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歴史的系譜から辿るSDGsの位相(「国連SDGsとパックス・ジャポニカ」Vol. 1)

2015年9月に持続可能な開発目標(SDGs)が合意されて以来、大きく国際情勢は変化し、SDGsの進捗を巡り国連の場で議論が成されてきた。期限である2030年を前に弊研究所としても国連の場で議論に参画する機会に恵まれたが、足並みが揃わない現場の様子を受け、かつてイタリアの思想家であるアントニオ・グラムシ氏の言葉を想起することが度々ある。

(図:ヘゲモニーの考えを提唱したアントニオ・グラムシ氏)

(参照:Wikipedia

‘The crisis consists precisely in the fact that the old is dying and the new cannot be born; in this interregnum a great variety of morbid symptoms appear.’.
「危機は、まさに、古いものが衰退しつつあり、新しいものが生まれないという事実にある。」

SDGsの進捗が大きく後れを取っている中で、2030年までの解決策やSDGsのその先における議論が不十分である点を考慮すると上記の言葉は現代を表していると言えよう。SDGsという枠組み自体が覇権国のためのツールであるという批判を始め様々な視点から批判的な指摘が成されている。本論では、よりマクロな視点から世界システム論に基づきSDGsに対する批判を取り上げ、グローバル・アジェンダに向けた課題を論じることとする。

まず、SDGsの枠組みは覇権国のためであるのかという点について、簡単に歴史的系譜を辿りたい。そもそもSDGs自体は前身のミレニアム開発目標(MDGs)を受け継いだものである。冷戦当時は米ソを筆頭に、冷戦期には「近代化」を旗印とした途上国に対するインフラ支援が活発に展開された。これらのインフラ支援は、その多くが途上国の統治体制を問わず、結果として権威主義的な政府を強化する方向に向かい、本来の開発援助が目指す、民主的であるはずの近代化政策とは矛盾があった。こうした情勢の動きには近代化のプロセスは不安定で暴力的であり、必要な政策を実行するためには権威主義的な統治が必要であるというハンティントンの理論が裏付けされている。
そこでソ連崩壊に伴い、もはや多額の資金を投資してまで途上国の権威主義的な政権を支えるインセンティブが欧米諸国にはなくなってしまった。加えて、ここで新マルクス主義から低開発は国際政治経済における支配と搾取のグローバルな構造から生じているとする従属理論が展開され、ガルトゥングの「構造的暴力」論に繋がる。この頃から、「中心と周辺」の間に存在する政治経済的非対称性と、それによって生じる支配、搾取、不平等が問題化され始め、1990年代以降の開発のメインストリームが築き上げられ始める。UNDP(国連開発計画)の『人間開発報告』(UNDP 1990)により人間の安全保障(human security)」という概念へと繋がる[Hiwaki, 2024]。
これまでの系譜を鑑みると、世界システム論が論じるように、世界に介在する構造が覇権国をつくり、その構造の下、開発などが進められてきた経緯は、冒頭の批判の通りかもしれない。他方で2000年に入ると平和構築が新しい道を模索している一方で、開発援助はすでに方向を転換し、実質的な歩みを進み始めている。すなわちMDGsの策定とその後のSDGsへ移行プロセスへと入る[Ofori George, 2024]。

(図:国連総会で採択されたSDGs)

(参照:朝日デジタル

MDGsでは「開発がなければ平和が脅かされる」という思想に基づき、社会開発的な項目を中心に据え、途上国の開発を達成するための具体的な数値目標を先進国政府に課した。その後、後継として策定されたSDGs(持続可能な開発目標)では、社会開発目標に加えて環境目標も重視されるようになり、先進国も含んだユニバーサルな目標であることが主張された。SDGsにおいては「人間の安全保障」はそのままに、その手段は多様化し、「構造改革」的な要素が強くなっている。
上記のMDGsからSDGsへの移行経緯を勘案すると、覇権国家の政策の延長線上というよりは、むしろ南北を包括した人類全体の課題に対するアプローチがとられている。しかしながら、SDGsの期限である2030年を目前に別の問題が生じていることも事実である。 いわゆる多極化の時代において当時の覇権国の様な政策を牽引する存在が不在している[Jogie, Melissa, 2024]。

「地球は一つであるが世界は一つではない」

1987年のブルントラント・レポートにそう記された通り、これまで以上に世界経済や政治が分断化、そして勢力図が急速に変化し、国際秩序の規範をめぐって論争がなされる時代に、われわれはいかにして世界を一つにできるだろうか。今まさにその問いに対する答えがSDGsの次の議論に繋がるのではないだろうか。
とりわけ、世界システム論を現代の情勢に置き換えて再考する必要があると考える。すなわち、現代においては人類共通の問題を軍事力ではなく、「科学」によって周りの国を巻き込みグローバル・アジェンダに取り組んでいく構造を生み出せるかが我が国にとってカギとなろう。そういった意味で覇権国のために構築された世界システム論は今こそ再考すべきフレームワークでありそのフレームワークの中でロールモデルを示せるのかがカギである。
弊研究所が掲げる「Pax Japonica(パックス・ジャポニカ)」では、実現のための4つのエレメントの内、「グランド・チャレンジ」の解決をグローバル社会全体に転移させていくプロセスのこと」と掲げている。この実現のために弊研究所は引き続き、国連NGOとしての使命を下に国連の議論に参画し、新しい枠組みを牽引していく。

コーポレート・プランニング・グループ 岩崎州吾 拝

※本コラムは弊研究所の発信に基づくものではなく個人の見解によるものである。

【文献一覧】
Abhishek Behl, Rahul Sindhwani. Guest editorial: Work, progress, and global responsibility in the implementation process of UN SDGs. Journal of Global Responsibility (2024)

Jogie, Melissa, and Brian V. Ikejiaku. “Sustainable development, capabilities, hegemonic forces and social risks: extending the capability approach to promote resilience against social inequalities.” Routledge, 2024.
Brelage, Tristan, et al. “Missing Perspectives on Class in Sustainable Development Goals: A Comprehensive Review.” 2024.

Ofori, George. “From the MDGs to the SDGs: The role of construction.” The Elgar Companion to the Built Environment and the Sustainable Development Goals. Edward Elgar Publishing, 2024. 20-43.

Hiwaki, Kensei. “Sustainable Development with Steadily Maturing Humanity: A Guideline for the Prospective Global Community.” 2024