「民主主義」の終焉はインド勢から始まるか(IISIA研究員レポート Vol.38)
昨年(2020年)来のパンデミックは様々な変化をもたらした。
緊急事態宣言や外出自粛、海外ではよりきびしい「ロック・ダウン(都市封鎖)」が敷かれ、世界的にマスクをつけるのが“当然”になった。
こうした中で新型コロナウイルスは、我々の社会がよって立つ原理そのものにも挑戦を突き付けている。その原理とは「民主主義」だ。
いまや世界の多くの国が―建前にしろ―民主主義の原則を掲げている。
民主主義を支え、かつその最低条件であるのが選挙である。政治学においては一般に、自由で公正な選挙が定期的に行われていることが民主主義の条件とされる。
新型コロナウイルスの感染拡大によりこの選挙が危機に瀕しているのである。
先月(2021年4月)ごろより新たな変異株による感染が急拡大しているのがインド勢である。同国勢においては医療用酸素の不足が“喧伝”され、1日に4000人以上の人々が亡くなる事態となっている。
インド勢においては去る(2021年)3月末から今月(5月)にかけ有権者が約1億8700万人にのぼる地方議会選や補欠選挙などの実施が予定されていた。新型コロナウイルス対策や農作物取引の自由化が主な焦点となっている同選挙戦は、来る5月末で2期目就任から2年となるモディ印首相にとって政権運営への審判でもある(参考)。
(図表:ナレンドラ・モディ)
(出典:Wikipedia)
ところがモディ印首相が属するインド人民党(BJP)は新型コロナウイルスの感染拡大の中で選挙に関する大規模集会を開くなどし、批判が上がっていた。
同国勢の最高裁判所長官であるサンジブ・バナルジー(Sanjib Banerjee)を筆頭とする判事らは、同国勢の選挙委員会を“殺人罪”に処すべきとして強く批判し、実際にカルカッタ高等裁判所やチェンナイ高等裁判所は選挙関連のキャンペーンなどにより感染「第2波」を招いたとして同選挙委員会が“殺人罪”に相当する旨、判決したのである(参考)。
(図表:カルカッタ高等裁判所)
(出典:Wikipedia)
こうした判決を受け、去る(2021年)5月5日(ニューデリー時間)に同選挙管理委員会はいくつかの州での議会選挙及び議会の補欠選挙を延期すると発表した(参考)。
他方で同日、スブラマニヤム・ジャイシャンカル(Subrahmanyam Jaishankar)印外務大臣は「インド勢のような民主主義国では選挙を止めることはできない」としてパンデミック下での選挙に対する批判に反論している。
実はこの選挙延期が決定される直前の去る(2021年)5月3日(同)、すでにいくつかの州で議会選挙の開票が行われていた。モディ印首相が属するインド人民党(BJP)はアッサム州北東部においては与党の座を維持したものの、重要な選挙場とみなされる西ベンガル州をはじめ、タルミナードゥ州やケララ州においては敗北を喫した(参考)。
これらの州での投票はほぼ去る(2021年)3月に実施されていたのであるが、この際に選挙集会及び投票において群衆がソーシャル・ディスタンスやマスク着用に関する規制を無視していたことが直近の同国勢における新型コロナウイルス感染拡大を招いた旨、専門家らが非難しているのである。
この決定の根拠には国民の生存権がある。確かに個々人の生存の確保は、何にも先立ち重要であろう。他方で先述の通り、今次インド勢における議会選挙ではその主要な焦点のひとつにパンデミック対策がある。もし選挙を介して感染が拡大したとすれば、そうした選挙活動を行った政党、すなわち現政権にとっては打撃となろう。選挙延期の決定は、政権により恣意的に決められていないということができるだろうか。
昨年(2020年)にはパンデミックの下で米大統領選が行われた。
前回(2016年)選挙に比べ16倍以上の有権者が郵便投票を申請するなど、新型コロナウイルス感染拡大の影響がみられた(参考)。
他方でトランプ前米大統領は郵便投票において、例えば郵便での投票が到着する前に投票所に行けば二重で投票が可能となるといった不正投票の可能性を再三指摘していた。バイデン「新米大統領」の当選が決まった後も、合法な票のみを数えれば自分が当選した、などとする主張も続けていた。
「民主主義」国家である米国勢においてすら―実際にトランプ前米大統領が主張する不正が行われたか否かはともかく―このように郵便投票に対して不正の可能性を主張する余地があるとすれば、より制度の整っていない国家において問題は深刻となろう。
今次パンデミックの下でインド勢が下した決断は選挙制度、ひいては我々の社会がよって立つ民主主義制度そのものを揺るがすことになるのか。注視していきたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す
前回のコラム:パンデミックの切り札としての「日光」?(IISIA研究員レポート Vol.36)
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