1. HOME
  2. ブログ
  3. 札幌にて「昭和ノスタルジック組」と出くわした話。(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 43)

札幌にて「昭和ノスタルジック組」と出くわした話。(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 43)

この週末、所用で北海道・札幌を訪れた。時を同じくして豪雨であった首都圏とは違い、札幌は夜こそ少し肌寒いものの、初夏の過ごしやすい陽気であった。そうした中で同地における「一つの区切り」を付けてきた。

お蔭様でそうした「区切り」が終わった後にしばし時間があったので、JR札幌駅前まで散歩に出てみた。すると、人だかりが見えたので近寄るとそこに馴染のある御仁が「街頭演説」のために仁王立ちしていた。「れいわ新選組」の党首・山本太郎氏である。

ご存知のとおり、私は普段、いわゆる「政体」勢力、すなわち民主主義という「量」のルールで物事を決めるための仕組みを担う者たちについてコメントはしない。なぜならば、そもそも「量」の世界は「質」の世界に劣後するのであって、かつ私と私の率いる研究所(IISIA)が関わっているのはそうした「質」の世界における出来事だからだ。ここで「量」の世界におけるリーダーシップこそが「政体」勢力であるのに対して、「質」の世界におけるリーダーシップは血族が基本であり、英語で言うならばborn leadership、ここでは前者との比較において「国体」勢力と呼んできている。普段、弊研究所は「国体」勢力の目線で見た時に見えるもの、そこで企図されていることについて論じて来ている。そのため、繰り返しになるが「政体」勢力における動きは基本的には関知しないという態度を貫いてきている。

IMG_2847

だが、時に目線を「政体」勢力に合わせてみた時に世界はどう見えるのか、これについて無性に気になった私は今回、「街頭演説」を行う山本太郎氏の様子にしばし見入ることにした。同党の「街頭演説」は実にユニークであり、ジャズ・バンドが伴奏(?)を行う中で行われる。また、デジタル・サイネージを駆使しており、「しゃべり」「語り」だけではなく、「図」「グラフ」も駆使して、聴く者たちを納得へと導こうとする。徹底して「糾弾調」のその語り口は何とも言えず心地よく、胸に響いてくる。「演説者」としての能力は抜群であり、氏の”ライブ”にしばし聞き入ってしまったことをここではまず告白しておきたい。

しかし、である。右脳の世界での「陶酔」にも拘らず、左脳はそうした「陶酔」にブレーキを絶えずかけてきた。なぜか?氏の述べる「主張」が同党の名前には全くふさわしくない、すなわち「令和」のそれではなく、「昭和」そのものを引きずるもので一貫していたからである。

「とにかく政治がやるべきなのは、経済大国であったニッポンを復活させることなのであって、そのためには膨れ上がった防衛費を経済対策に廻せば良いのだ」という主張は一見したところ、とても説得力があるように聞こえる。だが、「消費税は全廃せよ」と踏み込み、さらには農政から始まり、産業政策に至るまで一貫してとにかく、「ばらまけ、給付だ」とだけ連呼するのには辟易した。一体だれがそこで膨れ上がる給付額の財源を確保するというのか。

こう語ったらば同氏と「そのなかまたち」は必ずやこう答えるであろう。―――「ニッポンは元来、モノ作り大国であったはず。そうしたニッポンの元来の在り方を壊してきたのがこれまでの政治の在り方なのであって、まずは給付、国民に対して給付を行って、消費を喚起すれば、かつての我が国の経済的な繁栄は取り戻されるのだ」と。

だがこうした「主張」を聞いても、この「演説会」の実態を見るにつけ、全くもって納得することが出来ない私自身がいたことをここでは告白しておきたいのである。なぜならば「演説会」に集まったのは、どこからどう見ても「モノ作りニッポン」を支えていた、あるいは支えている様な”ブルーカラー”の皆さんではなかったからだ。どちからというと知的産業に従事していそうな、あるいはデジタル産業に関わっていそうな「意識高い系」の男性たちと、時間と不平不満はたくさん持っていそうな中高年の女性たちばかりがそこでは集まっていた。無論、それは同党に関心を持つ皆さんのほんの一部だということは分かっている。だがしかし、「ばらまけ、とにかく給付金だ」と言いつつ、「モノ作りニッポンを復活させるためにはとにかく全員がブルーカラーの過去に立ち戻って復興させるべきだ」とまで言わないのである。それではどうすれば良いのか?産業政策が全く見えてこない同氏の演説には、不覚にも「フラストレーション」すら覚えてしまったことをここでは吐露しておきたい。

