなる分断の時代を迎えることになるのである。そして最後に、私たち全員がこうした問いを自らにぶつけざるを得なくなることであろう。
「ニッポン人とは何か。ニッポンとは何か」
いよいよ、である。武者震いを禁じ得ないわけであるが、しかしだからこそ、心を静めて「元来あるべき姿」を沈思しなければならない。なぜならばそれこそが「正しき土地に都が辿り着いた時」に役割を果たすべき者たちだけがあらかじめ知るべきことだからだ。そう、時代は「倭国大乱の時代」再来、だからこそ、「その先の未来」をあらかじめ静かに知らなければならないのだ。筆者は今、強く、そう想う。
2026年7月26日 東京の寓居にて。
原田 武夫記す