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「駒場Old Boysの時代」と”官衙の新しい淑女”たち。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 94)

最近の流れの中でひとしきり頭を悩ませていることがある。とはいえ、無論、「生きるか死ぬか」といった話ではない。半世紀ほど生きていると、機械学習(machine learning)の人工知能ではないが、たいていのことは過去データの特徴量への最適化(optimization)でうまくこなせるようになっている。かつてユダヤ勢のセファラディにおける領袖の一人から、「タケオであっても、世の中の一隅に居場所はあるだろう」といったメッセージをもらったことがあるが、確かにそれはそうなのであって、お陰様でこの命に応分な「居場所」を得ているという自負はある。その意味で最近の愛読書の著者である漱石がしばしば描いた「高等遊民」のつぶやきといえばそういった類のことなのではあるが、とにもかくにも、ここに来て我が脳裏から離れないことが一つあるのだ。

来年(2027年)初夏を目途に国連大学の「AI叢書」より、1冊、英語の書籍を上梓しようと考え、この1月から執筆を続けてきた。担当編集はかのSpringer-Nature、すなわち現下のグローバル社会における「科学的権威」というべき出版社だ。色々と不慣れなルールに従わなければならず(たとえば図版のデータはJPEGやPNGは不可(!)で、全てPPTXで出さなければならない、等。かなりの苦労をした)大変といえば大変だったが、それも何とか最後の峠に差し掛かっている。おそらくあと2日もあれば脱稿し、同出版社編集部へと電子データを送付することになるわけだが、今回はそうした中でかつて2017年にロンドンLid Publishingから上梓した”Pax Japonica. The Resurrection of Japan”の続きものを意識し、我が国の「これまで」を学問的に総括し、かつ「これから」についても同様に国際的に通用する学問水準で論述することとした次第である。

「これまで」の我が国は一体何であったのか。―――端的にいうとその姿は、グローバルなレヴェルでのアカデミズムでは「開発主義国家(developmental state)」として総括されている。Chalmers Johnsonがその典型的な論者であるわけだが、不思議なことにこの論について、我が国の大学・大学院でまともに論じている研究者はもはや皆無である様に見受ける。それが証拠に、昨日(21日)もウチの研究所に出入りしている学生インターンたちにこのことについて水を向けたところ、「きょとん」として一体何のことを言っているのか分からないといった風情であった。それもそのはず、今の大学生・大学院生といえば、姿格好だけは「大人」ではあるものの、生まれてきたのは「不良債権処理問題」が盛んjに議論された2003年頃より後の子供たちである。それより更に15年以上さかのぼる、「平成バブル」の時代、そしてその更に15年以上前の「高度経済成長」の時代など、リアルタイムな経験であるはずはなく、したがって認識すらないのである。

それだけではない。彼等が教わる教員・教官たちはというと、ほぼ全員が今や「米国留学組」あるいはそのシンパ、なのである。したがって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ならぬ、「アメリカ・アズ・ナンバーワン」というのがそこでの教授内容の通奏低音なのであり、さらには日ごろ使っている情報端末のほぼすべてが米国勢に由来していることもこれあって、学生たちの頭の中で完全に我が国の「オンリー・イエスタデー」は消去されている。無論、筆者はここでアナクロニズム(懐古主義)を喧伝したいわけではない。しかしこうした我が国における精神的・認識論的惨状を見ると、実に「海の向こうの奴ら」は心理的な「民族浄化」を巧みにやってくれとものだとほとほと感嘆してしまうのである。

