クリーンな空気がハリケーンの原因か?~米系“科学ジャーナリズム”を読み解く~ (IISIA研究員レポート Vol.86)
先月(4月)12日、経済産業省・資源エネルギー庁は、2022年度の電力需要について、「2017年度以降で最も厳しい」とのシミュレーション結果を発表した(参考)。例によって今夏も猛暑の可能性が“喧伝”されている中で(参考)、電力セクターを巡る騒擾が懸念される。
(図表:2022年度の電力需給の見通し)
(出典:資源エネルギー庁)
そうした中で、米海洋大気庁(NOAA)があるレポートを公表した。「クリーンな空気がハリケーンの要因となっているのでは」、というある意味、“異色”のレポートである。
一般的には、大気汚染は、健康に影響を与えるだけでなく、生態系や建造物などにも被害を及ぼすとされている(参考)。さらに、大型ハリケーンの要因として地球温暖化が指摘されている中で、米海洋大気局(NOAA)・地球流体力学研究所の村上裕之研究員のグループが、西日本を中心とした近年の“異常な雨”の原因も地球温暖化であるとする分析を公表したことが、我が国でも広く報道されていた(参考)。
(図表:東京を襲うゲリラ豪雨)
(出典:SORA NEWS24)
同じくNOAAから公表された今回の調査では、米国勢と欧州勢(EU)のよりきれいな空気が、大西洋上にてハリケーンを醸造していることがわかった、というのだ(参考)。なお、こちらも上記の村上裕之研究員による調査であるが、その要点は次のとおりである:
The new study “links changes in regionalized air pollution across the globe to storm activity going both up and down” and found that a 50% decrease in pollution particles and droplets in Europe and the U.S. is linked to a 33% increase in Atlantic storm formation over the past couple of decades.
(「地球上の地域化された大気汚染の変化と、上昇・下降する嵐の活動を関連付ける」もので、欧州勢(EU)と米国勢において汚染粒子が50パーセント減少したことが、過去20年間で大西洋上でのハリケーン形成が33パーセント増加したことに関連していることを明らかにした)
エアロゾル汚染が空気を冷やし、化石燃料の燃焼による温室効果ガスの影響を減らしていたとの由である。他方で、中国勢及びインド勢により汚染が高レヴェルな太平洋上では台風が少なくなっているという逆の現象が起こっているというのだ。
(図表:2005年8月末に米国勢南東部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」)
(出典:pixabay)
この調査結果に基づけば、コロナ禍で大気汚染が多少改善したとも指摘されている中で(参考)、太平洋でも今後、台風が劇的に増加する展開も懸念されるが、果たして本当にそういったことが考えられるのであろうか。改めて、今般の調査の原典にも立ち返り、精査してみたい。
今般のNOAAによる調査は、広く「AP通信」(参考)や『ワシントン・ポスト』(参考)、さらには、右派系の金融ニュースサイト「ゼロヘッジ(Zero Hedge)」(参考)でも報道され、上記のようなラインで“拡散”されている。
こうしたラインは、元々、米系“科学ジャーナリズム”の雄である『Science』誌の記述がベースとなっている(参考)。そこで、当該記述の元となった、村上研究員らの発表したレポート“Detected climatic change in global distribution of tropical cyclones” まで辿ると、上記の要点のうち、特に「汚染粒子の減少とハリケーン形成の増加が『関連している』」との記述に当たる箇所について、次のとおり述べられていた(参考):
- A high similarity between the observed (Fig. 1D) and simulated (Fig. 1E) spatial patterns in the global TCF trends indicates that it is likely that external forcing played an important role for the observed TCF change. (「図1D」と「図1E」(シミュレーション)の空間パターンの類似性から、観測された変化には外部強制が重要な役割を果たしている可能性が高いことが示唆される)
- However, it is still unclear how much of the observed TCF trends over 1980 to 2018 can be statistically distinguishable from internally generated noise.(しかし、1980年から2018年にかけて観測されたトレンドが、内部で発生したノイズとどの程度統計的に区別できるかはまだ不明である)
(図表:空間パターンの類似性)
(出典:PNAS)
すなわち、「関連している」として“喧伝”されていた記述は、実は「played an important role(重要な役割を果たしている)」ということであり、さらに、検証されているデータは、1980年から2018年のもののみということであり、研究グループも同レポートにて、「内部で発生したノイズとどの程度統計的に区別できるかはまだ不明である」とlimitationを付し、今後の議論の余地をヘッジしている。
以上より、米系“科学ジャーナリズム”の雄ですら、原典にまで辿れば、違った視点や結論も出てくる可能性もあることがわかる。研究発表という原典から学術誌、通信社、さらに各ニュースサイト、ブログといった形で、あらゆる情報が“喧伝”されていく中で、ともすればその中間地点では、「ある意図」をもって原典の情報が歪められている恐れもある。そうした歪められた情報が“喧伝”されることで、世論、さらにはマーケットにまで影響が及ぶことを考えると、いかにバイアスを排除した形で「情報リテラシー」を獲得するかがカギとなろう。
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す
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