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新「国家安全保障戦略(NSS)」にみるバイデン米政権の“真意” ~党派別にみた米国勢とその実態とは~ (IISIA研究員レポート Vol.101)

(出典:USA I SKOLEN

今年(2022年)発生した「ウクライナ戦争」を巡り、米欧勢とロシア勢との対立が激化する中、米国勢のバイデン政権は先月(10月)、新たな「National Security Strategy(国家安全保障戦略)」を発表し、外交政策に関する基本方針を示した。この中で、米国勢にとって最大の課題を提起しているのは中国勢であるとの内容が以下のように記されている(参考):

“this strategy recognizes that the People’s Republic of China (PRC) presents America’s most consequential geopolitical challenge. Although the Indo-Pacific is where its outcomes will be most acutely shaped, there are significant global dimensions to this challenge. Russia poses an immediate and ongoing threat to the regional security order in Europe and it is a source of disruption and instability globally but it lacks the across the spectrum capabilities of the PRC”

(この戦略は、中国勢が米国勢にとって最も重大な地政学上の課題を提起していることを認識している。その成果が最も顕著に表れるのはインド太平洋地域であるが、この課題には世界規模で重要である。ロシア勢は、欧州勢の地域的な安全保障秩序に直接的かつ継続的な脅威を与え、世界的な混乱と不安定の要因になっているが、中国勢のような包括的な領域における能力を備えていない)

オバマ米政権時代に東アジア担当国務次官補を務めたダニエル・ラッセルは今回の発表について、国内における復活・再生や同盟関係と民主主義的な制度の強化といったバイデン米大統領が優先事項と示している方針に対して一貫性があるとの考えを示し、今回の「国家安全保障戦略」は明らかに中国勢との競争に圧倒的な重点を置くようにシフトしたと述べた(参考)。つまり、今回の発表内容を詳細に検討すると、バイデン米政権が発足当初から掲げる「民主主義国家 対 専制主義国家」という二項対立をより先鋭化させるのではないかとも読み取れる。

(図表:米国勢の「国家安全保障戦略」)

(出典:THE WHITE HOUSE

さらに、「国家安全保障戦略」において、バイデン米政権はトランプ前米政権とは異なり、米国勢の戦略文書で初めて日米安全保障条約が尖閣諸島にも適用されると明記されたことも、中国勢との対立度は深まっている証拠だとも考えられる。しかしながら、「国家安全保障戦略」から読み取れる内容はこうした解釈のみであると言えるのだろうか。民主党政権であるバイデン米政権と共和党政権であるトランプ前米政権に見られる主張の差異は、米国勢は一つの国ではあるものの厳密には党派的な分断があることを考えなければならないことを示している。

共和党、民主党という二大政党間の党派的分断は米国勢の社会において根深いとされている。例えば、米国勢のハーバード大学の研究チームによると、全ての町、都市、州で民主党員と共和党員が互いに関係して住んでいる場所を正確にマッピングするという調査を行った結果、ほとんどの民主党員と共和党員の居住地には党派的な分離が存在することを発見したという(参考)。また、米国勢の産業においても二大政党の支持者をもとにした差異が存在しているとの調査結果もある。去る2013年に行われた米国勢の世論調査会社「ギャラップ」による調査では、米国人が考える25のビジネスおよび産業セクターに対する全体的な印象度を、「非常に肯定的」から「非常に否定的」までの5段階評価で報告した。民主党支持層は映画産業、教育、出版、法律分野、医療、自動車産業を含む多くの産業部門について共和党支持層の人々よりもはるかに肯定的である一方、共和党支持層では石油・ガス産業と農業について民主党支持層よりもはるかに肯定的との結果が示された(参考)。

市民の間に存在するこうした支持模様の差異は、産業界と政党に深いつながりを生じさせ、実際の政策にも大きな影響を与えてきたものと見られる。例えば米国勢の保険業界は政界と深いつながりがあるものと見られ、大統領選が行われた去る2012年中に連邦政党と候補者に寄付された約5500万ドルのうち、68パーセントが共和党員により寄付され、共和党員は長い間このカテゴリーの寄付のほとんどを受け取ってきたと政治支出に関するデータをまとめている「Center for Responsive Politics and OpenSecrets.org」の調査によって明らかにされている(参考)。

(図表:米国勢の政党支持者別に見る産業セクター支持傾向)

(出典:GALLUP

それゆえに、米国勢と我が国との関係を考える上で、民主、共和という二大政党の主張が与える影響を考慮に入れておく必要があると言える。対立構造が激しく存在する部門の一つとして、保険制度を巡る議論があり、共和党は医療保険制度改革法(ACA、通称:オバマケア)の無効化を求める訴えを提起したり、低所得者向けの公的医療保険「メディケイド」に対する政府支出を大幅に削減することで得られる財源を富裕層や保険会社、製薬会社への減税に充てるための法案を提出したりするなど、スタンスの違いが際立っている。去る1990年代には、米国勢は我が国に半導体、保険、航空、フィルムの4分野に関する協議を提起し、保険について最終決着では自動車保険料率の自由化をはじめとする大胆な自由化措置を打ち出し2001年までに金融システム改革を完成させるといういわゆる「ビックバン」構想につながる内容であったとされている(参考)。つまり、米国勢としては自国内における公的な保険制度の拡大を受けて、我が国の保険市場をフロンティアと見て進出する動きを進めてきたとも考えられる。

直近の動きとして、安全保障戦略を巡って我が国が米国勢から目標を精密に攻撃できる巡航ミサイル「トマホーク」の購入を検討していることも取りざたされている(参考)。こうした動きを端緒として、「台湾有事」への懸念がありうるとの見立てから、我が国に対する武器の購入を迫る動きがバイデン政権により活発化する可能性がある。つまり、今次発表された文書は米国勢の「国家安全保障戦略」は中国勢との対立関係を示すだけのものではなく、いわゆる「戦争経済」への動きを反映したものとも推察できる。米国勢における時の政権が目指す方針が我が国をどのように左右するものなのかを見誤ることがないよう、より一層注視しなければならないと言えるだろう。

グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
倉持 正胤 記す

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