米国/イランは戦争に突入するのか・その2(特別コラム)
*本稿は去る4月に入社しました、防衛省・自衛隊幹部を務めあげた島村修司が、専門家でないと分かりにくい軍事事情について、現場の視点を織り交ぜながら分かり易く伝える不定期コラムです
*末尾に重要なお知らせがあります。必読、です!
はじめに ~戦争を導く人間の本質~
紀元前5世紀末、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス(紀元前460年頃から同400年)は自らも指揮官として参戦、敗残したペロポネーソス戦争の記録を「戦史」と題し後世に残した。同年代ペルシア戦争を扱ったヘロドトスの「歴史」が神話や面白いエピソードを盛り込んだのとは対照的に戦争のプロセスを可能な限り正確に描写したものである。ペロポネーソス戦争とは、紀元前431年から同404年の27年間に亘って都市国家スパルタとアテーナイが古代ギリシャを二分して覇権を争った戦いである。ペルシアの脅威に備えて結成したデロス同盟の盟主となったアテーナイはその立場を使い勢力を広げ前5世紀エーゲ海に海洋帝国を築く。これに前世紀から覇権を握っていたスパルタが反発しペロポネーソス同盟を率いて対抗した。スパルタが勝利したがギリシャ全体の衰退を招くことになった大戦争であり、我が国では応仁の乱に相当するであろう。アテーナイにスパルタを攻撃する意思は無かったにもかかわらず勢力伸張の著しいいアテーナイに対しスパルタが抱いた強い恐怖心が開戦を決議し侵攻する契機になったと彼は記している。
(図表1 ペロポネーソス戦争の構図)
青:ペロポネーソス同盟諸都市、赤:デロス同盟諸都市、黄:アケメネス朝ペルシア帝国
(出典:Wikipedia)
(1)疑心暗鬼になれば戦争をしようという意志がなくても偶発的に起こりうる。(2)下から這い上がってくる者を上にいる者が叩こうとするのは人間の性であり、新たな国の台頭が、守りに入った大国に脅威と映り戦争へと発展する。(3)同盟関係は連鎖反応によって大きな戦争につながりやすい。トゥキュディデスはこれら諸点の指摘に加え「今後展開する歴史も、人間性の導くところ再びかつてのごとき、つまりそれと相似た過程をたどるのではないか」との強い危惧を付言した。
スパルタが米国、その同盟国の筆頭がイスラエル、そしてアテーナイがイラン、エーゲ海を中東全域とすると現下の情勢との相似性を認識できる。倫理が逆転し極度の心理的緊張下に置かれる実際の戦闘状態に陥る以前、緊迫化する情勢の中で露わとなる人間の本質が戦争を導くのであれば、回避への端緒として恐怖心、疑心暗鬼を解消することが求められる。
この点においてイランが協議に応ずるとした今年(2019年)7月7日頃以前、6月13日(テヘラン時間)にイラン最高指導者であるハメネイ師との会談を予定する我が国阿部総理大臣のイラン訪問は疑心暗鬼にかられた関係各国首脳の見守るところとなる。人間の本質に訴えかけ真意を共有するのに際し、いかにネット社会が進展しようとも直接会談に勝るものはない。来る今月(6月)28日から29日に議長国として我が国が主催するG20には米国、英国、フランス、ドイツ、欧州連合(EU)、サウジアラビア、ロシア、中国といった関係国首脳の参集が得られ、疑心暗鬼を解消し得る好機となり得る。ただし失敗に終わった場合、ルビコン川を渡る危険性も覚悟しなければならない。
人間の本質が戦争を誘発するのであれば同時に、主要なアクター個々の動静にも着目する必要がある。米国の恐怖心を煽り同盟国としてのコミットメントを訴える主な人物は次のとおりである:(1)イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、ジャマル・カショギ氏殺害の件から米国の政治的圧力下にある(2)サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子、サウジの緊密な同盟国でありイエメン内戦でイランが支援するイスラム教シーア派の反政府組織フーシ派と戦うサウジ主導の連合軍にも参加する(3)アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド・ビン・ザイド皇太子。また米国内にあっては、2003年のイラク戦争時以来一貫して軍事力によるイランの政権転覆(Regime Change)を主唱する(4)ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)、ネタニヤフ首相及びサウジのムハンマド皇太子との親交の深い(5)ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問、更には陸軍出身でイタリア移民の前米中央情報局(CIA)長官である(6)ポンペオ国務長官。さらにイラン国内にあっては、ほぼ外遊の実績が無く表立って米国への不信感を露わにしてきた(7)ハメネイ最高指導者、そして(8)強硬派のイスラム革命防衛隊ホセイン・サラミ司令官である。
イスラム革命防衛隊の危険性 ~イラン政軍関係の変容~
去る2010年頃からイラン国内におけるイスラム革命防衛隊の主導権拡大が見て取れる。同年6月に国連で採択された安保理決議1929号の制裁は革命防衛隊の経済活動への打撃が企図されていた。同決議はイラン有数の建設・開発事業体とその系列団体など、革命防衛隊傘下の15団体を制裁対象に指定した。これらの団体はイラン国内経済において枢要な位置を占めるばかりでなく、核・ミサイル開発関連の事業・調達にも関与しているとされる。建設・開発分野の公共事業を含め、近年、革命防衛隊はイラン経済や社会、文化の様々な行政分野のすそ野へ絶大な影響力を拡大しているのである。