「仕事といえばまずはネット上で情報を検索し、それを米国製のソフトウエア上で整理し、記述し、さらには米国製の情報端末とオンライン上のチャネルを利用して送信し合う」

これが「仕事」だと今や、ほぼ全員の我が同胞たちが想っているといっても過言ではないだろう。そしてこうした在り方の中でやれ「GAFA」だの、「magnificent seven」などが語られ、それ以外のプレイヤーはそもそもあり得ないし、ネット上でのやりとりが全てなのであって、そこでの優劣こそが、国として、企業として、そして組織・ヒトとしての優劣であるかの様に思いこまれているのである。キーワードはそこにおいて「情報(information)」であるわけだが、その観点で我が国は完全に「出遅れている」とされる。すなわち情報の収集も、整理整頓も、かつ分析も、結果としての意思決定も、我が国はICTという観点で完全に出遅れているわけなのであって、その意味でもはやその復活などあり得ないと皆が信じているのである。

今回「国連大学AI叢書」を書く中で、こうした「現代的イメージ」とは全く違うシステムが、戦後昭和において我が国では有効に機能していたことをあらためて確認した次第である。それは曰く「駒場Old Boys」とでもいうべきやり方なのであって、具体的には次のとおりまとめることが出来る:

●そもそも国家能力(state capacity)の担い手は文官という意味では全て東京(帝国)大学を筆頭とする国立(帝国)大学の卒業生に独占されていた。それ以外の下級官吏たちは全てこうした「高級官僚」たちの駒に過ぎず、意思決定に参画することは出来なかった。

●これら卒業生たちは基本的に「寄宿舎生活」を送ることを義務とされていた。男性がほぼすべてであったことから、これはOld Boysと言っても良いわけであるが、時に「左翼」「右翼」に分かれることがあろうと、彼等の将来は約束されており、やがて政財官学の全ての領域において確実にリーダーシップとなることが出来、事実、活躍した。

●開発主義国家(developmental state)とは、「昭和の大帝」を筆頭とした最高位の意思決定メカニズムの下、これらOld Boysがネットワークとして機能することで初めて有効に作用することが出来た。何せ、リーダーシップの中で政官財学のどこに行っても、いわば「同じ釜の飯を食べた仲」の者しかいないのである。「俺・お前」「あのな・うん」といった阿吽の呼吸で情報収集が行われ、分析も行われ、調整と合意形成が行われ、後は「下級官吏」たちの執行レイヤーへと落とされたのである。これほどまでに効率的な仕組みは無かった。

●唯一邪魔な存在は何だったのかといえば、軍部の存在である。「陸軍士官学校」「海軍兵学校」は「帝国大学」とは別のOld Boysネットワークを構築し、維持していたからである。しかし戦後日本においてこうした軍部直結のOld Boysは表向き存在を消した。というか、「昭和の大帝」の下、実際にはその戦略決定の部分に秘密裡に差し込まれたのであるが、とにかく「平和主義」の名の下、旧軍は解体されたのである。その結果、東京(帝国)大学を筆頭とした国立(帝国)大学Old boysたちにとっては我が世の春が訪れる。

以上の様にして整理すると、「このやり方」が如何にもはや再現不可能なのかが分かるのである。いまや「ダウンサイジング」などといったレヴェルを超えて、エンパワーメント(empowerment)の時代だとされるようになって久しい。要するに一部の者がリーダーシップを独占し、情報収集・分析・戦略立案・意思決定を独占するといったやり方は時代遅れだとそこではされているのである。そのためかつての様に「物言わぬ下級官吏」は官民を問わず存在しない。SNSを用いて、何かといえば「ハラスメントだ」と騒ぎ立てている。結果、リーダシップどころか、中間管理職すら「貧乏くじ」だということになり、誰もその成り手がいなくなっているのが我が国の現状なのである。

さらに言うと、国立(帝国)大学が旧高等学校時代には「全寮制」であったことなど、もはや誰も語ることが無いのである。英国のパブリック・スクール、そしてそれの延長線上での映画などを好んでみる割に、我が国社会においてこうした「過去」があったこと、そしてそれが「駒場Old Boys」として意味のある存在であったことを語る者はもはや皆無だ。少子化が進む中、大学はどこもかしこも生き残りをかねて、affirmative actionの一環として「女子優遇」を公言してはばからなかったりする。当然、「Old Boys」などというのは絶滅種なのであって、その意味で開発主義国家(developmental state)がかつてと同じ形で機能することなどあり得ないのである。

