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「「過去は良かった」と懐かしみながらリストラされるおじさんと「やっても意味がないから」とサボる若者たちの国=ニッポン」に明日はあるのか?(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 19)

訳あって我が研究所における運営のやり方をドラスティックに変えてからちょうど1か月が経過した。その間、実にたくさんのことが研究所の内外で生じた。「もう1か月が経過したの?!」と驚きもあるが同時に、「まだ1か月しか経っていないのか」とも思う。そしてつくづく1つのことを想う自分がいるのだ。---「ニッポンはこのままで本当に大丈夫なのか?」

一方では我が国の屋台骨が音を立てて崩れ始めている。端的な例を挙げるならば「自民党の凋落」であるが、それだけではないことにそろそろ多くの方々気づき始めているのではないかと想う。戦後の我が国経済を支えてきたのは何といっても自動車産業である。その自動車産業が明らかにシュリンク(収縮)しているのであって、リアルタイムで続々と行われている関連する上場企業たちの決算発表を聞くにつれ、「我が国経済は本当に大丈夫なのか?」と思わざるを得ない。救いの手はこれまでいつも「同盟国」米国から差し伸べられてきたわけであるが、その米国においてトランプ新政権が誕生することが決まった。これで一発でアウトになるのが他ならぬ自動車産業なのであって、これを筆頭に我が国の戦後経済を支えてきた輸出産業は米国から高率関税を一律に課され、今後、阿鼻叫喚の事態になるのであろう。

マーケットではそれでも「トランプ・トレード」だ、と喧伝されており、鼻息の粗い向きが多い。これから大規模な公的支援が行われる半導体、あるいは国土強靭化の名目で拡大される建設、さらにはAIだから、電力消費量が増えるから、という連想ゲームで喧伝されている電力。こういったセクターに属する上場企業の株式は「買い」であるといつもの面々が、いつものやり方で連呼している。しかしその実、高収益を上げている企業といえば一方では稼ぎを海外で得ている向きか、あるいはインバウンドでオーバーツーリズムと言われても押し寄せて来る海外からの観光客で潤っている企業だけなのである。そこには「これを造れば必ず儲かる」という技術も、製品もない。「AIがあるではないか」と言われるかもしれないが、賢い読者の皆さんは先刻ご承知のとおり、AIは生身の人間という意味での労働者を代替(replace)するツールに過ぎないのである。したがってこれが浸透すればするほど、単純労働を行う労働者から順番に仕事を失っていく。その社会実装は結果として我が国経済の「墓穴」を掘っているのに等しいということも出来るのだ。

目を転じてマスメディア、特に夜に放映されているBSチャンネルで各局で見ると、これまたなんと多くの「昭和歌謡の番組」が多いことか。要するにそれだけ多くの視聴者がいるということなのであるが、こうした番組を若者たちが見るはずもないのである。見るのは当然、「昭和世代」ということになり、若くても「団塊ジュニア世代」ということになってくる。世はその意味で「昭和ブーム」だと言われるが、結局それも一過性の現象に過ぎないのである。もうあの時代は戻ってこないのであって、後に残されるのは「昭和は良かった」とかこちながら徐々に企業オフィスの片隅へと追いやられていく”おじさん”たちだけなのだ。そして企業たちはといえば、これまでは切るに切れなかったこうした「昭和のおじさん」たちを、やれリスキリングだ、やれアントレプレナーシップだと言っては再教育の機会を「形だけ与えたこと」にし、それでも無理ならば「副業」を許し、徐々に追い詰めているのだ。そしてその先にあるのは・・・全国的に生じる『楢山節考』、すなわち老年就業者たちの”使い捨て”に他ならない。

それでもこうした老年に入りかけている就業者たちは時に「昭和の情景」を振り返って熱くなることがあるだけ、まだ良いのかもしれない。「Z世代」「ミレニアム世代」といった呼称こそ既に巷を歩く若年層では使わないと最近、「あのちゃん」のラジオで聞いたわけだが、それでもあえてこれらの呼称を使うとすると、こうした「Z世代」「ミレニアム世代」は明らかに時間どおり、計画どおりにタスクをこなし、前に進もうとしない癖を持っている。企業現場で、とりわけ経営リーダーシップを担っている方々はこう言われて必ずやピンと来ると思うのだが、とにかく「計画を立てました」といっても絶対にそれをそのまま執行しようとしないのである。親たち、上司たち、先生たちがそうした彼・彼女たちを時に詰るように叱責しても、とにかく彼・彼女たちが行動を変えることは全くないのである。

