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私は「前川喜平」を断然支持する。

やがてこうした瞬間が訪れると私はかねてより強く信じていた。「政治主導」というスローガンを掲げ勇ましいのは良いが、その実、自分自身の保身のため利権構造を造り続けるこの国の政治家に対する官僚たちの造反の時、である。それがいわゆる「加計学園」事件で一気に噴き上がった。私にとっては正に「想定内」の展開だ。

「人口減少に伴いペット数も減っている。それなのに獣医の数は増えている」

いわば「小学生でも分かるほど明らかに矛盾した状況」が続いているにもかかわらず、国からの助成金を目当てに「国家戦略特区」を利益誘導し、ついには「獣医学部の新設」をも勝ち取った加計学園。その戦略がもたらすはずなのは正にパーフェクト・ゲームそのもののはずであった。何せ、この学園の背景にあって「守護神」であり続けてきたのは戦後の我が国における保守系政治家を続々と輩出する名家「岸家」であったのだから。これにたてつく官僚がいるはずもなかったのである。ゲームは完全に「政治の側の圧勝で終わるはず」であった。

しかし、第2次安倍晋三政権は余りにも情けない最期を迎えた第1次政権から多くを学びすぎたのである。第1次政権は思い返すに正に「お友達政権」なのであった。そもそも安倍晋三(現)総理大臣は「自民党総裁」になるとは思っていなかったと聞く。現に党員投票では「石破茂」票が圧倒的に多かったのである。そのため、安倍晋三(現)総理大臣は妻である昭恵女史に対して「今回はここで降りる」とまで言い出していたのが事実なのだ。

ところがこれに対して在日華僑系論客として知られる某老女史が憤激。「私たち華僑総出で支えるから決選投票まで頑張るように言いなさい」と妻・昭恵女史に対して目の前で夫・晋三氏に対して電話する様に促し、説得。その結果、当選したという経緯があったのである(これは実話である)。

その結果、第1次安倍晋三政権は余りにも「準備の整っていない政権」としてスタートした。当時は経済産業省もそこまで肩入れすることはなく、永田町についてはまだしも、霞が関についてはやや根無し草の様な様相すら示しながら同第一次政権は浮遊を続けた。そして最終的にはとある重大な「日米案件」、さらには「国税案件」を巡る追及が行われかけるや否や、突然、安倍晋三総理大臣は降板したのである。実にあっけない最期であった。

「捲土重来」を祈念する安倍晋三(現)総理大臣は“その時”をあらためて探りつつ、戦略を練り、実行し続けた。その気迫に当時の訪米時、アテンドした我が国大使館関係者がやや滑稽さすら覚えたほどであったと耳にしたことがある。実はその当時、よもや「安倍晋三が総理大臣として再登板する」などと霞が関では誰も考えていなかったのである。

そして訪れた2番目のチャンスにあたり、安倍晋三総理大臣は2つの決定的なカードを切った。一つは菅義偉官房長官の起用、そしてもう一つは経済産業省の重用だ。現在もなお続く第2次安倍晋三政権はこの2つの柱によってだけもっていると言っても過言ではないということはもはや誰もが熟知する事実となっている。

菅義偉官房長官は何事でも「徹底すること」で知られている。永田町ではとにかく事務所より襤褸が出ない様に領収書の全てを自分自身がチェックすることで有名だ。一見すると精緻さを好む素晴らしい人格の持ち主の様に見えるが、要するに他人を信じることが一切出来ない「性悪説の人」なのである。地方議員時代から役人たちにさぞかし苦しめられてきたのであろう、現在、毎朝行われている菅義偉官房長官に対するブリーフィングにおいては、居並ぶ高級官僚たちは全員、「立ってブリーフィングを行うこと」を余儀なくされている。「役人たちは座らせると延々とろくでもないことを語り始めるから、まずは立たせることでそうした隙を与えないため」なのだ。

もっともこれなどはまったくもって大した話しではないのかもしれない。「性悪説の人」菅義偉官房長官は中央省庁で働く高級官僚たちの人事権まで奪ってしまったのだ。つまり「事務次官以下が事務方の序列を決めること」を許さなくしたわけであり、結果として「何をやっても給与があがるわけではない以上、人事異動だけが楽しみである」我が国の国家官僚たちは総理官邸詣出をこれまで以上に足しげく始め、「あの局長は総理に声がけをされている」「あの審議官は官房長官に罵倒された」といった噂話で永田町は持ち切りになった。

