後はネットで - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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後はネットで

先日、無事にエストニアの在留許可カードを取得しました。私のは労働者用なのでどちらかと言うとワーキングビザに近い証明書になります。これを以って5月からこちらの会社と雇用契約を結ぶことになり、晴れて私もエストニアの労働者です。

エストニアはE-stoniaやE-estoniaと自称するほど電子政府として有名ですが、いよいよ私もID:XXXXXとして、そのネット網にがっちり捕捉されたのです。

カードを受け取ってその足で現在まで銀行口座の開設や携帯とモバイルID(身分証明に使え、IDカードより使い勝手が良く安全らしい)の登録、市民カードの取得と諸々の追加手続きの真っ最中ですが、おばちゃんが心底詰まらなさそうにID番号を打ちこめば次の瞬間には私の個人情報がインクジェットプリンターから吐き出されるわけで、後はひたすらサインを書きつけるだけで契約は大体完了します。

粋な日本人として何か花押的なものを練習しておけばよかったと後悔しています。

こうしてこの国に私が滞在し生活している事実が、味気ない電子記号となってバルト海の傍

らに粛々と蓄積していく。実感はもちろん全くありませんがなんだか不思議な気持ちです。

ところで銀行口座の開設に行った時、それなりに待たされたため付き添いの方が随分イライラとしていたのですが(私も言葉がわかればもっと店員のぞんざいな感じに怒りを覚えたかもしれません)、彼女は日本に留学していたので「日本と違ってエストニアの対面のサービスは本当に悪いことが多い。でも大丈夫。最初の手続きさえすめば大抵のことは全部ネットでできるから」と溜息をついていました。

今まで日本に加え、サインとスマイルと後は自己責任主義のアメリカ、手間賃に応じて手続きが1日から1ヶ月がかりのフィリピン、机のあっちとこっちで怒鳴り合いが始まる中国で銀行口座の開設を経験してきた身としては、別になんてことない(年金ファンドへの積立が義務付けられていたことにはちょっと驚きましたが)どころか随分とスムーズに進んだなぁ程度だったのですが…。ちなみにエストニアの銀行は18時まで開いており、更にハンコを忘れて追い返された経験回数が両手に届くうっかりものの私としては右手を持っていくだけで事足りるエストニアの銀行の好感度は結構高いです。

ともかく、後はネットでできるから、と外国人に対しても言えるのはやっぱりちょっと羨ましいなぁと思ってしまいました。

私は一般人の中ではウェブサイトの取り扱いに慣れている方だと思うのですが、日本では途中で面倒になって電話したり直接出向いたりということが結構多くあります。エストニアとは逆に対面のサービスがいいということなのでしょうが、それでもパソコン上で話がすむならそっちの方が万人にとってもありがたい気がします。家から出たくない人も、出られない人も、対面より画面上のコミュニケーションの方が好ましい場面や人々というのも決して少なくないと思います。日本語のできない外国人もそうでしょう。

逆にニューヨークで過ごした1年間ではどうも日本では考えられない比で電話や音声チャットで問い合わせをするという場面があったのですが、あくまで個人の経験のバイアスなのかどうかはちょっとわかりません。それでもフィリピンの外資関係の企業の多くが英語を用いた24hのコールセンターを運営していることを考えると、話者の多さと海外にアウトソースできるとい点は考慮してもよいと思います。

また電話の自動音声に返事をしてしまって恥ずかしいと感じた人は私だけではないと思います。しかし自動音声応答に音声入力が組み合わさって、あたかも電話の向こうと会話しながら問い合わせや手続きが済む場合も何度かありました。初めて “If so, say YES.”と音声が流れた時は意味がわからずびっくりして2度ほど電話を切ってしまったのですが、自動音声に返事をするのはもはや恥ずかしいことではないのです。(Siriが登場した時点で恥ずかしいことではなくなっていたのかもしれません)

私が日本のウェブサイトが全般的に使いにくいと思う原因の一つに情報量が多すぎるというのがあるのですが、皆さんはいかがでしょうか。

ただでさえ平仮名と漢字が混じってごたつく文言が、丁寧な書き言葉特有のまどろっこしい文章となって結局大事な情報がわからない。もちろん文としておかしいものでは全くないし、むしろ対面時のスクリプトと考えればとても丁寧で好感度が高いと思われるのですが、いかんせん画面上でやられると面倒です。

逆に英語系サイトに時々あるのですが、エラーが起こった時でも “Oops! Something is wrong!” だけで戻るボタンや質問ページへのリンクがでかでかと表示されている、というような、これを対面に考えなおすと「ごめーん!なんかあかんわ」といって目の前で出口を指さされている状態で苦情電話待ったなしなのですが、画面で見ると「大変申し訳ありませんが…」で謝辞を述べられた後、大変申し訳なさそうな戻るリンクが画面の隅っこにあるよりかは次のアクションがわかりやすいのでいいと思います。

同じように世界各地のSNSで発展した様々な略字や絵文字顔文字といったコミュニケーションの技術も、これを音声入力で実現しようと思ったら大変に滑稽なものになります。だからといって音声入力で用いるようなシンプルで句読点のあまりない文章が、他の場面で気持よく通用するとも思えません。

これから、思考するための言語、コミュニケーションのための言語、そして各種サービスを利用するための言語と、ますます文法や作法が異なってくるのではないでしょうか。コミュニケーションというのは最終的に極地化するものですし、この『サービスを利用するための言語』(赤信号は止まれ、のような作法も含めたそういう共通の意味体系のセット)が最初に世界を結ぶ共通言語になるかもしれません。そして理論上は世界中どこでもアクセスできるインターネット上でこの世界言語化が完了すれば、それは文字通り一個人が地球上の全サービスに触れられることと同意なのではないかと夢想してしまいます。更に時代が下れば技術革新で言文一致運動みたいなものがまた起こるのかもしれません。そうなって初めて、本当の世界共通語なんてものが生まれるのでしょうか。

もちろんこれはあくまで物理的に世界でネットがフラットに繋がっていることが前提なので、その前に新しい言語的世界地図が形成されるかも知れません。大陸中国がファイアーウォールに囲まれた離島か半島になる可能性もあるわけです。

なんにせよ、そういう空想は置いておいて、とりあえず最初の一歩として、日本もウェブサイトに関しては少しおもてなしの精神から離れてもいいんじゃないでしょうか。GWに向けて色々計画しているらしい例のフィリピン人の友人(職業はプログラマーです)から送られてきた、一応英語化されてはいる某サイトの登録の手伝いに苦労しながらそう願わずにはいられません。

【プロフィール】
楼 まりあ
神戸・東京・マニラのオフショア開発を繋ぐブリッジSEとして日系企業に勤務。東欧での新拠点をリサーチするため現在エストニアに長期滞在中。
大学時代、マニラオフィスのオープンスタッフとして1年間マニラに滞在。NYでインターン経験有。東京大学経済学部卒。

 

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