「恋愛ぐらい、若いからするんじゃないの?そんな時、若い人たちも情熱的になるんじゃないの?」

そう、「昭和世代」の読者は想うかもしれない。しかし今や、恋愛、いや性愛と言った方が良いかもしれないが、これをするために若い世代が使うのは「マッチング・アプリ」なのである。「だって、お互い”その気”になっているわけだし、スペックを列挙するとそのまま最適解をAIが出してくれるのだから、すごく便利じゃないですか」―――とある女子学生は「先生」である私に、最近のトレンドとしてそう教えてくれた。ただ曰く、「友人でアプリを使って、次々と男性と関係を持っている人がいるのですが。全くもって感じ入ることがない、と。だから次々に試している、と。」とも言われた。スペックなるものが本当に真実を記載してものであることをひたすら祈るばかりだとついつい想ってしまった。

大学という教育現場にて教える側として立たせて頂いていてつくづく思うのは、男女を問わず若い世代がえてして「今・ここ(now and here)」しか本当に考えていないということなのだ。今、20歳の学生のことを考えてみよう。生まれたのは2004年、物心つくのが小学一年生くらいだとすると2010年。既に世はリーマン・ショックで経済的に低迷しており、そして1年後には東日本大震災が発生。未曾有の危機に我が国は襲われた。そして福島第一原発において爆発事故も発生。「夢も希望もないな」と子供心に思い始めた時、アベノミクスが2012年の年末から始まった。しかしそれもまた束の間、15歳になり、”華の高校生”だと思った瞬間にコロナ禍が起きる。マスクで顔を覆い隠し、学校にも通えない中、自宅でひたすらPCを相手に暇つぶしをする毎日。大学生になってもしばらくはそうで、ようやく通学が解禁されたとしてもどうやって他人と付き合ったら分からない、と言うのも当然の流れだろう。そもそも見も知らぬ人と出会い、そこでのちょっとした会話が「拡散」され、ディスられでもしたら大変だ。しかも、男女の性愛行為などといったらば、「ところで君、ワクチンちゃんと打った?」という会話になるわけで。キスなんてとんでもない、その先なんてありえない・・・ということになるのが当然なのであり、だからこそそれでも経験を積みたいという向きは俄然、マッチング・アプリに走ることになる。

仕事は?といえば、確かに「少子高齢化」だから企業たちはもろ手を挙げて若い世代を表向きは歓迎する。しかし「昭和の世界」とは違い、「嫌だったら仕事、辞めて良いのだよ?」と、企業社会でも珍しく鼻息の荒いセクターである転職支援企業らが満員電車の中、ネット上、そしてテレビやラジオ、雑誌で連呼しているので、「だったら我慢しなくて良いのだ」と若い就労者たちは思い、すぐに仕事を辞めてしまう。いや、そもそも大学の教壇から「君たち、何になりたいの?」と聞いても、たいていの学生たちはこう答えるのだ。

「いや・・・分かりません。どうだろ、大学院にでも行くのかなぁ。。。分かりません。」

表向きはインターンを次々に掛け持ちし、時にスタートアップ企業に顔を出したりするのだが、とにかく「嫌だったら辞めて良いのだよ、それが個性なんだよ」と子供の頃から(悪い大人の都合で)教え込まれているから、一か所に止まることが全くない彼・彼女たちなのである。ちょうど、マッチング・アプリで「その場限りの性愛の相手」を見つけ、最後は同じくマッチング・アプリで、「スペック」で結婚相手を見つけられると信じ込んでいるのだから、我慢などあり得ないのである。