そもそもイランの現体制は「イスラム法学者の統治」を国家理念の根幹に据え、イスラム法学者たる最高指導者が国家を指導し、軍はその統制下に属すると規定している。そして革命防衛隊は1979年5月に、革命防衛隊の国民監視・治安維持・国民動員部門である民兵組織バスィージは同年11月に初代最高指導者ホメイニ師(当時)の指示を受けて創設され、法的には同時に成立したイラン・イスラム共和国憲法による。したがって革命防衛隊もその法的枠組みにおいて文民統制下に位置付けられるわけであるが、近年その実態は統治理念と乖離してきているのである。同憲法第150条により革命防衛隊はイラン革命とその成果を護持する役割を担うとされていて、革命防衛隊がその憲法上の役割を達成する上での行動は独自の判断が許容されると解釈したためである。この政軍関係は、かつてイスラムの世俗化を護持する守護神として有事には大統領権限を超越したトルコ国防軍や旧ソ連軍、現中国人民解放軍にも同様に見られる構図である。
陸海空軍・防空軍を有するイラン正規軍40万人に比較するとイスラム革命防衛隊は約13万人と小規模であっても、正規軍とは別に陸海空軍・弾道ミサイル部隊を有し1.5万人の特殊作戦部隊や9万人の民兵組織バスィーズを擁し、バスィージは非常事態時になると約7,500万人のイラン国民のうち1,100万人を動員し得る。非常事態に際しては正規軍も隷下となり得る。したがって政治・外交においてハメネイ最高指導者やロウハニ大統領が機能し得たとしても、このようなイラン政軍関係の変容を考慮するなら、開戦の帰趨はむしろ強硬発言を繰り返すイスラム革命防衛隊ホセイン・サラミ司令官の意志に帰着するとも言えるのである。
おわりに ~ネットワーク時代の戦闘~
米軍は1998年頃からネットワーク中心型戦闘原理を導入し装備体系、兵力配備、作戦運用構想の「変革(トランスフォーメーション)」を進めて来ている。ベトナム戦争において長大重厚型の米軍が小規模分散型の北ベトナム軍に敗北した悪夢の克服である。詳述は別途の機会とするが、それは先進的情報通信ネットワーク技術、人工知能(AI)、ロボット技術、ナノ技術を導入し、作戦進行速度(OPTEMPO)を格段に向上させ脆弱なプラットフォーム集中型からネットワークによって機能統合を図る広域分散型の戦力組成への脱皮である。ここで想定する敵対勢力とはイラン、北朝鮮および中国であった。予想される米軍の戦闘態様はイラン軍側戦略・戦力中枢(COG)への高速化、無人化した精密攻撃であり、革命防衛隊側はその非対称性を活かし小型・大量・分散化した米軍側戦力中枢への多方向同時攻撃といったものとなるというのが卑見である。
他方で米軍の変革を考慮せず、単純に中東に派兵される兵力数のみを見ていたのでは米軍の戦争準備の段階、開戦時期を見誤る。たとえば去る1991年の湾岸戦争では所謂パウエル・ドクトリンに基づき約60万の大兵力が投入された一方で、米軍変革と並行して勃発した2003年のイラク戦争においては約30万の兵力集中段階で開戦している。したがってボルトン大統領補佐官が国防省に策定を指示したと伝えられる12万の増派が実際に行われた場合、現在の中央軍指揮下に駐留する約5万の兵力と合わせ約17万の兵力規模となるわけであって、戦略軍といった機能統合軍の作戦兵力は計上されていないことも考慮しなければならず、安易に開戦の可能性を否定すべきではない。むしろ投入兵力17万の戦力構成に着目し開戦の如何を判断すべきである。
今年(2019年)5月に増派された1個空母戦闘群は約7,500人、1個海兵遠征群は約5,000人であり、想定する17万の兵力規模に対しては10パーセントにも満たない。米地域統合軍の中でアフリカ軍と同様に中央軍は恒常的な戦力組成を有せず、バーレーンに第5艦隊司令部機能、カタールに空域統制機構を有するのみである。そしてその司令部は米国本土に所在する。したがって12万兵力の戦域投入ということになればそのほぼ全ては欧州軍約11万人(陸軍第5軍、海軍第6艦隊、第3空軍)、またはインド・太平洋軍約33万、北方軍(米本土)からの派兵が必要となるのであり、米軍全体の動静を俯瞰しておく必要があるというわけだ。
ただし2016年以降の予算不足により装備取得未完、訓練不足とし米軍の即応性が不十分な段階にある旨米軍最高司令官である大統領の軍事作戦補佐ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は上申していることを付言しておきたい。現にトランスフォーメーションの中核装備でもあるズムウァルト級対地攻撃艦の任務変更と取得プロセスの中断、厚さ約70メートルのコンクリートをも破壊するB61-12地中貫徹型戦術核も実証試験段階にある。やはり古代ギリシャのペロポネーソス戦争の様相は再現されるのかもしれない。
(続く)
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島村修司(しまむら・しゅうじ)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット ゲスト・ リサーチャー。1981年防衛大学校電気工学科卒業。1981年より2015年まで防衛省・海上自衛隊に勤務。同期間中、英国陸軍教育機関、英国海軍参謀大学、ロンドン王立大学(安全保障修士)留学。米国海軍大学連絡官、同戦略部研究員、米国海軍戦闘開発コマンド交換士官、日米防衛当局間協議等に従事。2017年衆議院議員公設第一秘書。2019年4月より現職。
*アイキャッチ画像の出典:Pars Today