“成長と分配の好循環”とは~「国民皆保険制度」をめぐって~ (IISIA研究員レポート Vol.58)
今月(10月)新たに就任した岸田首相が掲げる最も特色ある政治姿勢といえば、就任後初めて行った所信表明演説の中でも表明された「新しい資本主義」というキャッチフレーズではないだろうか。
「新自由主義的な政策については、富めるものと、富まざるものとの深刻な分断を生んだ、といった弊害が指摘されています。成長を目指すことは、極めて重要であり、その実現に向けて全力で取り組みます。しかし、『分配なくして次の成長なし』。成長の果実を、しっかりと分配することで、初めて、次の成長が実現します」(参考)
所信表明演説の中でこのように訴えた岸田首相は「成長も、分配も」実現するために、あらゆる政策を用いていくとしている。つまり、「成長と分配の好循環」を作り出すという戦略である。新型コロナウイルス感染拡大は、様々な経済的混乱をもたらし、公的な支援策が実施されるに至った。我が国でも10万円一律給付や、売上が減少した中小企業に対して、最大200万円を支給する「持続化給付金」や、賃料の負担を軽減する「家賃支援給付金」などの対策が行われた。今次の感染拡大が世界的に懸案となっていた貧富の格差拡大の問題をより一層表面化させたともいえる。所信表明演説の中で岸田首相が訴えたように、社会におけるセーフティーネットの役割が改めて注目されているのもごく当然の流れと受け止められる。
(図表:所信表明演説に臨む岸田首相)
(出典:内閣広報室)
我が国でセーフティーネットとして機能してきた代表的な制度に「国民皆保険制度」がある。すべての国民がなんらかの医療保険に加入し、けがや病気の際に医療給付が受けられることを保障するものであり、1961年に始まり半世紀以上の歴史がある。この公的な医療保険制度には、「職域保険」と「地域保険(国民健康保険)」という2つの柱がある。
まず、「職域保険」は軍事的労働力を確保という時代の要請によるものだった。1922年の健康保険法の制定により、10人以上の従業員をもつ企業は健康保険組合を通して従業員の健康保険を提供することが義務付けられた。政府主導の「職域保険」の形へと移行したのは1927年であり、これ以降、戦況の進展とともに制度が深まりをみせることになった。一方の「地域保険」の制度は戦前から存在していたが、国民すべてに行きわたるような完成された姿に至るには1958年に国民健康保険法が改正されたことによって全ての市町村における地域保険制度の設立が義務化され、1961年に国民皆保険が達成されるまで待たねばならなかった(参考)。
制度の完成から長い年月が経過し、その間に進展した少子高齢化社会によってもたらされる将来的な生産年齢人口の減少で「国民皆保険制度」の維持が困難といわれていることから、医療費負担に対する保険制度をどう維持するのか検討が加えられてきた。2006年の医療制度改革により、75歳以上の後期高齢者を対象とした医療保険制度の見直しが実現したのはその代表的な事例である。
目指すべきは「成長か、分配か」という、不毛な議論からの脱却だと首相は訴える。岐路に立っている我が国の社会保険モデルをどのように維持するのかを考えるにあたって、「成長」を通して国富を増やす方法を描き出すことが不可欠であるといえるだろう。所信表明演説で岸田首相は「デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙など先端科学技術の研究開発に大胆な投資を行います。民間企業が行う未来への投資を全力で応援する税制を実現していきます」と述べ、今後成長させていくべき産業分野について言及している。我が国として新たな成長産業を作るという命題を掲げた以上、外国資本や移民をどう受け入れ国富の増大につなげるのか、またはロボットで不足した労働力を補うことがどれほど可能なのかといった次なる具体論に至る転機ではないかと考えられる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
倉持 正胤 記す