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黒海の夕陽を見ながら「我が国の平和」を想う。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 81)

一昨日からグルジアの西端に位置する黒海沿いの保養地・バトゥミ(Batumi)に来ている。当地で開催される国際政治に纏わる学会にて、我が国を代表する研究者の方と共に行った共同研究の成果を発表するためだ。2022年の「ウクライナ戦争」の開戦以来、黒海沿岸諸国の間では「舌戦」が繰り広げられている。そこで展開されている「戦略的言説(strategic narratives)」について、自然言語処理(NLP)の技術をもって分析を施し、結果について解釈するというのがこの研究の本旨であり、前段の人工知能(AI)を用いた分析の部分について携わらせて頂いた。このコラムは、その研究発表を行う半日前の午前に書いている。

我が国から遠く離れた場所にあえて身を置くと、かえって我が国が今、どの様な課題を抱えているのかが見えて来るものだ。一方では高市早苗政権が矢継ぎ早に打ち出す「防衛力強化」を巡る数々の施策、さらにはそれを下支えするかの様な「我が国はもはや米国抜きでもしたたかな外交を展開出来るのだ」といった御用学者の意見、あるいは「防衛装備品マーケット、とりわけドローンこそがこれからは”来る”」という勇ましい(?)マーケット専門家たちの見解、さらには「中国・ロシア・北朝鮮が攻めて来るぞ」といった警告の数々。しかし他方において我が国では「憲法」を巡る書籍が今、大変売れているとも聞く。「憲法改正」がいよいよ見えてきたということなのか、あるいは「防衛名目で常に戦争は起こされるのだから、憲法9条を守らねば」ということなのか。いずれにせよ、奇妙なまでに我が国は、何かに憑かれたかの様に「防衛」「軍事」への道に突っ走っている。「後衛の位置」にあえて身を置いている筆者にとって近しい人物たちもこうした渦に深く関わっていることから、どうにもこうにも気が気ではない。

だからこそ、今回、黒海の畔(ほとり)に来て、その美しい夕陽を見て強く想ったのである。「元来、この海は血塗られるべきものではなく、太平の世をつなぐべきものだったのではないか。しかしそうであるが故にそれを妬んだ、別地域の民族たちが土足で乗り込み、この地にて平和に暮らしていた元来の人々を蹴散らかし、紛争に継ぐ紛争の地にしてしまったのではないか」と。今、美しく波を寄せている黒海の「対岸」においては依然として「ウクライナ戦争」が続いている。東岸に位置するグルジアの保養地、ここバトゥミではそのことが嘘であるかの様に感じられるほど、穏やかな雰囲気が漂っている。しかしこのグルジアという国もまた、旧ソ連崩壊後、あるいはそもそもソ連邦が成立し、そこに併呑される前の歴史はというと、折に触れて紛争に次ぐ紛争に巻き込まれてきたことも事実なのである。さらに言うと、このグルジアを含む「コーカサス地域」全体について見ると全くもってそうなのであって、とりわけ石油・天然ガスの宝庫かつその運搬路としての位置づけが近代以降生じてからは、この地を巡る争奪戦が欧州史の悪しき「駆動力」であったと言っても過言ではないのである。

翻って考えてみるに、我が国と東アジアにおける歴史も、近代以降は同じであったというべきである。我が国が豊臣秀吉の下、「朝鮮出兵」という軍事展開を行い、それに「失敗」して以降、徳川の世においては東アジアで諸国家の間における軍事紛争は起きて来なかった。考えてみるに、それは実に「奇跡」とでもいうべき状況であり、かつその背後においては時の統治者たちの知恵と努力が相当あったであろうことが推察されるのである。その意味で「太平の世」であったはずの東アジアに対して、19世紀の前半から土足で乗り込んできたのが「西洋」であった。そして互恵と相互信頼に包み込まれていたそれまでの東アジアにおける秩序を真正面から否定する様、繰り返し働きかけ、その意味での「外交(diplomacy)」なるものをまず我が国へと刷り込んだ。その結果、我が国は追い込まれ、生き残るためには「周囲を侵略するしかない」と思い込み、次々に侵略戦争を仕掛けていったのである。元来「太平の世」を一番享受していたはずの市民たちはというと、そこで繰り広げられる「大本営発表」という”虚報”を信じ込み、「勝利」と言われる度にカタルシスを解消させ、熱狂的にそうした侵略戦争を支持した。そして・・・最後には「ヒロシマ・ナガサキの悲劇」の日が訪れる。

今、我が国はあらためて同じ方向へと踏み出しつつある。「何を言っているのか。悪いのは我が国を虎視眈々と狙っている中国やロシア、さらには北朝鮮なのであって、それに対して自衛のための戦力を拡充するのは主権国家として当然ではないか」と、一部の読者の方からはお叱りの声が聞かれそうだし、あるいは実際に防衛当局の最前線において任務を果たしている方々からもそうした叱責を受けるだろうとは思っている。しかし、だからこそ筆者は「昭和の大帝」が敗戦の時を迎えるにあたって呟かれたと聞く御言葉のことを繰り返し思い出すのである。

