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クアラルンプールで見た「白日夢」 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

11日(クアラルンプール時間)、マレーシアでボアオフォーラムの特別会合「エネルギー、資源及び持続可能な発展」(BFA Energy, Resources and Sustainable Development Conference)」が開催された。昨年(2014年)秋にシアトルで開催された会合に出席した縁もあって、私も事務局からの招きを受け、これに私も出席してきた。我が国からの出席者は2名だけであった。

マレーシアの首都クアラルンプールは今、気温こそ猛暑といった感じではないが、湿度は裕に95パーセントを超えている。正に「熱帯」という陽気の中で行われた今次会合だった。気温が上がると自然と陽気になるのだから、人間とは実に不思議なものだ。この手の国際会議は深刻な形相をした出席者がしばしばいるものだが、マレーシア側からの出席者を中心に参加者たちは一様に朗らかであったのがまず印象的だった。何というのか、非常に「楽天的」なのだ。

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だが、そんな雰囲気とは裏腹に、会合は冒頭からとある重大発言で幕を開けた。中国において「民間団体」ということになっているこのボアオフォーラムの副理事長でもある曽培炎・元中国国務院副総理がこう切り出したのだ。

「今、国際社会が直面しているのはエネルギーと資源の価格が余りにも不安定だという問題である。率直にいえばその価格形成は米欧勢によって牛耳られている。アジアの視点からするとこれは全くおかしい。こうした状況を是正すべく、アジア自身がエネルギーと資源に関するパートナーシップを立ち上げるべきだと考える。これはエネルギーと資源に関するあらゆる側面、とりわけその金融という面も含めた、包括的な取り組みとならなければならない」

この”重大発言“の後、今回の会合では一貫してここでいう「アジアの、アジアによる、アジアのためのエネルギー・資源パートナーシップ」が一体どのようなものでありべきなのかという点に絞られて議論が行われることになる。中国側からの出席者は事前に周到な準備をして来ていたと見え、細かな論点についても言及していたのが極めて印象的であった。

これに対して、やや面食らった表情を隠せなかったのが米、豪、そして我が国からの参加者たちだ。「一般論としてはそうしたパートナーシップも良いのではないか」と述べる一方、米国の参加者であれば「原子力も重要だろう」と一生懸命売り込みをかけるのが関の山であった。この“パートナーシップ”が含意する余りにも巨大な意味合いを前に面喰っていたため意図的に無視するか、あるいは危険なので関わり合いを持たないといったニュアンスがその表情からは露骨に受け取ることが出来たのである。

一方、会合出席者の中でも非常に目立っていたのがマレーシア側からの参加者たちによる「中国絶賛」といった論調であった。天然ガスと石油に経済が依存し、だからこそつい数年前までのこれらエネルギー価格の高騰により潤っていたマレーシア勢は、現下の価格下落で大いに困窮している。そこに眼を付けたのが中国勢だったというわけなのだ。

「エネルギー価格の下落でお困りでしょう。そうでれば私たち中国の唱える『一帯一路』政策の一環として“アジアの、アジアによる、アジアのためのエネルギー・資源パートナーシップ”を立ち上げ、共に米欧勢のコントロールに対抗しましょう。その見返りとして私たちはユーラシア大陸を横断する鉄路をマレーシアまで連結し、シルクロードの南端をマレーシアにしたいと考えています」

もっとも南方特有の楽天さからだろうか、マレーシアからの出席者たちからは「それではこのパートナーシップは何を内容にし、どういった仕組みになるのか」についての詰まった発言は無かったのである。この点について鋭く追及したフロアからの声に対してはむしろ中国勢が反応し、「制度を創ることに意味はないのです。むしろ大切なのは侵略反対、平和共存といった大原則に則った精神を確認しあうことから始めることだ」といった精神論と共に、“一帯一路(One Belt – One Road)”政策が如何に理にかなったものかを示すための無数のデータばかりを羅列していた。ただ、唯一の救いであったのはマレーシア側からパネリストの発言としてさらっと一言だけ、「日本を見習うべきだ。経済発展を遂げた日本のやり方がとても正しいと思う」と語られたことだ。かつてマハティール首相(当時)が「ルック・イースト政策」を掲げ、我が国を手本とした経済発展を模索したマレーシアだけのことはある。だがそうした声も中国勢が繰り返し述べる「公式メッセージ」にかき消され、大きな論調になることは席上、ついぞなかったのである。

そうした様子を第三国からの出席者たちは非常に冷静に見ていたようだ。隣席した豪州の出席者たちは私に対してこう語っていたのが忘れられない。

「今、中国は国内における過剰生産に悩んでいる。鉄道を創ることが出来れば、マレーシアに対してそうした有り余る物資・資材を売りつけることが出来る。あとはファイナンスを誰がするかだが、これも“アジアインフラ投資銀行”の設立で決着がつくことになった。要するにマレーシアはエネルギー・資源価格の低迷を機に利用されてしまっているということなのだろう」

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私は席上繰り返される、あたかも1970年代の「共産中国」による公式発表と同じであるかのような発言を耳にしながら、戦慄を覚えていた。なぜならば、今の中国はかつての中国とは違うからだ。今やアジアインフラ投資銀行というツールを持つ中でマネーに飢えた周辺諸国を「インフラ投資」で幻惑しては、次々に自らの戦略図へと放り込み始めているからである。エネルギーと資源、すなわち商品(コモディティ)についても「やる」と言った以上、徹底してやることになるのであろう。しかしそれは、大きな意味での華僑・華人ネットワークがそれに対抗するユダヤ勢の作り上げてきたこれらの価格形成システムに対抗する仕組みを創り上げることを意味している。お互いがお互いを攻め合う中で商品(コモディティ)価格は乱高下し、時に急騰することすらし始めるはずだ。そうなると我が国にとってはかつての「レアアース騒動」の時と同じことになってしまう。どうなるのかは目に見えている。

さらに言うと来年(2016年)、中国勢はG20の議長国であり、その支援会合であり、私もメンバーとして属しているB20の議長国でもあるのだ。ロシアが追放されたことでかえって今や意味を失っているG8を来年議長国として牽引するのが我が国である。だがそんな我が国を尻目に、中国勢は「ビジネス・セクターからの熱望だ」として商品(コモディティ)価格をアジアにおいて“中国主導”で決めることをパートナーシップとして打ち出し始めることは想像に難くないのである。その主戦場はB20にまずはなるわけだが、しかしそこで対する我が国からの出席者は正に多勢に無勢なのである。怒涛の如く議論を席捲する中国勢に圧倒されるばかりで、後は「YESか、NOか」を迫られることになるのは既に目に見えている。

その意味で、我が国は「すぐそこまで迫っている中国主導の商品(コモディティ)管理」というリスクに直面しつつある。我が国では誰もそのことに気付いていないが故に、この場を借りて声を大にして警戒を呼び掛けたいのである。そして、今ならまだ間に合う。「アジアインフラ投資銀行の可否云々」などと議論を矮小化してはならない。今や、事態は明らかに我が国の存亡をも左右するにまで至りつつあるのだ。―――何とかしなければならない。そして今こそ、叡智を結集しなければならない。さもないと、我が国に未来は、無い。

2015年6月14日 札幌にて

原田 武夫記す

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