コロナ特需?「精密栄養学」の個人データベース市場 (IISIA研究員レポート Vol.27) - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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コロナ特需?「精密栄養学」の個人データベース市場 (IISIA研究員レポート Vol.27)

来る2023年に「栄養学」の転機となるかもしれない大規模研究が開始されるのだという。

米国立衛生研究所(NIH)が1億5,600万ドルを費やし5年間で1万人の米国人を対象に食べ物がどのように消化されているのかを調査する。

これまで「曖昧(fuzzy)」だと言われてきた「栄養学」をより精度の高い「精密栄養学」(Precision Nutrition)へと押し上げることが狙いである(参考)。

「万人に良い」という食べ物も食べ方も実は存在しない。お菓子よりもバナナで血糖値が急激に上がってしまう人もいる。「精密栄養学」は「いつ」「何を」「何のために」「どのように」食べれば「健康」と「生活の質」を最高の状態にできるのか個別対応の食の処方箋を目指している。

栄養学の基本は19世紀後半のドイツにおける工場労働者の状況が発端だ。栄養学の祖とされるドイツ勢の生理学者カール・フォン・フォイト(Carl von Voit)によって高たんぱくを中心としたカロリーベースの考え方が重視されるようになった。そしてフォイトの下で学んだ米国勢のウィルバー・オリン・アトウォーター(Wilbur Olin Atwater)がそれを母国に持ち帰り「カロリー」を基礎とする栄養学が世界中に広まった。

(図表:カール・フォン・フォイト)

フォイト

(出典:Wikipedia

他方で肉の「食べ過ぎ」に警鐘を鳴らし、多剤併用(Polypharmacy)よりも「生活習慣(life style)」を強調したのがデンマーク勢の栄養学者でデンマーク国立栄養研究所の所長だったミケル・ヒンドヘーデ(Mikkel Hindhede)である。

すでに「カロリー信仰」が浸透していた欧州勢において当時のヒンドヘーデの意見は先駆的過ぎた(参考)。

そんな中で第一次世界大戦が勃発する。英海軍が北海を封鎖し欧州勢は食糧危機に直面した。中立を保っていたデンマーク勢も封鎖の影響を大きく受けた。

デンマーク勢はヒンドヘーデを食糧顧問に任命する。彼の提案に基づいて肉中心の食事から当時は家畜の餌とされていた野菜と穀物を中心とした食事に切り替えた。

結果はどうだったか?

肉を豊富に食べることの重要性を信じ続けていたドイツ勢は1914年から1918年にかけて40万人以上が栄養失調で死亡した。

対するデンマーク勢では1917年から1918年の間に死亡率は34パーセント低下し、6,300名の命が救われた。これはデンマーク勢の死亡率としては戦争前を含めても最低の死亡率となった(参考)。

(図表: ミケル・ヒンドヘーデ)

ヒンドヘーデ

(出典:Wikipedia

「栄養学」にはまだまだ解明されていないことが多い。その理由の1つが従前の栄養学研究の多くが小規模にとどまっていたことだ。

今回の米国立衛生研究所(NIH)による大規模研究は参加者のDNA構造から郵便番号まで広範囲に渡る個人データを収集する。将来的には個々人にとっての最良の食事療法を予測するモデルを作成することを目指している。

結局のところ米国勢は何を売ろうとしているのだろうか?

米国立衛生研究所(NIH)が現在進めているのは史上最も多様性に富んだバッググラウンドを持つ人々の健康データベース『All of Us』の構築である。

全米から100万人を募っているがこれまでに366,000名以上が登録している。集められたデータにはゲノム配列決定のため279,000人以上の生体サンプル(bio-samples)、233,000件以上の電子カルテ(EHR)と134万件以上のアンケート回答などが集められている(参考)。

研究者たちはこれらのデータを使って生物学、ライフスタイル、環境が健康にどのような影響を与えているかを調べてゆく(参考)。

人類の寿命が延び、長期的で複雑な疾患の蔓延が進むことになる。医療費といった社会的コストは上昇する。病気の予防と早期診断を向上させるためにゲノミクスの発展を活用せざるをえない状況になる。個人の身体と人生全体がわかる情報のプラットフォームは新たな仕組みビジネスだ。

他方で遺伝学とゲノミクスにおいては英国勢が世界的リーダーである。去る2012年から10万人のゲノムを解析するプロジェクト立ち上げゲノム研究は英国勢における科学の大きな柱になっている(参考)。今次パンデミックによって(遺伝子情報の)登録者数も増え続けている。その地位を維持する戦略を取っていくだろう。

米国勢と英国勢でどのような競争を見せていくのだろうか。それとも第3の勢力が出てくるだろうか。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

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