「話が違うではないか。」

そう、我が国は1920年代から「ワシントン体制」「ロンドン軍縮条約」「国際連盟」「国際決済銀行(BIS)」と矢継ぎ早に構築されてきた「西洋」の仕組みに対して適用し、それなりの「貢献」もし、尽くしてきたはずなのである。しかしその結末はというと、1920年代から30年代にかけて英国勢を筆頭に我が国に対して集中に移出した「最新鋭の軍事技術」を研ぎ澄ませ続ける我が国に対し、米欧諸国は警戒の念を表向き強め続け、ついには「満州国」「リットン調査団」「国際連盟脱退」「盧溝橋事件」「日中戦争」「太平洋戦争」と一気に突き進むのである。もちろんそれらは全て「防衛」「自衛」のためであったわけであるが、最後の最後には先ほど述べた「ヒロシマ・ナガサキの悲劇」という、人体モルモット実験の惨劇の場となってしまう。

そして今、2026年。その後に意図的に作り出された「日米同盟」という我が国発の史上最大の”策略”の中で「開発主義国家(developmental state)」として最大限の繁栄を享受した我が国は、その後、「成功しているが故に身動きがとれなくなる」という現象=経路依存性(path dependency)にとらわれることとなり、「失われた30年」を味わうこととなった。そうした状況を打開するためとして選ばれたはずの「政体」のトップは今、「成長戦略」の根幹に防衛産業の拡大を掲げ、さらにはその根底において人工知能(AI)を敷き詰めようとしている。それを支える者たちはといえば、どこぞの「防衛大臣」を筆頭に余りにも無邪気に、その場における「利権構築」に励み、もって時の首班に仕えようと躍起なのである。そして敗戦時の「がれきの中」において御名御璽をもって発布したはずの「日本国憲法」における平和主義を意図的に解釈し直し、あるいはそれを「改正」までして国の在り方を元に戻そうとしている。無論、これが米欧勢の統治エリートらが仕掛ける「奸計」によるものとは認識せず、である。対する私たち「国民」はといえば、そうした過去との相似形=フラクタルについて意識することなく、「戦争の惨劇」の語り部たちが生物学的にこの世から続々といなくなり始めている今この瞬間に、かかる流れを押しとどめるどころか、むしろ「量=民主主義」としてはこれに迎合し、endorseするかの様な流れを自ら導き出しつつすらある。さらに若者たちはといえば、優れた能力を持つ者であればあるほど、こうした流れに抗するどころか、むしろそこにおいてもっとも優越的な地位を得ようと躍起になり始めている。

「この流れは行くところまで行きつくでしょう。それはまた必然であり、その先においてこそ、初めて生じることがあるのです。」

メッセージでそう嘆息する筆者に対して、「国体」を支える賢者の方はそうお答え下さった。如何に優れた人間であっても動物由来の「大脳旧皮質」にとらわれ、肉体的な拘束を受けている以上、とどのつまり、その限界にまで行かないと人間が霊長類であるが故に持っている「大脳新皮質」の作動が始まらないのである。そしてこの「閾値」を超える瞬間になって初めて、私たちは全員、それが自らの存在を失わしめる愚行であったことにようやく気付くのであるのだという。だが、その「閾値」を超えない限り、昭和の後半、さらには平成と享受してきた「太平の世」が実は御聖断に基づくものであり、その意味で高度に戦略的な統治ガヴァナンスによるものであったことに気づかないのである。悲しいことだが、これはもはや人間自身には越えられない「性(さが)」そのものである。

正に今この瞬間に新たなる「御聖断」が下された。詳らかにすることは許されてはいないため、御容赦願いたいわけであるが、しかしこの「事実」だけは1行、ここにはっきりと記しておく。しかしながら、その方向性はというと、およそ今、「政体」勢力が目指している方向とは全くもって違うのである。むしろ筆者にとってはそうした中で眼前に広がる黒海の穏やかさが対岸も含めて「平穏」へと戻る中で我が国を含む東アジアこそが今から正に戦乱へと巻き込まれることになること、その一方において「警告」であるかの様に青森沖で大地震が発生し、そうした中でかつては「神の使い」とも言われた熊(クマ)たちが続々と山を下り、人里に出没し始めていることが気になって仕方がない。我が国が果たすべき役割、そこで行うべきことは勇ましく軍靴を響かせること「以外」の、全くそれとは違うところにある。しかしそれが御聖断に基づき、実現されるまでにはまずもって「暁鐘の時だからこその漆黒の闇」に耐えなければならない。―――今はただ、黒海の夕陽を見ながら、そう思っている。無論、己として「その時」に何をすべきなのかを自覚しつつ。

2026年5月2日 グルジア・バトゥミにて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

(*弊研究所では引き続き、こうした「次の次」の時代を共に創造するメンバーを募集しています。こちらこちらの記事をご覧頂き、是非ご関心のある方は「Pax Japonicaに対するご自身の想い」を400~600字以内でまとめた上でメール(recruit●haradatakeo.com(●は@です))までご連絡下さい。皆様のご応募をお待ちしております。)