今が“処断”すべき時が来たか ~我が国企業が見据えるべき今後の「ミャンマー・マーケット」~(IISIA研究員レポート Vol.71)
アジア最後のフロンティアとして「ミャンマー・ブーム」と注目されてから久しい。中心地ヤンゴンには立ち並ぶ店、行き交う人々で賑わう光景もかつてはあった。これまでの平穏を破ったのは去る2021年2月1日、ミャンマー国軍の政権掌握と共にこれからの混沌を想起させるかの如く世界中に報道された。その後クーデターを受けた全国的な抗議デモが2月に最高潮となり、数百人のデモ参加者がヤンゴンの日本大使館前に集まる事態へと発展した。
(図表:ミャンマー・クーデターの様子)
(出典:Infoseek News)
あれから約1年が経とうとしているが、交通量は多いものの歩行者は以前と比して少なく、状況は改善しているとは断言し難い。また我が国の企業においては、ミャンマー進出日系企業調査結果によると、政変後も7割近くの企業は縮小・撤退をしないと回答している(参照)。
そもそもミャンマー勢の歴史とはどのようなものなのか。ミャンマー勢と言えば「ゴールデン・トライアングル」と言われる世界一の麻薬と覚せい剤の生産拠点があり、その卸売りに関与しているのが米系インテリジェンス機関である(参照)。50年前からミャンマー勢に世界最大の麻薬生産拠点「ゴールデン・トライアングル」を作ってきたのがリチャード・アーミテージ元国務副長官である(参照)。このように麻薬や覚せい剤を生産する軍事政権の支援をしてきたのが米国勢なのである。
(図表:ゴールデン・トライアングル)
(出典:Amazing Thailand)
そうした中で、ミャンマー勢は、東南アジア諸国連合(ASEAN)勢との外交的亀裂により孤立化するにつれ、麻薬経済への回帰が進んでいるという情報もある(参照)。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、去る2020年に東南アジア地域で押収されたメタンフェタミンの量は前年を上回り、コロナ情勢の影響がミャンマー勢の薬物ビジネスを阻害している兆しはない。半世紀以上の歴史をもつミャンマー勢の麻薬経済問題の解決には、究極的にはシャン州やカチン州の少数民族武装集団との国内和平に政治的妥協によってこぎつけ、国境周辺での不正ビジネスの国際協調管理に結び付ける必要があるものの、現状、その方向への道のりが再び遠のき、拡大していくことが考えられる(参照)。
この回帰の動きにより、軍事政権の腐敗を懸念する米欧勢の企業は撤退の動きを見せている。例えば、フランス勢のエネルギー大手「トタル・エナジーズ」は本年(2022年)1月21日、ミャンマー勢から撤退すると発表した(参照)。理由としては、去る2021年2月に国軍のクーデターの発生を巡り、国軍側の収入源とならないよう、現地の天然ガス・パイプライン事業で配当金支払いを止める対応をとってきたが、人権問題で状況の改善が見込めず継続は困難と判断したためだとしている。そして、事業体に出資している米「シェブロン」も続けて撤退の意向を明らかにした(参照)。
(図表:ミャンマー勢でのガス田開発)
(出典:一般社団法人環境金融研究機構)
上述したリスクが、民生移管後から多くの投資を呼び込み成長していったミャンマー勢の経済はコロナ情勢やクーデターの影響により大幅にマイナスを記録している事態に推移している。国際通貨基金(IMF)が発表した2021年世界各国の国内総生産(GDP)によると、かつて「アジア最貧国」と言われたバングラデシュ勢が41位に対して、ミャンマー勢は70位と下位になっている(参照)。ミャンマー・マーケットとしての引き際とも読み取れる構造的変化は益々明らかになってきているようにも捉えることができる。
エマージング・マーケットに我が国とアラブ勢が誘い込まれたときは「そのマーケットは後の祭りである」という格言がある通り、米欧勢の企業が撤退の動きを見せる中、我が国企業が駐留するという構図に現在なっている。ともすれば、我が国企業にとってミャンマー勢の環境的変化を鑑みるとミャンマー・マーケットでの活動における処断を下すのは今ではないだろうか。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
岩崎 州吾 記す