経済制裁の「パラドックス」と「ジレンマ」 ~ドレズナーの“ゾンビ理論”から導く今後の展開~ (IISIA研究員レポート Vol.94) – IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 – haradatakeo.com
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経済制裁の「パラドックス」と「ジレンマ」 ~ドレズナーの“ゾンビ理論”から導く今後の展開~ (IISIA研究員レポート Vol.94)

「パラドックス」と「ジレンマ」の違いはどこにあるのだろうか。一般的には、AとBという2つの事柄のどちらを選択しても何らかの問題があり、葛藤が生じる状態を「ジレンマ(板挟み)」といい、他方で、AとBが相反するものであり、矛盾をもたらす命題のことを「パラドックス(逆説)」という。

国際政治においても、こうした「パラドックス」や「ジレンマ」は付き物である。「ウクライナ戦争」を受け、米欧勢により展開されている対露制裁を巡っては、欧州勢にエネルギー価格の高騰をもたらすことで、敵対国(ロシア勢)よりも同盟国(欧州勢)に影響を及ぼしているという意味で「パラドックス」と言える(参考)。

(図表:経済制裁を受け、ロシア勢は欧州勢へのパイプラインを停止)

(出典:pixabay

それに対し、米国勢による対中制裁では、どうであろうか。中国勢への技術移転を封じる米国勢の制裁を受け、特に中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)は、2022年1~3月期の売上高が前年同期比14パーセント減収したと発表するなど(参考)、打撃を受けているかと思われる中で、中国勢の半導体業界は逆に急成長しているという(参考)。半導体受託製造(ファウンドリー)最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)の売上高は前年比39.3パーセント増収で、市場の予想を超える好業績をたたき出している(参考)。

制裁を課さない場合は中国企業を裨益させることにつながるが、他方で制裁を課しても、結果として中国企業の自律性が高まり、却って成長を促すという「ジレンマ」に陥っていると言えよう。

(図表:SMIC Shanghai)

(出典:SMIC

経済制裁等により却って自律性を高めるという事例は、歴史上も多々ある。戦前、我が国は絹市場を独占していたが、これが却って米国勢をして合成繊維の研究開発を促進せしめ、去る1938年、米「デュポン」社によるナイロン開発に至ったことは有名であろう(参考)。また、第二次世界大戦前夜、天然ゴムの生産地を英国勢におさえられていたドイツ勢は、合成ゴムを発明し、ナチス勢の軍需工業を支えることとなった。

(図表:「ドイツ勢では軍事用のゴムに不足はあり得ない」と豪語したヒトラー)

(出典:Wikipedia

では、「パラドックス」や「ジレンマ」をも胚胎する経済制裁について、今後いかなる展開となっていくのであろうか。

経済制裁研究の世界的第一人者で、米タフツ大学教授のダニエル・ドレズナーは、過去100年、経済制裁は外交の有力な「いつでも容易に利用可能な」ツールとして使われてきたが、こうした「経済制裁依存症」とでも言える現状は、米国勢の衰退、外交的影響力の低下を物語るものであるとしている(参考)。

(図表:タフツ大学のドレズナー教授)

(出典:audible

また、国際政治学の世界的権威でありながら、ゾンビ研究学会にも属しているドレズナーはその著書『ゾンビ襲来:国際政治理論で、その日に備える』において、次のように、ジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画「Living Dead三部作」になぞらえ、国際関係を説明している(参考):

  • 1968年公開の『Night of the Living Dead(ナイト・オブ・ザ・リビングデッド)』には、ヴェトナム反戦運動とカウンターカルチャーの挫折が描かれている
  • 1978年公開の『Dawn of the Dead(ゾンビ)』では、ショッピングモールに象徴される極端な消費主義が背景にある
  • 1985年公開の『Day of the Dead(死霊のえじき)』では、レーガン政権下で深刻化した社会的矛盾が刻印されている

(図表:つねに時代が刻印されてきた「Living Dead三部作」)

(出典:Wikipedia

経済制裁においても、こうしたゾンビ理論は当てはまるであろう。初期には「旗下結集効果(Rally round the flag effect)」もあり、米中貿易摩擦による米国勢の国家的危機に際し、経済制裁への支持も得られるものの、じきに人びとは「ゾンビ疲れ」し、大衆にとっては遠い外国勢との争いよりも自分たちの地元の問題のほうがはるかに重要であるとの認識が芽生え、自分たちにも高いコストが伴う過酷な政策からは離反してゆくのである。

以上のゾンビ理論によると、このまま経済制裁を展開したところで、世界は「ゾンビ疲れ」に陥り、結果として欧州勢の凋落、米国勢の孤立化(モンロー主義への回帰)を招くのではなかろうか。そうした場合、昨今の為替レートをとってみても、他との比較において“異質な存在”である我が国が、グローバル・マーケットにおいて急浮上する展開もあるのではないか。それはまるで、「失われた30年」によりフェードアウトしたとも思われていた国家が、ゾンビのごとく復活(レザレクション)するかの如きである。

グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す

 

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