「ChatGPT」がもたらす人類の顛末(その1)~三島由紀夫の「懸念」を越えて~(IISIA研究員レポート Vol.105)
「ChatGPT」が大きな話題となっているとともに様々な懸念も浮上している。今回から全2回にわたって、この「ChatGPT」が人類にもたらす顛末を探りたい。
「ChatGPT」とは、米サンフランシスコに拠点を置く「OpenAI」社が開発した対話型のチャットボットで、ユーザーが入力した文章に対して人工知能(AI)が会話の流れに沿った文章を自動で作成したり、長文の文章を要約したり、外国語を翻訳したりすることができ、昨年(2022年)11月末に公開されると、5日間でユーザー数が100万人を突破した(参考)。
(図表:「ChatGPT」のホームページ)
(出典:OpenAI)
先月(1月)23日には、「OpenAI」に出資を行いパートナー関係にあった「マイクロソフト」社が、今後数年間で数十億ドル規模を追加出資すると表明しており、この波を受けて、AI関連銘柄への市場の注目も高まっている(参考)。
他方で、「ChatGPT」によって「文章力」は不要となることで、教育現場へ悪影響を与えたり、ホワイトカラー(知識労働者)の脅威になるといった懸念も広がっている(参考)。
例えば、「ChatGPT」にテーマを与えると作文をしてくれるので、学校の課題に活用できてしまう。これを受け、米ニューヨークの公立学校では「ChatGPT」へのアクセスを遮断したことを複数の米メディアが報じている(参考)。ニューヨーク市教育局は、「学業や生涯の成功に不可欠な批判的思考や問題解決のスキルを構築することを妨げる」との懸念を表明している。また、フランス勢の名門大学「パリ政治学院(Sciences Po)」も不正行為や盗作を防ぐことを目的として「ChatGPT」の利用を禁止している(参考)。
(図表:「ChatGPT」の利用を禁止した「パリ政治学院」)
(出典:L’OBS)
我が国でも今後、同様の流れが起こるものと思われる。加えて、我が国においては、過度な「理系重視」及び「文系軽視」へのシフトがみられている点にも留意したい。具体的には、以下のような潮流がみられる:
- 文部科学省は、デジタルや脱炭素など成長分野の人材を育成する理工農系の学部を増やすため、私立大と公立大を対象に約250学部の新設や理系への学部転換を支援する方針を固めた。今年度創設した3,000億円の基金を活用し、今後10年かけ、文系学部の多い私大を理系に学部再編するよう促す構想だ(参考)
- データを活用し課題解決策を探る「データサイエンス」系学部の新設が相次ぐ。72年ぶりに新学部を設ける一橋大学を含め2023年春に少なくとも17大学で誕生し、全国の定員は約1,900人増える見通しだ(参考)
そもそも、我が国においては、高校段階から文系、理系に分けて、大学卒業まで一直線にそれぞれの道を進むという「文理二分論」自体がナンセンスという意見もある中で、こうした「理系」への偏重という流れには、ただでさえ文章力が低下している我が国の教育現場で一層そうした流れに拍車をかけることになるのではとの懸念もあろう。
よく文系、理系に分けるのは我が国だけという指摘を散見するが、実際のところ、自然科学と人文・社会科学を2つの文化に分けるという発想自体は、英語圏やドイツ圏、フランス圏でもみられる。ただし、その断絶が我が国ほど深くはなく、相互に越境する仕組みがある、というのが実態であろう(参考)。
矢野誠・京都大学教授らによる共著『なぜ科学が豊かさにつながらないのか?』には、「技術の優れた作り手を育てるのが理系であり、優れた使い手を育てるのが文系の仕事」であるとの視点の下で、「原発事故の責任の少なくとも9割は文系にある」との指摘もあるが(参考)、こうした指摘をみていると、改めて我が国教育の行く末に危機感を覚える。
では、日本人のみならず人類は、この先、「ChatGPT」のような一見便利だが、人類をして他の生物とは一線を画せしめる抽象的思考やそれに基づく文章力といった特質をむしろ放棄させるかの如き技術の進展により、いかなる顛末を迎えるのか。(つづく)
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す
*本コラム内にある見解は、弊研究所の一致した見解ではなく、執筆者個人の見解を示すものである。
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