そういえば、懐かしく思い出すことがある。―――今から35年前、筆者がそれなりにまだ「紅顔の美少年(笑)」であった時のことだ。東京大学教養学部(駒場キャンパス)に高揚感と共に足を踏み入れたものの、とたんに途轍もない違和感というか、絶望感にも近いものを覚えた。なぜならばそこには、当時憧れていた「旧制高等学校」の片鱗など全く無く、むしろテニスラケットを抱えたカップル然とした「軟派」が肩で風邪を切っていたからだ。無論、左翼たちの立て看板こそあったが、「ソ連崩壊」の直前とあってもはや風前の灯であった。とにかく、「900番教室(大講堂)」では有名進学女子高から勝ち抜いてきたロングヘアー・キュロットスカートの女子たちが響かせるハイヒールの音ばかりが聞こえており、何ともまぁ、違和感を覚えたというわけなのである。

あれから早いもので35年の月日が経った。「開発主義国家(developmental state)」の根幹はEzra VogelやChalmers Johnsonら海の向こうの有名研究者が喝破したとおり、「駒場Old Boys」の存在にあったわけであり、霞ヶ関のキャリア官僚は彼等によって占められていた。しかし今や、国家公務員総合職であっても40%近くが女性によって占められているのだという。さらに言うならば旧帝国大学系がほぼすべてという状況は過去のものとなっており、かつてであれば絶対に名前を聞くことのなかった私立大学・女子大学の卒業生たちがどんどん採用され、国家行政の最前線に就いている。時代は変わった、そう時代は変わったのである。

これら「官衙の新しい淑女たち」には必ずや大きな壁が時に、立ちはだかることであろう。なぜならば「開発主義国家(developmental state)」として一世を風靡した我が国の国家能力(state capacity)こそが、件の「駒場Old Boys」たちに最適化すべく創られたものだったからだ。しかしそうだからこそ、こうした「官衙の新しい淑女」たちに心から期待したいと筆者としては強く想っている。なぜならば、未だに年寄りたちが占める我が国政治家たちは、経産省(METI。かつての通産省(MITI)を中心とした「親方日の丸構造」をそのまま今度は防衛省(MOD)に移し替え、さらにはそこでの売り物を「自動車」から「ドローン」へと変えることで、再び巨大な利権構造を国税で創り出そうと画策しているようだが、そうはいかないからである。我が国国家は間もなく財政破綻をきたし、「日本発金融ショック」すら起こしてしまう。分配する原資がないのであるから、政治家たちの言うことをもはや聞く者は誰もいなくなる。そのことが露呈するのが来年(2027年)4月実施の「地方統一選」であるわけだが、そうした事実を隠蔽すべく、政治リーダーシップは盛んに「対外的な危機」を煽り立て、盛んに戦争へと我が国国民を駆り立てるであろうが、いかんせん、「原資」「元手」が我が国にはもはやないのである。その結果、これまでの「政体」勢力、さらにはその根幹にあった残滓としての「開発主義国家(developmental state)」はものの見事に崩壊し、我が国はいったん、灰燼に帰すのである。

だからこそ、是非”官衙の新しい淑女”たちに今、声を大にして言いたいのである。―――「国家を再定義せよ」、と。「国家を再定義し、全くこれまでとは違う、しなやかな発想に基づく持続可能性のある新しい在り方を創り出せ」と。これから崩壊へと着実に向かいつつある、中央省庁の現場で加速度的に山積する日常業務に埋没することなく、是非、「この1点」だけを胸に止めて頑張ってほしい。「駒場Old Boys」と「官衙の新しい淑女」の間にあって、筆者は今、切にそう思うのである。

2026年8月22日 東京・自宅にて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

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