新年の辞。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」) – IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 – haradatakeo.com
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新年の辞。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。本年も読者の皆さんにとって幸多き一年になりますことを衷心よりお祈り申し上げます。

 

さて。

「これから何が起きるのか」

このことについては正直、昨年(2015年)まで全く無関心だった向きも、今年(2016年)は否応無しにこの重大事に向き合わざるを得なくなる。もっとも、世間では「大惨事世界大戦が起きる」などと軽々しく述べている“異能の人”などが横行しているが、それは所詮“表の世界”でしか暮らすことが出来ない電波・出版芸人たちの戯言に過ぎない。なぜならば、これから起きる本当のことに比べれば、これまでの思考の枠組みに則ったそうした(根拠なき)言論は、所詮、無意味だからである。

はっきりと言おう。これから起きることの「根本」を書くとこうなる。これまで繰り返し繰り返し、様々な場で10年余にわたり述べてきたことだが、今という大事な瞬間だからこそ、あらためて整理しておきたいと思うのである:

―これから起きることの根源は、太陽活動の異変にある。具体的に言うならば今年(2016年)後半より露骨に太陽黒点数が減少する中、私たちの暮らす地球を巡る内外の環境がそれに連動する形で激変し始める

―このことは結論において、これまでの「東西の時代」であった20世紀にいよいよ終止符を打つことにつながり、21世紀の特徴である「南北の時代」へと私たち人類を導いていくことになる。22世紀にはまた別の様相を示すことになるわけだが、いずれにせよこれからは「繁栄を享受してきた北が寒冷化する中、救いを南に求め、南が富を集積していくフェーズ」となる

―太陽活動の異変によって生じるのは、気候変動である。気候変動は不可逆的であり、すなわちこれまでの「住みか」を変えることを私たち人類に強いることになる。平たく言えば新たに「陣取り合戦」が始まるわけであり、富裕層、さらには覇権国を筆頭に民族大移動を始めることになる(トランプ米大統領候補=「不動産屋」であることの意義)

―これに抗するため、米欧、すなわち「北」のリーダーシップは過去100年近くにわたってインフレ誘導を全力で行ってきたが、人智を超える世界におけるこうした圧倒的な展開により、あえなく失敗する。国家の信用にだけ紐づけられた「紙幣」と言う意味での通貨の時代は終わりを告げ、しばしコモディティ―(モノ)の時代が訪れる。寒冷化にあっては原油、国家が発行する紙幣無き世界に備えて金(ゴールド)が、それぞれ求められる所以である。金融セクターは大幅に縮小し、元来の「在るべき姿」へと収斂して行く。またコモディティが豊富な「南」の時代がこれによって到来する

―諸民族・諸国民を率いる伝統的なリーダーシップからすれば、以上は一大事であるのと同時に、千載一遇のチャンスでもある。とりわけこれまで不当に虐げられ、あるいはその地位に意図的に甘んじていたリーダーシップは、これを機に一気に急浮上することを試みる。その結果、地球上の各地で動乱が発生し、秩序転覆・転換が連続することになる。無論、これまでの既存の秩序を担って来た根元的な勢力も、動かざるを得なくなってくる。これが華僑・華人ネットワークのハイレヴェルが、その「使用人」たるユダヤ勢に任せていた体制(=ブレトンウッズ体制)をも打ち壊そうとし、これに抗しようとする後者との間で静かな、しかしヒートアップする闘争を既に始めている理由である

―しかしこうした一連の激闘・激動の中で、全ての諸民族・諸国民が最終的に行き着く先がある。「始源」を争う華僑・華人ネットワークのハイレヴェルとユダヤ勢に対し、”世の全てが辿りつく先”と言う意味での「結末」を担う存在としての我が国である。そして「始源」は「結末」とループ構造になっているのであって、後者はまた前者でもあるというわけなのだ。そしてその連関によって織り上げられてきた我が国の皇統の本質がいよいよ明らかとなり、人類のそもそもの「始源」を担うその威厳を前に、全ての諸民族・諸国民が自らの「在るべき姿」を悟り、新世界秩序(New World Order)へと移行することになる

―以上の出来事の連鎖は、実のところ1995年から決然と始まっている。加速度を付けてきたのが2012年、そして決定的となったのが2015年である。表向き起きている出来事という意味での「現象(顕象)」の裏側にあってこれから誰の目にも明らかになる「潜象」としての新世界秩序(New World Order)は、早ければ2018年頃よりいよいよ姿を現し始め、2020年には最初の山場を迎えることになる。それが安定化するのは2035年頃を待たなければならないが、いずれにせよ確定的となる方向性は既に見えている。そしてそれを実現するのは、そのことが孕む「意味」を生得的に共有している日本人の一群と、それを同じく生得的にシェアしている諸民族・諸国民における兄弟たち(brothers)である

人智を超える世界に、これまでの米欧主導の人類文明は力をもって臨んで来た。これを「仁侠」という。だが、その限界が明らかになる結果生じる「新世界秩序(New World Order)」はこれとは全く異なる。押す(push)という意味での力ではなく、己を整えることによって偉大なる人智を超える世界へと自らこそ適合させるという意味での「礼」がそこでは基本になるからだ。そのための一連の為すべきことを「神事」という。そしてそれをもって、無言ではあっても「在るべき姿」へと私たちを導くのが皇(すめらぎ)の道なのである。そしてこれを日常の言葉では「御公務」という(公務員が行う仕事という意味での普通の「公務」とは異なる点に注意)。

その意味で、我が国を担う私たち日本人は誇り高くなければならない。もっともそれはややもすれば暴力的・狂信的となる「国家神道的」「右翼的」なものではなく、あるいは保守を標榜しつつ、その実、“日米同盟”という資金移転スキームの陰で自らが独占する利権構造を創出・維持拡大することとも違うのである。さらに言うならば、テレビという仮想の戦場の上で深夜に口角泡を飛ばすなどという、我が国古来の「言挙げせぬ」伝統(「秋津島 大和の国は 神からと 言挙げせぬ国」)に真っ向から反する態度ともそれは全く異なるのだ。

神奈備(かんなび)、神籬(ひもろぎ)、そして磐座(いわくら)。そこにある自然(じねん)に眼を向け、耳を傾け、それと合一である己を体感する時、私たちは今在ることの「意味」を感じ、前に進むことが出来るのだ。これから訪れる「日本の平和(パックス・ジャポニカ(Pax Japonica)」の本質はそこにあるのであて、それは怖ろしく静謐なものであり、同時に厳かなものなのである。この「重大事」こそ、新年を迎えた今、私たち日本人の全てが自覚しなければならない全て、なのである。

平成28年1月10日 東京・仙石山にて

原田 武夫記す

 

※2016年1月23日に東京で、また24日には大阪で、それぞれ弊研究所主催による恒例の「年頭記念講演会」(2部構成)を開催致します。詳細はこちらからご覧ください。

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