もっともこうした一連の措置によって我が国の国家行政が少しでもより公正に、かつ先見性があって「意味」のあるものになったのだとすればそれはそれで有意義だったのかもしれない。しかし単に「円安誘導による我が国における資産バブル展開」に過ぎなかった通称「アベノミクス」の大失敗が誰の目にも明らかである中、今私たちがすべきはその元凶はどこにあるのかを突き詰めて行うことなのである。

我が国が頓挫しかけている最大の理由。それは先に掲げた第2のカードである「経済産業省の重用」に他ならない。戦後の我が国が「国体」勢力の英断によって、臥薪嘗胆のために選択した手段に過ぎないのが「日米同盟」なのである。そしてそれを産業面で支えるべく造られたのが「通商産業省(現・経済産業省)」なのであった。

「いつ終わるとも知れぬ対米経済戦争を戦い抜くこと」

これが当初の目的であったが、やがて「通産省」はその存在自体が自己目的化し、暴走し始めた。そうした「通産省」がいわゆる「ベンチャー企業」なるものを我が国経済に植え付けるべく政治家としての「守護神」に据えたのが今は亡き安倍晋太郎だったのである。「岸家の傍系」ではあってもたかだか「下関出身の一保守政治家」に過ぎなかった安倍晋太郎が最終的には外務大臣として総理の座を争うまでに至った背景には、そもそも「通産省」という組織的なバックグラウンドがあったのだ。

安倍晋三総理大臣は自ら第2次政権を発足させるにあたってそうした自らの亡き父の「原点」に立ち返ることにした。自己のチームにおいて徹底して「経済産業省関係者だけ」を優遇する措置を講じたのである。端的に言うならば個別の案件について自らが判断することは止め、通称「今井天皇」を筆頭とした経済産業省関係者に全てを委ねたというあけなのである。

一見するとこのやり方はうまく行くように見えた。かつて糾弾された「泉井事件」以来、霞が関では今一つ冴えてこなかった経済産業省は「我が世の春がようやく来たり」とばかりに第二次安倍晋三政権下では粉骨砕身し始めた。その在り様は異様なほどであり、元来自らが担当しているテリトリーを遥かに越え、ありとあらゆる分野へ口を突っ込み始めたのである。これに対して当初は抵抗を示していた各省庁であったが、やがてそれが第2次安倍晋三政権における「ゲームのルール」であると悟るや否や、恭順の意を示し始めたのであった。

「霞が関の住人」であった経験を持たれていない読者の皆様にとってはこうした「経済産業省独裁体制」の一体何が問題なのかが分からないかもしれない。実は我が国の国家官僚制は二つのチェック・アンド・バランスから成り立っている。一つは世間でよく語られる「政と官」である。これについての説明はここでは省くことにする。

だがもう一つ「チェック・アンド・バランス」があるのだ。それは省庁間におけるそれ、である。各省庁は全て「設置法」に基づく所管業務が決まっており、その延長線上に実経済との接点において「利権」を抱えている。そして「ポストの数よりも同期の数が多い」という採用人事が継続して行われる結果、早期退職が当然視されている以上、これら利権へと天下ることによって将来の生活は確保されているという状況があるからこそ、国家官僚たちは日々の激務をこなしてきたという経緯があるのである。そうであるが故に、個別の「省益」を守ろうとする国家官僚たちの激突には凄まじいものがある。そしてそれは時に「上に上げ」、「大臣レヴェル」まで衝突しても何ら決着がつかない時もままあるのだ。

一見すると「省益」とは官僚たち自身のエゴの様に見えなくもない。だがその実、それら「省益」の延長線上には外郭団体を経由してこれに群がる多くの民間経済関係者たちがいるのである。すなわち「省益」とは国家官僚たちのエゴであると片づけるべきものではなく、むしろ私たちの国・ニッポンが戦後貯め続けてきた澱(おり)なのであり、「戦後ニッポン」そのものというべきものなのである。だからこそ国家官僚たちはそれぞれが守るべき「省益」が激突すると一歩も引かず、行政そのものが停滞してしまうのだ。

元来、「政治」が介入すべきなのはこの瞬間からである。無論、「大方針」は政治リーダーが出すべきである。だがそれとて大所高所の発想だけで良いのである。我が国のベスト・アンド・ブライテストである官僚諸兄は正にそこから”忖度“をして政策の細部を仕上げる術を知っている。日常的には行政マンたちに任せておけば良いのである。

