サンティアゴの風は今日も熱いか?~チリ勢の過去と未来を考える~(IISIA研究員レポート Vol.15)
チリ勢と言えばチリ勢産ワインを真っ先に思いつくだろうか。
2007年以降FTA(自由貿易協定)により段階的にワインの関税が撤廃されてきたのに伴い、2007年からの12年間で我が国のチリワイン輸入量は約4.5倍に増加した。手軽に楽しめるワインとしてスーパーやコンビニエンス・ストアでも目にすることが多いのではないか(参考記事)。
(図表:チリ勢・イースター島)
(出典:Unsplash)
しかし実はチリ勢を巡る情勢は、去る2019年10月以降の反政府デモの頻発により混乱が続いている。先月(2020年10月)18日(サンティアゴ時間)には地下鉄運賃値上げに端を発する大規模な反政府デモから1年を記念したデモが行われ、暴徒化した参加者により首都サンティアゴで少なくとも2つの教会が炎上した(参考記事)。
他方でこうした一連のデモはアウグスト・ピノチェト(Augusto José Ramón Pinochet Ugarte)軍事政権下で制定された現行憲法形成の国民投票を実現し、圧倒的多数の賛成により新憲法制定が確実となった(参考記事)。
(図表:ペドロ・リラ画『サンティアゴの建設』)
(出典:Wikipedia)
現行憲法はピノチェト軍事政権の影響の下で起草された。実はそのピノチェト軍事政権の背後にいたのが米国勢であった。
ピノチェト軍事政権に先立つのが世界初の自由選挙による社会主義政権であったサルバドール・アジェンデ(Salvador Guillermo Allende Gossens)政権であった。1970年の大統領選で選出されるが、その前後で米国勢のニクソン政権はCIAにより妨害工作を行っていた。1973年9月11日には米国勢政府と米国勢多国籍企業によるピノチェト将軍指揮の軍事クーデターが発生し、アジェンデ政権は覆されることとなった。こうした一連の米国勢の工作は、今年11月3日に米国勢のNational Security Archiveで情報公開がされている。
なぜ米国勢はチリ勢に対してこうした介入を行うのか。
そのヒントとなるのはチリ勢が世界の生産量の65パーセントを産出している資源、ヨウ素である(参考記事)。
(図表:ヨウ素)
(出典:Wikipedia)
ヨウ素は生物の生存、成長に必須の元素である。ヨウ素が不足するとヨウ素欠乏症となり発育不全、知能障害、その他の機能障害や甲状腺腫などを引き起こすこととなる。我が国では海藻や魚介類から必要量のヨウ素を摂取できるため発病はほとんどないが、内陸国勢を中心に世界では約16億人がヨウ素欠乏症の危機に面していると言われる(参考記事)。
さらに重大な点は原子力災害や核兵器の使用により放出される放射性物質のうち「放射性ヨウ素」が吸入、経口摂取等により体内に取り込まれると数年~数十年後の甲状腺がん等のリスクを上昇させることとなる。放射性ヨウ素が甲状腺に蓄積される前に安定ヨウ素剤を服用することにより血中から甲状腺への放射性ヨウ素の取り込みが抑制される効果が期待される(参考記事)。
「限定的な核戦争」が起きた場合、ヨウ素は当該地域にとって文字通り生命線となろう。こうした文脈においてもチリ勢は米国勢にとっての「戦略拠点」であり得る。
加えて重要な点はチリ勢に次いでヨウ素を産出する国が我が国である点である。チリ勢と我が国の2か国のヨウ素産出量は世界全体の90パーセントを占める。チリ勢に対する米国勢の関与は我が国にとっても直接的な影響を与えるかもしれない(IISIAマンスリー・レポート 2011年3月号参照)。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す