ポストSNSとしてのコネクト―ム ~脳科学と人工知能の止揚~ (IISIA研究員レポート Vol.111) - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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ポストSNSとしてのコネクト―ム ~脳科学と人工知能の止揚~ (IISIA研究員レポート Vol.111)

イーロン・マスクが経営する「Neural Link」社は、今年(2023年)5月末、米食品医薬品局から、脳インプラントの臨床試験開始の承認を受けた。同氏は、「人工知能(AI)と競争する人間」というコンセプトでプロダクトを売り込もうと画策しているとのことである(参考)。

近年、人工知能(AI)と脳科学の研究が進んでいるが、この2つの最先端分野が融合した「脳とAIをつなげる」研究が注目されている。それらは、「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」「BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)」などと呼ばれており、医療や福祉分野への貢献も期待されている。本稿では、脳とコンピュータを接続する技術を総称して「コネクト―ム」と呼ぶこととする。

(図表:非侵襲式BMIを用いたコミュニケーション)

(出典:Wikipedia

人工知能(AI)の研究開発は日進月歩であり、人工知能(AI)、特に生成系AIが絵画や文章を人間の代わりに創作する時代となっている。他方で、脳科学の研究の進歩も凄まじく、たとえば、去る2020年、米国勢の研究チームが、脳の視覚野に文字を書くように電気信号を与えることで、目を使わずに文字を読む技術を発表した。これは、脳を刺激することで、目や耳、口といった感覚器官を介することなく五感を感じ取ることができる可能性を示唆している。そして、人工知能(AI)と脳科学の2つの技術を止揚(アウフヘーベン)した技術にイーロン・マスクは目をつけ、コンピュータを通じて脳と人工知能(AI)を接続することを目的に、髪の毛より細い電極数千本以上を脳に埋め込み、スマートフォンのアプリ上で情報や刺激を操作するといったBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の開発を行っている(参考)。

近年、世界中でコネクト―ムを巡る技術開発の“角逐”が見られる。オーストラリア勢のバイオテクノロジー企業「Cortical Lab」社は、コンピュータチップや人工知能(AI)技術に人間の脳細胞を加え、ポスト生成系AIとなるプラットフォームの開発を企図している。同社は、必要とするエネルギーが少なく、加速度的に学習・成長できることから、この技術は「Chat GPT」や他の生成系AIプラットフォームに匹敵すると主張している(参考)。

他方で、今年(2023年)中国勢の研究チーム(南開大学)は、世界初となるヒト以外の霊長類動物介入型ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)実験に成功した。この試験は、サルの脳内に介入型ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)脳制御ロボットアームを実現したものであり、これまでヒツジの脳とコンピュータをつなげることで得られた研究成果を踏まえ、介入型脳波の受動的な収集から能動的制御へという技術的進展を遂げ、血管内脳波の収集、介入型脳波の識別など、コアテクノロジーでの飛躍を果たしたということである(参考)。

(図表:北京でのブレイン・マシン・インターフェース(BMI)試験)

(出典:AFP BB News

海外勢がコネクト―ム技術に関する研究開発を巡って“角逐”している中、我が国でも、脳接続型技術に関する研究開発プロジェクトが行われている。たとえば、去る2015年に、京都大霊長類研究所と筑波大のチームは、サルの脳に光を当てて特定の神経回路だけを操作する実験に成功した。具体的には、同研究チームは、サルの脳に遺伝子を組み込み、光の刺激を受けて神経細胞の活動を促すタンパク質を脳内で作れるようにしたということである。この応用例として、パーキンソン病やうつ病の治療に用いることができる可能性がある(参考)。

我が国にはさらに、「次の未来」を作っていくともいえる技術開発のプロジェクトが存在する。東京大学大学院薬学研究科池谷裕二教授率いる「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」では、脳とAIを連動させた新しい学術領域「知能エンジニアリング」の創出を目標に、脳とAIの新たな共生様式を模索している。人々の命を救う、病気を治す、障害をサポートするなど、実際に役立つ医学研究を念頭に置きながら、脳と人工知能(AI)の融合によって、人類の幸福度と生産効率の向上を共存させる未来を目指しているという。この研究の4つのアプローチは以下の通りである(参考):

●情報センサー内臓チップを脳に接続する「脳チップ移植」

●脳内情報を人工知能(AI)で解読する「脳AI融合」

●脳をインターネット環境に接続する「インターネット脳」

●複数の脳を連結する「脳脳結合」

(図表:ERATO「池谷脳AI融合プロジェクト」)

 

(出典:DS100

つまり、人間の脳がひとつの「デヴァイス」として機能する技術を開発しているといえる。従来はPCやスマートフォンなど、身体の外部に存在し、手に持って操作する端末が、身体の内部に埋め込まれることで、情報端末において新しい時代が幕を開けることとなる。我が国のこの「ERATO 池谷脳AI融合プロジェクト」から、新時代のコネクト―ム技術が世界に波及する運びとなるかもしれない。

コネクト―ムを巡る技術に関して、世界的に著名な物理学者であるステファン・ホーキングはこう述べた:

「コミュニケーションの未来は、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)だと思う」(参考

現在ではスマートフォン等で用いるSNSが、「インターネット脳」や「脳脳結合」などの技術に置き換わることで、SFの世界であると考えられてきた「テレパシー」のような形になっていく展開が予想される。換言すると、「脳」が「SNS」の役割を果たしていく未来が到来することになるだろう。

グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー

笠作 記史 記す

*本コラム内にある見解は、弊研究所の一致した見解ではなく、執筆者個人の見解を示すものである。

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