だが、「省益」がぶつかり、にっちもさっちもいかなくなった瞬間、あるいは「危機」の時においてはそれではいけない。両者はえてして同じタイミングに生じるが、そうした時間との勝負である時にこそ、政治リーダーは介入すべきなのである。無論、ここで彼・彼女らの真価は問われる。なぜならば普段任せているからといって「危機」の時にあって頓珍漢なことを言い出してしまっては全くもって言語道断だからだ。「3.11危機」の際の民主党政権のリーダーたちが露呈させたのは正にそうした意味での「普段の勉強の足りなさ」であり、その意味での「知的・道徳的レヴェル感の欠如」に他ならなかった。

私は今回、前川喜平・前文部科学事務次官の「糾弾」によって露呈した我が国政治の本当の病巣はここにあると見ている。「安倍一強」と言われているが、全く持ってそれはそれはハリボテなのであって、その実、「性悪説から逃れられない地方議員上がりの小心者」による恐怖政治と「娑婆のマネー・フローを全く知らず、出来ることといえば虚栄心に基づく利権づくりだけである経済産業官僚たち」による”霞が関の常識“の破壊でしかそれはないのだ。「全ての存在するものは合理的であり、合理的なものは存在する」とはかのヘーゲルの名言だが、そうした冷静なチェックが一切行われることなく、しかも「最高責任者そのものが全く引責しようとしない」という異常な体制が続いているという意味で安倍晋三体制とは、かつての「民主党体制」よりも筋が悪く、唾棄すべきものだというべきなのである。

ハウス・アフェアーについては実質的に菅義偉官房長官が取り仕切る首相官邸は、このことについて声を大にして叫び始めた前川喜平・前文部科学事務次官に対して、実に卑劣な個人攻撃を始めた。「新宿・歌舞伎町の出会い系バーに通っていた前歴を持ち、そこで買春していた嫌疑すらある」と騒ぎ立てたのである。その背後には、「またか」とその実、あきれ顔で首相官邸の”主人“たちに面従腹背をする公安警察の面々の影を感じ取ることができる。

だが、事態は全くもってこれら”主人“たちの意のままにはなっていないのである。通称「横田幕府」との異名をとる米国勢からの強い影響力行使で知られる我が国を代表する週刊誌が、前田喜平氏が頻繁に会っていたという若い女性とのインタヴュー記事を掲載した。そして真実は「霞が関という”特殊地域”の向こう側で閉塞する娑婆の真実を知りたい」ともがく高級官僚の姿でしかなかったことが判明したのだ。さらにふるっているのはこの記事の中で、今回の一件が始まった当初、問題の若い女性の母親が娘に対してこんなことを言っていたことが明らかにされたのだ:

「記者会見のあった25日に、お母さんからLINEが来て『まえだっち(引用者注・前川氏に彼女がつけたあだ名)が安倍首相の不正を正してる』。それで、お父さんとテレビ見て『これは前川さん、かわいそうすぎるな』と思ってお話しすることにしました。(略)私は前川さんのおかげで今があると思っていますから」

件の女性は足しげく通ってくる「まえだっち」から“この世で少しでも浮上するための方法”を教わっていただけだったのだ。そして事実、彼女はよくありがちな社会的な転落を免れることとなった。

例えて言えば、かつて浅草のストリップ街に通い、そこで裸で踊る若い女性たちの悲哀の中から人生の真実、そしてこの世の非情さを描き切ることで歴史に名を遺した永井荷風の国家官僚版といったところだろうか。そうした「行状」を嫌悪したからといって、他ならぬ荷風だけが描いたリアリズムは現代に至ってもなお金字塔そのものなのだ。私の目から見ると、文部科学官僚のトップを務めた男・前川喜平の姿はそうした永井荷風のリアリズムに重なるものだ。事実、前川喜平氏は退官後も地位に恋々とすることなど決してせず、特定非営利活動法人キッズドアに参加を申し込み、一般のボランティアの一人として活動に取り組んでいることで知られている。彼の生き方は実に一貫している。何を恥ずべきことがあるだろうか。ここまですがすがしい男だからこそ、一省庁の事務方トップにまで選ばれたのであろう。

本来ならば「黙して語らず」がルールであるはずの国家官僚たちがいよいよ叫び始めた。これは下級武士たちの一斉蜂起によって始まった「明治維新」にも似た”革命“の始まりである。いよいよ「その時」が来たことを感じ取ることが出来ない政治リーダーにはその座に”恋々とする“資格など一切ないのである。自ら即座にその座を辞するべきである。さもなければこれから起きることはただ一つ、その実、我が国の本当の”権力の中心“と相通ずる「横田幕府」による政治的(かつ時に生物学的)な”天誅“だけである。

2017611日 札幌にて

原田 武夫記す

 

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