東アジアの「新しい同盟」。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 97)
かつて「外務省の若手」であった時、先輩同僚たちも入れてちょっとした議論をしたことがある。その時の問いは「我が国が今後、同盟関係を再検討するならばどの国と同盟するのが適当か」というものだった。皆が真剣に考えていたが、その時、若手チャイナ・スクール女子、かつ「関西系で少々うるさい女子」として知られていた数期上の先輩同僚がこう叫んだのである。
「そんな、考える必要なんてないじゃない。アメリカ一択、これしかない。中国の脅威、ロシアの野心を考えればそれ以外の選択肢はない。なんて馬鹿な問いかけなの、これ?」
外交の世界において常に必要なこと。それは”Think the Unthinkable(考えられないことを考える)”こと、である。普段、そうはしないのが人情というものだ。なぜならば「考えられないことを考える」ことは相当なエネルギーを脳内で使うからである。だから、Piersonではないが「経路依存性(path dependency)」に人は往々にして陥ってしまう。この女性先輩同僚はあの時、確かに「戦略的に考えた結果」である様に聞こえた。しかしその実、単に「そうであったのだから、これからもそうであるに違いない」と言っているに過ぎなかったわけであり、あの時、私は反論こそ出来なかったものの、壮絶な違和感を覚えたのを今でもよく覚えている。
今週、中国・北京から来訪者があった。かねてより交流のある御仁であり、現代中国の指導部の「内奥」と直結した人物である。今回は私が手掛けけている東アジアにおけるプロジェクトについてご見解を聞くために御招きした。実のところ7月に来訪するという噂があったのに延期されたのでどうしたことかと思っていたのであるが、今月(9月)になって突然、訪問の意を連絡してこられた。当然、私としては二つ返事でお迎えすることにした。そして件(くだん)の案件も含め、2時間ばかり緊密にお話をすることが出来た次第である。
その際お聞きした驚愕の内容については去る11日にリリースした音声レポート「週刊・原田武夫」において詳述しているのであるが、実に「驚きの内容」であったことをここでは今一度明確にしておきたいと思う。一言でいうならば、我が国が「外交音痴」で暗に陰陽双方のジェンダー論を背景としつつ、内政上の権力闘争だけでここまで突っ走ってきた「女史」を総理大臣に頂いている、そんな間隙をぬって、我が国に対する「包囲網」が出来上がってしまったということなのである。このあたりの様子は、半年前にお会いした際とは全く逆方向の口ぶりになっていたので、通訳を担当してくれた女史とも顔を見合わせてしまった程である。中国は今、露骨な「出国制限」をしている。それをくぐって御来訪されたわけであるから、当然、「御国の意思」を体現しているのであろうとは思っていたが、それにしてもあからさまな豹変ぶりに実に驚いてしまった次第である。
「呉越同舟」としばしば言われる。しかし大陸における国家同士の合従連衡にそれがかけ合わせられると、島国であり、どうしても単一指向=あちらか、こちらか、という選択ばかりが「外交(diplomacy)」と信じがちな我が国には到底信じられないような絵柄がそこでは広がり始める。しかも我が国に対しては「友好国」(いや、最近の霞ヶ関用語であれば「同志国(willings)」とでも言うのであろうか)であるはず彼の国ですら、我が国に「向こう側の陣営に属していること」を一切言わないのである。この状況を聞いて、本当にあきれてしまった。我が国のマスメディアでは全くもってこの意味での「世界の真実」が語られることは当然ないし、当局は無論、そんなことを示唆すらしていないのだから。
我が国は今、「防衛装備品でこれからの産業構造を創っていこう」とこの30年越しの作業をいよいよ完成させるべく、今年(2026年)の年末には「安保三文書の改定」を遂げ、それに従い、防衛予算に「全振り」した政府予算案を来年(2027年)早々に可決させようとしている。仮想敵国はその際、当然のことながら「中国・ロシア・北朝鮮」というわけなのであるが、自民党の安全保障部会などではオフレコであることをいいことに、出席議員たちが「今すぐこれらの国々が攻めて来る」と言わんばかりに口角泡を飛ばしているのだとも聞く。そして「そんな状況なのに国防にカネをかけないのは愚の骨頂」と叫んでいるわけであるが、申し訳ないが国際場裏の現実を知らないのは、こうした「議員先生方」に他ならないのである。世界はもっと複雑怪奇であり、そんな単純な構図ではないのである。
こういう状況になると次に「だからこそ国家インテリジェンスだ」というわけであるが、現状、申し訳ないがこの手の「考えられないことを考える」ことを我が国のインテリジェンス担当者たちは許されていないため、およそ「世界そのものの現実」を柔らか頭ではとられていないように側聞する。インテリジェンスの世界に生きる者こそ「経路依存性」に陥ってはならないのであるが(何もかも、可能なのがその世界なので)、そうした声がおよそ聞かれないのが苛立たしい。今、拡充され、県警レベルでも併任が大量にかけられ、「中途採用」がやたらと行われていると聞く「我が国インテリジェンス機関増強策」であるが、正直、この一点についてこそ、「思考の初期設定変更」が行われない限り、次へ行くことはないのである。そしてそうした柔軟な思考をもって「考えられないことを考える」ことこそ、インテリジェンスの生業と時の為政者に対して物申すことが出来なければ、もはやその存在意義は無いと考えるのは私だけだろうか(その意味で「インテリジェンス・ブリーフ」を総理大臣執務室でメディアにも公然に行われるのはそろそろ止められるのがよろしいであろう。それだけで笑止だ、と「この業界」で暮らす御仁が私に最近示唆していた。)。
当たり前のことだが、外務省の、とりわけ「政策企画部門」がなすべきは正にこうした「考えられないことを考える」ことである。ところが今や二つの「インテリジェンス機関」を頭から被せられてしまった外務省にそうした作業を行う余地はないのが実態であるように見受ける。古巣を想う時、実に嘆かわしいが、残念ながらそれが実態なのであるから致し方ないのである。
北京からの来客を出迎え、2時間ほと共に時を過ごす間、私の脳裏に去来したことがある。私にもそろそろ「国家力(state craft)」が必要だ、と。外務省を自らの意思で後にして早いもので21年の月日が経つ。私に必要なのは、あの、時間効率を全く度外視した「ガンバリズム」の政治ゲームが行われている霞ヶ関や永田町(さらには最近では市ヶ谷)ではない。私だけが今この瞬間に聴くに及んだ「東アジアにおける近未来の真実」に関する見識を本来であれば力に変えなければならないのであるが、それが今のこの立場ではかなわないという点こそ、私が抱える懊悩の焦点なのである。しかし北京からの御仁の様なold fashionedなそれ、を求めているのではない。それはもう、20年前にかなぐり捨てた。もっと新しい何か、新しい在り方こそ、ほどなくして(想うに向こう6,7年で)破綻する我が国における従来型の「国家」の向こう側において打ち立てるべきであり、そのための作業に没頭したいのである。何とかしなければならない。
ちょうど「還暦」を迎えるであろう”その瞬間”に向けての勝負が、今回、北京から吹いてきた風によっていよいよ始まったと、強く感じた。人生とは実に面白いものだ。だからこそ、止めるわけにはいかない。
2026年9月13日 東京・自宅にて
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト
原田 武夫記す