「ニッポンの土地は中国に買われまくっているのです。山本太郎さん、売国奴をニッポンの国会から追い出して下さい!」と絶叫する質問がそこではあった。ところが同氏はというと、これに対して「中国よりも、まずは先の大戦後、一貫して我が国が隷属してきたアメリカの方が問題ですよ。横田管制区域の問題に始まり、とにかくニッポンはアメリカの言いなりなんです、国会議員たちも大半がそう。それがおかしいのです。」と答えるばかりで、一向に「質問」に対して真正面から答えようとはしない。そうした様子を見て、私の脳裏にはふと「第五列」という表現すら思い浮かべられてしまったほどである。

とにもかくにも威勢が良い「演説会」であった。汗ばむ陽気の中、スタッフの各位は実にきびきびと働き、あるいは働きかけ、演奏していた。大変印象深かったが、しかし私の胸の中には巨大な「?(クスチョンマーク)」が浮かび上がって、ついにはちきれんばかりになったのである。

「給付、給付というが、誰が財源を負担するのか。ニッポンは決して財政破綻しないというが、現下で生じている超長期債の金利急上昇という異次元の現象の先に”デフォルト(国家債務不履行)”が無いとなぜ言い切れるのか。よしんばそうした事態が無かったとして、今後、1億人以上いる我が国の同胞たちを一体いかなる産業、技術で食べさせていこうというのか?”意識高い”系のジャズの調べは良いが、グローバル金融資本主義の中で「戦争経済(war economy)」までもが続々と発動され、それで諸国民が糊口を拭うという事態にまで陥っている中で我が国の平和と安全、さらには繁栄を具体的にどうやって実現しようとしているのか?反対、ばらまき=給付、だけではなく、地に足のついた議論を、扇動ではなく、冷静にリードすることは出来ないのか。」

石破・野田という両巨頭による「大連立」政権に向けた歩みが、明らかに背後において実質的な動きとしての、この夏(2025年夏)における米国勢を筆頭とする”デフォルト(国家再不履行)”騒動の”演出”に向けていよいよ公然と行われ始めている今だからこそ、私は札幌の街頭でそう、想うことを禁じ得なかった。そうした中、折しも昭和の大帝(昭和天皇)が敗戦時に、時の外務大臣であった東郷茂徳に対し、「原爆まで落とされた我が国が復興するのには300年はかかるかもしれない」と悲嘆にくれたお言葉をかけられていたことがこれまで未公開であった歴史文書から明らかになったことが報じられた。あの悲痛、あの悲壮な決意があったからこ、その後、「国体」勢力の事実上のリードにより我が国は奇跡の経済復興を遂げ、「高度経済成長」を実現し、その後に続く世界のモデルとなることが出来た。だが、その弊害は同時にあまりにも大きかったのである。そしてその弊害の断章は今、一つにはpersistent objectorとしての地歩を国会で固める「れいわ新選組」において「昭和ノスタルジー」の亡霊となって現れ始めている。

我が国は落ちるところまでここから落ちていく。それに向けた拍車は止まらない。怒り狂う人々が街路に出て拳を振り上げるのも、もう間もなくのことなのだ。しかし、そうであるからこそあくまでも冷静に、そして未来志向でならなければならないのだと私は今、強く想っている。我が国、そしてグローバル社会全体で求められているのはだからこそ、徹底したrethinkであり、さらには根底からのdesignであり、reframeなのだ。その意味で、私は私の行くべき道をさらにまっすぐ、突っ走っていきたいと考えている。

2025年6月1日 残り1か月余となった瞬間に東京の寓居にて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役会長COO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

・・・

今回のコラム、いかがでしたでしょうか?このイシューも含め、弊研究所の見解をもって未来を皆様と共に見通すべく、来る7月12日(土)に「2025年夏・IISIAセミナー」を東京にて開催致します。詳細とお申込みは今すぐこちらからどうぞ!(HPにジャンプします)