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中欧の記憶が突きつける問い――AI時代に「哲学」という根を張る。(クスノキ・プロジェクトへの招待 Vol. 14)

12月も半ばを過ぎ、2025年もいよいよ締めくくりの時期となりましたね。今年の年末は、例年に比べて暖かい日が続くとの予報もあり、冬本番というよりも、例年とは少し異なる年末の気配を感じさせます。季節の変化は天気だけではなく、植物にも表れています。駅構内の花屋に並ぶ、赤い苞がひときわ目を引くポインセチアは、街にクリスマスムードをもたらしています。ポインセチアの花言葉は「幸福を祈る」「祝福」「聖なる願い」。見た目の華やかさだけでなく、その意味を知ると、この時期ならではの思いとも重なって感じられます。

さて本日のブログでは、現在世界で、特に中欧を中心に進んでいる「AIと哲学」をめぐる議論について取り上げたいと思います。「なぜ中欧なのか」と疑問に思われる会員様も多いかもしれません。その背景として触れておきたいのが、11月8日に弊研究所の公式Xで発信された、次の一文です。

「ウィーン。前世紀終わりからのこの街における科学技術と人文学、芸術の爛熟がやがて狂気を生み出し、世界を激しく動揺させた。中欧を知らなければ、世界史はわからない。」

この投稿は、弊研究所代表・原田武夫がウィーン出張の際に発信したものです。この一文を読み、私は、中欧がその実、近代以降、科学技術の進展と思想・芸術の変化が重なり合う中で、世界史に大きな影響を及ぼしてきた地域であることに関心を持ちました。

世紀末ウィーンは、産業化と都市化が進み、精神医学や心理学、社会思想が次々と生まれた時代でした。科学技術の発展は人間理解を深める一方で、合理性や管理という考え方を強め、それがやがて社会全体を覆う思想へと転じていった側面もありました。

私はこの言葉を読み返しながら、現在の私たちの置かれている状況と重ね合わせずにはいられませんでした。AIは今や、専門家だけのものではなく、誰もが日常的に使う技術となりつつあります。AIの処理能力や表現の幅は急速に拡大し、私たちはまさに、AIをめぐる技術的進歩の只中にいます。

そこで本ブログでは、「AI×哲学」を一つの軸として、技術が社会に深く組み込まれていく局面で、私たちは何を考え、何を問い直すべきなのかについて考えてみたいと思います。これは将来の仮定の話ではなく、すでに私たちの日常に入り込んでいる問題です。

歴史を振り返ると、社会を大きく変えた技術革新の局面では、必ず価値観や人間観をめぐる問いが生じてきました。蒸気機関の普及は、労働とは何かという問いを突きつけ、印刷技術の広がりは、信仰と権威、個人と社会の関係を揺さぶりました。技術は社会の仕組みを変えるだけでなく、人間のあり方そのものを問い直す契機となってきたのです。

AIについても同じことが言えます。技術的な実装や社会インフラへの組み込みが先行する一方で、その技術をどのような価値観のもとで用いるのかという議論は、まだ十分に整理されているとは言えません。AIは手段を高度化しますが、その手段をどこに向けるのかを決めるのは、あくまで人間です。

こうした問題意識のもとで、現在、中欧ではAIと人間の関係を慎重に問い直す議論が進められています。この地域は、ナチズムや共産主義といった「システムによる人間管理」を現実に経験し、その反省の中で「個人の尊厳」や「主体性」を守ることの重要性を学んできました。だからこそ、AIという新たなシステムが社会に深く入り込むことに対して、強い問題意識が向けられているのです。

チェコ・プラハで開催されている Human-aligned AI Summer School では、AIの性能向上だけでなく、人間の判断や意思決定がどのように変化していくのかが議論されています。中でも「Gradual Disempowerment(緩やかな無力化)」という概念は、判断をAIに委ね続けることで、人間が考え、迷い、決断する力を徐々に失っていく危険性を指摘するものです。管理社会の記憶を持つ中欧の知性にとって、AIに人生の舵を預けることは、形を変えた新たな管理の始まりとして映っています。

さらに、対話型AI「ChatGPT」の公開からおよそ3年が経過し、世界の利用者は8億人を超える規模に達しています。AIが対話の中で人間の感情や意図をくみ取るかのような応答を示す場面も増え、こうした変化が人間の思考や意思決定にどのような影響を与え得るのかが、広く議論されるようになりました。

この点については、朝日新聞でも、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の発言を引きながら、AIが「共感力」をまねる時代において、人間がAIとどう向き合うべきかが報じられています。ハラリ氏は、AIが感情を模倣し、人を操作する存在になり得る危険性を指摘しつつ、痛みや喜び、愛といった感情こそが人間固有の価値であると強調しています。

対話とは本来、感情や思考をすり合わせながら関係を築く行為です。その核心部分にまで技術が入り込むとき、私たちは何をもって人間らしさと呼ぶのかが、あらためて問われています。

ここで改めて、クスノキ・プロジェクトがこのテーマを発信する意味に触れておきたいと思います。クスノキ・プロジェクトは、単なるデジタル化推進ではありません。AIという大きな流れの中で、人間が主体性を保ち、思考と判断の力を失わないための知を共有する試みです。

弊研究所が掲げてきた「Pax Japonica(パックス・ジャポニカ)」は、日本が国際社会において自立した立ち位置を保つことを意味します。現在、世界ではAIをどのような価値観や前提のもとで社会に組み込んでいくのかをめぐり、各国の考え方の違いが徐々に表れ始めています。もし日本が、技術の使い方だけに目を向け、その背景にある人間観や価値観の議論を他国に委ねてしまえば、私たちは他者が設計した枠組みの中で生きることになります。

中欧の知性が、システムに飲み込まれないための知恵を模索しているように、私たちもまた、自然との共存や人間の内面を重んじてきた日本独自の考え方を、AIという技術にどう反映させていくのかを問う必要があります。それこそが、これからの国際戦略における独自性につながっていくのではないでしょうか。

結びに、AIがどれほど精緻な答えを示すようになっても、その答えに意味を与え、最終的な責任を引き受けるのは人間です。クスノキ・プロジェクトは、皆様と共に問いを立てる力を磨き、新しい時代を主体的に生き抜いていくための場であり続けたいと考えています。

来年3月に開催する、ゴールド会員様限定のクスノキ・プロジェクトのイヴェントは、1月31日(土)に開催する「2026年・年頭記念講演会」から募集開始します。
是非、御申し込み下さい。

詳細とお申込みは今すぐこちらからどうぞ!(HPにジャンプします)

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※当ブログの記述内容は弊研究所の公式見解ではなく、執筆者の個人的見解です。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所・インターン生 髙橋こころ拝