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「ザポリージャ・ショック」という悪夢 ~世界経済の凋落と“その先”にあるものとは~ (IISIA研究員レポート Vol.98)

“The West is playing a chess game with death.”
(西側諸国勢は死を伴うチェス・ゲームをプレイしている)

これは、去る9月3日(モスクワ時間)に営まれたゴルバチョフ元ソ連大統領の葬儀に出席したメドヴェージェフ前大統領の言葉である。

(図表:ゴルバチョフ元ソ連大統領の葬儀に出席する
メドヴェージェフ前大統領)
(出典:CANADA TODAY

「死を伴うチェス・ゲーム」、確かに、ザポリージャ原子力発電所へのロシア勢による武力攻撃は、ウクライナ勢やロシア勢のみならず、欧州勢全域、いや全世界的に「死を伴うチェス・ゲーム」ともなりかねない。

ウクライナ勢のゼレンスキー大統領は、砲撃が続くザポリージャ原発について「世界を原子力大災害の瀬戸際に立たせている」と訴え、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長も自ら現地を視察し、専門家を現地に常駐させる方針を示すなど、未だ収束の兆しがみえない状況が続いている(参考)。ウクライナ勢のクレバ外相は「爆発すればチェルノブイリ原発の10倍の被害が出る」との懸念も表明しており、同原発を巡る情勢の悪化が市場全体をしてリスクオフの傾向へと誘導しているともされている(参考)。

(図表:ザポリージャ原発を視察するグロッシIAEA事務局長(中央))
(出典:Guardian

こうした事態を受け、やはり脳裏をよぎるのは、36年前の1986年4月26日(キエフ時間)に起きたチェルノブイリ原発事故である。そこで、本稿では、36年前の記憶に遡る中で、当時のマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を振り返りつつ、今般のザポリージャ原発への攻撃がもたらす“ワースト・シミュレーション”を想定したい。

去る1986年4月25日(キエフ時間)、チェルノブイリ原発4号炉は保守点検に向けて原子炉を止める作業中で、この機会を利用して、いくつかの実験が行われていた。しかし、翌26日の午前1時23分、実験中に原子炉は暴走し、蒸気爆発を起こして、原子炉建屋は破壊され、14エクサベクレルの放射性物質が大気中に放出された。事故の第一報がモスクワに入ったのは、26日午前3時であった。しかし、当時のソ連勢はパニックを恐れて事故についての公表を行わなかった。

そうした中で、最初に異変に気付いたのはスウェーデン勢であった。事故発生から2日経った28日、月曜日の早朝、スウェーデン勢のフォルスマルク原発で働いていたクリフ・ロビンソンという職員の靴から大量の放射性物質が検出されたのである。管理区域に入っていなかった彼の靴から放射性物質が検出されるはずはない故に、「おそらくどこかで核爆弾が爆発したのではないかという考えが即座に思い浮かんだ」とロビンソンは後に語っている。同日中に、スウェーデン勢がソ連勢に原子力事故発生の有無を問い合わせたところ、当初は否定していたものの、スウェーデン勢が国際原子力機関(IAEA)に報告する旨を伝えると、一転してソ連勢はこれを認めたのでった(参考)。

この第一報を受け、我が国では、まずNHKが4月29日23時30分の時点で「事故は日本の原子力発電所の安全性に直接の影響を与えることではない」とする科学技術庁のコメントを紹介している。翌30日には、「今回の事故が起きたからといって直ちに日本の原子力発電所の安全性を問題視するのは早計」との通産省資源エネルギー庁のコメントも紹介されている(参考)。以上からも、当時の我が国政府として、まずは日本の原発の安全性を強調する中で、我が国における原子力開発への影響は少ない、ということを主張していることがわかる。

では、マーケットへの影響はどうであったのか。我が国の新聞紙上での扱いは、「ソ連政府は否定」という外電もあって、一面トップ、外電面や社会面と各紙まちまちであった(参考)。例えば、4月30日の「株式新聞」は、「株式市場はやや戸惑い」と報じている(参考)。

(図表:1986年4月30日「毎日新聞」夕刊3面)
(出典:日本原子力文化財団

事故の深刻さが本格的に広まったのは、翌5月1日であった。まず、地理的に比較的近いドイツ勢のDAX指数は、その後、約3ヶ月にわたり17パーセント程度下落した。ニューヨーク市場も当時としては史上最大の下落を記録し、それを受けて東京株式市場も下落する、というように株価下落の連鎖が続いた。

ただし、全セクターで下げに転じたというわけでもなく、例えば、(これは去る2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故でも同様であったが)ヨード剤(ヨウ素剤)が甲状腺の放射能吸収を防止する、とされたことから、その関連銘柄に注目が集まるということもあった。また、特に目立った動きとしては、穀倉地帯であるウクライナ勢での原発事故の発生ということで、上図の新聞にもあるとおり、シカゴの穀物市場で急騰がみられた。また、ソ連勢が米国勢やアルゼンチン勢から大量のトウモロコシを購入しているという噂も広まった(参考)。

もっとも東京株式市場では、その後は大きな影響は見られず、しばらくしたのち回復し、1989年12月末の史上最高値に向けて上昇を続けていく展開となった。

(図表:1986年から1990年にかけての日経平均株価)
(出典:tradingview

では、「ザポリージャ・ショック」なるものが起きたら、どうなるのか。まず、穀物市場については、今次「ウクライナ戦争」を受け、小麦相場が9年半ぶり高水準になっているということもあり、その影響はすでにアブゾーブされている、とみることもできよう(参考)。もっとも、北半球の穀物は汚染されるのでは、との懸念から、チェルノブイリ時の「噂」のように、アルゼンチン勢をはじめとする南半球からの輸入が増える、ということも考えられる。

また、チェルノブイリの時と同様、ドイツ勢、米国勢、そして我が国というように株価下落の連鎖も考えられるが、総じて、現下のインフレに伴う金融引き締めと、それによる景気後退の流れを加速する、というのが、現実的な影響であろう。チェルノブイリ原発事故が起こった1980年代後半は、1985年末に米国勢が債務国へと転落した中で、世界的に金融緩和に向かっているという状況にあった。

しかし、今はその真逆で、強烈なインフレの下で、世界的に金融引き締めへと向かっていることを踏まえなければならない。諸国勢において、物価上昇率に比して賃金上昇率が低い中で、その先に待っているのは、インフレ下の停滞(stagnation)、すなわち、スタグフレーションである。さらに、スタグフレーションの次の段階では、一体どういった悪夢が待ち受けているのか。スタグフレーションの先に待つものは、ハイパーインフレだという見解もある。しかし、国際会計基準上、「3年間で累積のインフレ率が100パーセント以上」となるとハイパーインフレと呼ばれる中で、トルコ勢などは既にハイパーインフレ状態とも言えよう。そうなると、ハイパーインフレのピークアウト後に襲来する「デフレ縮小化」という可能性も踏まえるべきではなかろうか。

かつて、1970年代からのオイルショック時には、世界的にスタグフレーションが深刻化した中で、米欧勢では、「サッチャリズム」や「レーガノミクス」による「小さな政府」への移行、すなわち「ケインズ経済学の放棄」がみられた。しかし、「デフレ縮小化」という“未知との遭遇”があった場合、ケインズ経済学を基準とするシナリオしか持たない米欧勢には打つ手がないのではないか。そうした中で、30年という長きにわたり、デフレ局面に対峙してきた我が国こそが他の国に先んじて「デフレ縮小化」という悪夢からいち早く醒めることができるのではないか。

グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す

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