“越境するホテル事業主体”が陥る罠とは ~高級ホテル・ブランドを成功に導くAI戦略~(IISIA研究員レポート Vol.89)
「ホテルインディゴ箱根・強羅」、「キンプトン東京新宿」、「ハイアットリージェンシー横浜」、「ザ・リッツカールトン日光」、「フォーシーズンズホテル東京大手町」…
これらはいずれも、2020年以降に我が国で開業した外資系高級ホテルである。一般的には、「東京夏季五輪」を見据えての展開とも見られがちであるが、同五輪が今次パンデミックにより“通常ではない形”での開催となったにもかかわらず、今でも次のとおり“越境するホテル事業主体”が続々と日本に上陸している:
(図表:ハイアットリージェンシー横浜)
(出典:HYATT)
こうした「外資」の上陸を受け、「帝国ホテル」「ホテルオークラ」「ニューオータニ」のいわゆる「御三家」もリニューアルで迎え撃つ構えだ。このように、我が国のホテル業界では、「地殻変動」ともいえる動きが激化している。
ホテル経営学で世界の頂点に立つ米国勢の名門コーネル大学をはじめとして、ホテル・マーケティングの基本は「いかにホスピタリティを提供するか」というオペレーション論がメインとなっているということが言える(参考)。
「リッツカールトン」が従業員に提示する「クレド」(行動指針)であったり、「一人2000ドルの決裁権」を付与したエンパワーメントの仕組みなどはその最たるものとして有名であろう。
(図表:米『コンデナスト・トラベラー』誌の2009年ホテル・ランキングで
アジア部門第2位に選ばれた「リッツカールトン東京」)
(出典:THE RITZ-CARLTON)
しかし、国が違えば文化も違う。最高級外資系ホテル・ブランドであっても、「郷に入っては郷に従え」という視点なくして、その国、地域にあったホスピタリティを提供するのは困難であり、たとえ全世界で画一的に質の高いホスピタリティを提供したからといって、必ずしも顧客満足度の向上にはつながらないであろう。では、そうした視点はいかにして獲得されるのであろうか。単に現地スタッフの意見をきく、といったレヴェルでは心許ない。そこで、着目されているのが、テクノロジーの実装、すなわち人工知能(AI)を活用した分析である。
まず、こうした分析の一つとして、高級ホテル・サーヴィスの消費における文化的特徴をテキスト分析がある(参考)。同分析では、世界最大の旅行口コミサイトとして知られる「トリップアドバイザー」のレビューを、ゲストの出身文化(アジア勢、北米勢、欧州勢)に応じて、評価、感情がどのように異なるのかを調査している。
対象となるホテルは、下表のとおり、「マリオット」「ヒルトン」「フォーシーズンズ」などの9つの“越境するホテル事業主体”に属する22の高級ホテル・ブランドに関する16,415件の2006年から2016年の10年間のレビューがデータセットとして使われている。
(図表:分析に使用された高級ホテル・ブランド)
(出典:Springer Link)
同分析の結論としては、以下のとおりである:
- 各高級ホテルの宿泊客が投稿したレビューの平均評価を比較すると、アジア人は総じて満足度が低く(4.41)、北米人は自分の経験をよりよくレビューする傾向がある(4.52)。ヨーロッパ人はその中間(4.45)である
- 北米では「サーヴィス」(14%)、アジアでは「ロケーション」(13%)、ヨーロッパでは「滞在」(15%)がそれぞれ高級感と関連するコンセプトとして浮上
(図表:レビューのコンセプト・マップ。左から北米人、アジア人、ヨーロッパ人)
(出典:Springer Link)
なお、同分析には、限界(limitations)として以下の3点が留意されている:
- 純粋に探索的であるため、因果関係が調査されていない
- 英語を母国語としないゲストのレビューには、文体、言葉遣い、構文に制限があり、分析結果に影響を与えている可能性がある
- 出身文化が、マクロな領域にて分けられており、より細かな文化的差異も考慮する必要がある
今後の研究では、これらの制約を考慮し、定性的な方法の検討も要されるとされている。加えて言えば、データセットに使われたレビューの期間が2006年から2016年の間であるということから、今次パンデミック後に新たに求められるようになったであろう「感染対策」といったワードも要素として重要になっている可能性が指摘できる。
以上の研究は、テキスト分析によるものであるが、この他にも、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)による画像認識を用いた「高級ホテル・ブランドに対する知覚理解法」という研究も進められている(参考)。
畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は、異なる変数間の隠れた関係を検出し捉えることができる、機械学習アルゴリズムの一つであり、同研究では、「トリップアドバイザー」のヴィジュアル・データ(6つの高級ホテルにおいて、ユーザーが投稿した7105枚の写真)を分析している。
(図表:6つの高級ホテルで撮影された写真の中で、最も繰り返される要素)
(出典:Computational Research Progress in Applied Science & Engineering)
同分析の結果、消費者の体験に大きな影響を与えた特徴として、以下のことが検出されている:
- 各ホテルでよく多く撮影された写真として、ベッドルーム、ディナーテーブルが共通の要素として登場している
- 続いて、バスルーム、ダブルベッド、リヴィング・ルーム、レストラン、洗面台、人物が上位を占めている
特に、寝室やバスルームなどのプライヴェート空間では、清潔さやデザインを細部にまで気を配っていることがうかがえる。これらの結果は、高級ホテルの経営者にとって、より良いブランド・マネジメント戦略を展開する上での一つの示唆となろう。
以上のように、人工知能(AI)によって客観的にはじき出された分析結果は、異なる文化的嗜好に合ったオファーの設計を可能とし、異なる顧客にうまくアプローチする一助となろう。
冒頭に述べたように、“越境するホテル事業主体”が我が国に今この瞬間、殺到している中で、ホテル業界を巡っては、「外資VS老舗」の「戦国時代」に突入しているとも言えるが、この戦いを制するカギは、あるいは人工知能(AI)による「おもてなし」なのかもしれない。
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す
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