「消えた100億ドル」の謎と米ウクライナ復興投資基金。(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 39)
4月30日(米東部時間)、米財務省は米国とウクライナが「復興投資基金協定」につき合意し、署名を行ったことを公式HP上のアナウンスメントと言う形で公表した。これを受けて我が国においても大手マスメディアが一斉に報道、「ウクライナ側が求めていた安全の保証(security assuarance)こそ盛り込まれていないようだが、いずれにせよウクライナ戦争の終戦に向けて重要な一歩と考える」旨のコメントを流している。
正直申し上げて、筆者はこのアナウンスメント、さらには我が国マスメディアによる無批判なコメントぶりを見て、大いなる違和感を禁じ得なかった。なぜならば、少なくとも我が国外交の最前線に立ったことのある身として、次の(悲しむべき)「格言」が再び胸をよぎったからである。
「大戦争が起きると、その後片づけのための『勘定書』は必ず我が国に廻されてくる。」
今回のこの協定をめぐる一連の顛末は実によく考え抜かれている。「ゼレンスキーとトランプがメディアの面前で大喧嘩をした」といったことばかりがハイライトされてきたわけであるが、成立したはずの「協定」の本文テキストが全く公表されていないのである。米財務省の公式HPだけではない。米ホワイトハウスの公式HPにおいても、である。それなのに我が国を始めとする各国のマスメディアは一斉にこの「協定」をもって「平和に向けた重要な一歩前進」と手放しで評価してしまっている。
かつて外務省で勤務していた時、条約局(当時)の幹部からこう教わったことがある。
「マスメディアが騒ぎ立てるような案件であればあるほど、しっかりと原文テキストを確認しなければダメだ。条約や協定といった国際約束の話であればなおのことそうなのであって、必ず原文を入手し、一言一句自らの目で確認をしなければ意見を語ってはならない。それが外交というものだ。」
今回の「協定」に対するマスメディアの諸兄による対応は正にこうした戒めがなされるべき出来事そのものだと言わざるを得ない。文字どおり「雰囲気」で語っており、プレスコントロールをされてしまっているのである。そこには明らかに「所詮トランプがやっていること。彼がやっていることに戦略などあるわけもなく、思い付きによるに決まっている。協定の原文テキストなどチェックする必要はなく、とりあえず平和に向けた貢献だなどと言っておけばよいのだ。」という、マスメディア諸兄の怠慢ぶりが見て取れてしまう。
しかし、である。「悪魔は常に細部に宿る」のだ。「協定」原文テキストを入手しなければ「どこに悪魔が潜んでいるのか」は分からないのであって、それなのにその良し悪しをコメントすることなぞ、本来ならば現に慎まなければならないことなのである。実際、筆者自身は最終版ではないにせよ、この「協定」のスケルトン+αを示していると思われるテキスト文案を入手し、愕然としている。5月2日にリリースした音声レポートにおいても詳述したとおりなのだが、この「協定」、テキスト文案を読む限り、要するにいわゆる「ファンド」の立ち上げのために必要な契約書そのものなのであって、そこでは一番裨益するが最後までファンドの面倒を見なければならない「無限責任社員(General Partner)」と、利率こそ悪いものの、投資をしたらば応分の利益を第一義的に得ることが出来る「有限責任社員(Limited Partner)」の2つが設定されていたからである。しかも、そこにはイニシャルに資金を提供する役割が一体誰なのかが明記されていないのである。つまり、米国でもウクライナでもない「第3者」がそれなりに莫大な資金を提供し、まずはビジネスが始まること、これこそがこの「協定」が想定しているメカニズムの第一歩なのである。
この様に「細部に宿る悪魔」の姿を見出した瞬間、筆者の脳裏にはかつて目にした光景が走馬灯の様に浮かんだ。時は1990年1月24日、我が国の海部俊樹内閣(当時)は「湾岸戦争」に対する貢献策として既に決定していた10億ドルに加え、「90億ドル」の追加支援を行うことを決定したのであった。その後、こうした我が国による「貢献策」は「少なすぎ、また遅すぎる(too little, too late)」と激しく非難されることになるわけであるが、要するに我が国は米軍による武力行使に対して、その勘定書を引き受けるとあまりにも気前よく言ってしまったのだ。
ところがこの話には後日談がある、ということを先日、日米間のインテリジェンスの世界、しかもその奥底に住まう向きから聞いた。合計で100億ドルとも、また140億ドルほどとも言われるこの我が国からの「貢献策」は、米側が受け取るには支払いが時期的に遅すぎ、事もあろうに米側が我が方に「返金してきた」というのである。もっとも大蔵省(当時)の口座に戻すのではなく、時の(事実上の)最高権力者であった自民党の最有力政治家(現在は故人)に対して通知をしてきたというのだ。だが、この御仁もさすがに参ってしまったようであり、その「若頭」として当時権勢の人であった中堅政治家(自民党)に対して「お前の名義でスイスに預金口座を開設し、そこにとりあえず入れておけ」と指示した。だがその後、「その次の措置」に向けた指示が下されることはなく、前者の御仁は鬼籍に入ってしまったのであった。金額にして1兆円を超える預金が、現在でも国会に議席を持つこの古参議員の名義でスイスにて眠っているというのだから驚きである。結局、米国は何をしたかったのであろうか。
今回の「協定」が米国内はもとより、グローバル社会全体から承認を受け、そのメカニズムが本当に機能し始めるのかはまだ謎である。だが一つだけ、私たち日本勢が今この瞬間にはっきりと認識しておくべきことがある。それは「奴らは必ずや、今回も『勘定書』を我が国に廻してくるに違いない」ということである。そしてその帰結として我が国の一体誰がそれに巻き込まれ、運命を翻弄されることになるのか。赤沢亮正・経済再生担当大臣が出向いた第2回日米「関税」協議で、米国側が突如「枠組み合意案」なるものを提示し、ちゃぶ台を半分ひっくり返し始めたばかりであるだけに、筆者にはそのことが気になってならないのである。
2025年5月3日 軽井沢の寓居にて
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役会長CEO/グローバルAIストラテジスト
原田 武夫記す
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