『カザフ騒乱』の真相 ~各国の思惑とプーチン大統領の憂鬱~(IISIA研究員レポート Vol.70) - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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『カザフ騒乱』の真相 ~各国の思惑とプーチン大統領の憂鬱~(IISIA研究員レポート Vol.70)

去る2022年1月6日(ヌルスルタン時間)に、カザフスタン勢の支援要請に応じて、ロシア勢が主導し旧ソ連邦の6か国で構成する集団安全保障条約機構(以下、CSTO)の部隊が、ロシア勢などからカザフスタン勢に派遣される決定がなされた(参照)。混乱が長引くことが懸念されていたが、CSTOの平和維持部隊は同月13日、混乱の収束を受けて撤収を開始したことを、ロシア勢の国防省が発表した。

 

CSTOの軍事行動を許容する法源である条約は、締約国の「安全、領土保全、主権に対する脅威」(第 2条)などを除去するためのメカニズムを構築するために設けられており(参照)、今次出動要請に関しては、トカエフ大統領が「海外のテロ組織によるカザフスタン国内への侵略犯罪により、主権に対する脅威へ対処する必要がある為」にCSTOへ集団的自衛権を発動する目的で派兵を要請した(参照)。

 

このトカエフ大統領の発言を裏付ける決定的な証拠は、この記事を執筆している段階(2022年1月18日)において証明されていない。この発言に対しプーチン大統領は「トカエフ大統領が話したように、よく組織され、明確に管理された過激派のグループが使用されており、明らかに海外のテロリストのキャンプで訓練を受けた者も含まれている」と指示を表明している(参照)。依然としてトカエフ大統領は、強気の発言を続けており、カザフスタン勢は近いうちに国際社会にテロリストたちが今次騒動を引き起こしたことを証明できると繰り返している。

 

(図表:CSTO会議にて発言するトカエフ大統領)

(出典:The Astana Times

他方で、このトカエフ大統領の発言の反証になり得る事件が起きている。世界的ピアニストのヴィクラム・ルザフノフ氏が今次暴動への参加を「自供」している動画公開されて話題となった。動画には顔が痣だらけで憔悴したルザフノフ氏が映っており、「9万テンゲ(2万円ほど)を支払われてキルギスから暴動に参加しに来た」と話している。これを見た世界中の、ルザフノフ氏を知る人々は困惑した。彼は世界的ピアニストであるだけでなく、成功した事業家で、そのような金額でわざわざカザフスタン勢のプロテストに動員されるなど考えにくかった為だ。実際は、ルザフノフ氏は、コンサートに出演するためカザフスタンに入国しており、その後殴られ自白させられたということで、空港で「自分はピアニストだ」と証言しても信じてもらえなかったとしている。カザフスタン勢のテレビ局は、世論の反発を受けルザフノフ氏の映像を削除した。キルギス法務省は、同氏の拷問事件の立件を求めている(参照)。

 

旧ソヴィエト諸国の社会学研究者たちは「大規模な抗議があったとき、政府がその抗議に強硬な対応で応じると、抗議が裏目に出て、さらに大規模に、より過激化する傾向があることは非常によく知られている」として、ナザルバエフなどは、去る2013、2014年のウクライナ勢、そして去る2020年のベラルーシ勢で起こったことと非常によく似た間違いを犯しており、強硬な対応がエスカレートして、さらに多くの人々を抗議行動に駆り立てた結果であるとしている(参照)。

 

ロシア勢の挙動ばかりが注目されるが各国勢力の今回への対応はどうなっているのだろうか。イスラエル勢は輸入石油の仕入れ先に関する情報を公開していないが、イスラエル勢の2大精製業者の財務報告書には、カザフスタン勢など中央アジアの生産者が地中海の市場に石油を出荷する黒海とカスピ海の名前が挙げられている。経済的な協力体制を築くその見返りに、防衛面でも両国は交流を深めてきた。国際的NGOのアムネスティによれば、市民を監視するセキュリティ・システムをイスラエル勢がカザフスタン勢の「政体」勢力に販売していたことが疑われている。これが、明るみに出てくる可能性がある為に、イスラエル勢は表立って今次騒動に介入してくることはないだろうと分析されている(参照)。

 

(図表:カラー革命で見る世界地図)

(出典:Sputnik International)

 

中国勢に関しても、非常に難しい舵取りを迫られている。習近平総書記が去る2022年1月7日(北京時間)、カザフスタン勢での「カラー革命」に反対すると発言したことは重要なことである。この言葉の使用には、米国勢の極左派が何らかの形でカザフスタン政府を民主主義による一揆で変えようとする試みに関与しているのではないかという考えが含まれていた。さらに、他の中央アジア産油国勢も、カザフスタン勢に倣い自国内での石油価格を上げる指針だったが、今次騒乱を受けて、国内での需要を優先することにしたため、中国勢が原油の輸入に苦慮する局面が2022年初めは予想される。現在の石油高騰、さらにインドネシア勢の石炭輸出禁止措置なども関係し、中国国内においてエネルギー危機が起きる可能性が浮上してきている。こちらも注目が必要な展開である。

 

ここにきて、ロシア勢、特にプーチン政権への影響についてだが、プーチン大統領はこの「カラー革命」をなんとか国内に飛び火させないようにするだろう。長年にわたる権威主義体制のもとで概ね安定してきたが、経済的不満や不平等が蔓延し、両政府の国民的地位を蝕んでいるという点で、今次カザフスタン勢の騒乱はロシア勢と状況が似通っている。ロシア勢では、2018年の年金支給年齢の引き上げを含む不人気な社会経済改革と賃金低迷が、かつては高かった大統領の支持率を押し下げている。最近のレバダ・センターの世論調査では、ロシアのプーチン大統領の選挙人評価(彼の再選に投票する用意のあるロシア人の数)は32パーセントで、過去最低を記録した。今次革命で、民主的な政治改革が行われることはプーチン大統領には全く歓迎できない事態なのである(参照)。

 

よって、プーチン大統領はトカエフ大統領を当面は支援するだろう。カザフスタン勢では、この騒乱が「官製テロ」であったとする動きも出てきている。トカエフ大統領の背後で影の支配者と呼ばれてきた、ナザルバエフ前大統領の派閥が反逆の容疑で逮捕されたのだ(参照)。ますます「ナザルバエフ派対トカエフ派」という対立構図が混乱に乗じて激化している。トカエフ大統領は既存エリート層への不満がデモの一因になった(参照)との考えを示し、政治改革に着手すると表明した。これを機に、ナザルバエフ前大統領の権力支配を出て、自身の主導で国家運営をしていこうという思惑があるものとされる。しかし、前途のとおり、プーチン大統領は支配者の顔が変わることは容認しても、構造改革は認めない。そうなれば、声を上げて市民の行く末は依然として暗いままであるだろう。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

横田杏那 記す

 

前回のコラム: 2022年米国勢中間選挙イヤー幕開け!~選挙の行方と米国株への影響を予測する~(IISIA研究員レポート Vol.68)

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