新卒で入っても、職場では仕事を教えてくれる人などいないのだ。いや、確かに「教育係」は名前だけいるかもしれない。しかしそうした先輩同僚たちもまた「嫌だったら辞めても良いのだよ」と言われてきているので、気付いたらばもういないのである。だから自分で立てた計画どおりに仕事をこなすことなぞ絶対にしない。「やっても意味がないから、未来がないから」と思い込んでいるからだ。そしてまた職場に少し慣れると、聞こえて来るのが経営リーダーシップや上長たちを巡る「ブラックな噂」だ。社内外のSNSでいろいろなことがささやかれているのを徐々に知り始める若い就労者たちはいつしか自分も、決して体験していないにせよ、給料をくれている自社について、やれ「ブラック企業だ」「ハラスメントの巣窟だ」と裏垢で騒ぎ立てるようになる。そう、そう言っていれば、後から本当に早期に退職することになった際、弁護士事務所に駆け込むことで「お小遣いくらいは会社からひねり出せるよ」と先輩同僚たちから聞いているからだ。弁護士たちも今は司法試験の倍率が事実上下がって仕方がないくらい同業者の市場参入が続いていて生きるのに必死なので、「そうそう、悪いのは会社です」と、一人の大人として若い就労者たちを諭すのではなく、いわば「ためにするトーク=自分の利益になるように誘導する話」ばかりをする。そうやってジョブホッパーとなればなるほど、まとまった小遣い銭を稼げると知った若い就労者たちは、いわば「剃刀強盗」の様な手練手管ばかりを学んでいく。そしていつもこうかこつのだ。―――「あぁ、私は私だけが出来る仕事をしたい。そんな職場ってないかなぁ。。。」

こう聞いて、読者が「昭和のおじさん」であったならば(あるいは「昭和のおばさん」)、必ずやこう聞き直すだろう。

「あなた、今は若くても、必ず年を取るのよ。未来に向けて希望はないの?希望を抱いて前に進まないと、人生はあっという間よ」

そう聞いた若者たちは必ずや「きょとん」とすることだろう。そして言うのだ、「おじさん、おばさん。”希望”って、”未来”って何?」と。

間もなく成立する第二次石破茂政権は少数与党による内閣であり、「部分連合(partial coalition)」を組むことになる国民民主党は先の総選挙において若い有権者たちに対し、高らかに約束したとおり、基礎控除や社会保障を巡る法改正を実現させ、若者たちに対してまたしても「まとまった小遣い」をくれるのであろう。マスメディアもこれをはやし立て、あたかもこれで問題が解決するかの様に論じている。しかし、本当だろうか?

今、ニッポンに必要なのは、世代を問わず熱中できるプロジェクトだ。しかもそれは単に熱中する対象になるだけではなく、それに関われば関わるほど、携わった者たちがより多くの飯を食えるような類のものでなければならず、同時に心情的にも熱中できるものでなければならない。そう、考えた時に出て来る選択肢は2つ。

「大戦争」あるいは「全く新しい技術とそれを用いた大規模な社会の刷新」のいずれか。

「トランプ銘柄」の大きな一つとして証券会社らが推奨しているのは「防衛株」なのだという。何のことはない、人殺しを皆でしましょう、ということだ。そしてその選択肢に手を伸ばしつつあるのが他ならぬ我が国なのであって、トランプは賢いことに当選確実早々に「自分の政権では戦争はしない」と喝破した。ということはどこかで大戦争が起きるように仕向け、そこに大量の米製兵器を売り込むということだ。

「昭和のおじさん・おばさん」、そして「マッチング・アプリに更ける希望無き港区女子たち」。そのいずれにもこのままでは未来が無い。あるのは、再び戦場と化し、互いに修羅となって殴り合う地獄絵という近未来だ。

何とかしなければならない。・・・だからこそ、我が研究所はたった独りになったとしても、人々に希望と未来を与え(Giving the People Hope and Future)、活力ある平和をもたらすニッポンという新たな在り方を追求しなければならない(Pax Japonica)。私は、能動的に「後衛の位置」に自らを位置づけた今だからこそ、あらためて強くそう想っている。

2024年11月9日 東京の寓居にて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

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本日のコラム、如何でしたでしょうか?弊研究所では来年1月、恒例の「年頭記念講演会」」を開催致します。今回取り上げたテーマも含め、じっくりとお話をさせて頂きます。ご関心を持たれた方はどうぞ、こちらから講演会の詳細をご覧ください。皆様のお申込み・ご来場をお待ち申し上げております。