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「泥棒国家」ニッポンを越えて。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

例えばこんな話を聴いたらば、読者の皆さんはどう感じるだろうか。―――ある国の首都で首長を務める政治家がいた。どうしても息子には総理大臣になってもらいたいが、なかなかうまくいかない。かといって今さら自分が総理大臣になる道を志すわけにもいかないのだ。若い頃には「政界の暴れん坊」として鳴らしたものの、もはやその年齢でもないからである。そこで一計を案じた。

この国の首都には大きな港湾がある。その丁度入口にあたる部分に巨大な海底トンネルを掘るという計画がある。よくよく考えるならば「誰がそんなトンネルを使うのか」と首をかしげてしまうわけだが、対岸の他の地方行政府からすれば切望してやまない案件ではある。しかもここにきて国家としての経済の停滞は甚だしいものがある。「公共工事による需要創出」という御題目を打ち出すには絶好の機会となっている。

そうした中、国レヴェルでこれを所管する官庁はようやくこれを承認するに至った。無論、「道路族」の国会議員たちと並んで、国会議員ではないが有力政治家であるこの首長が辣腕を振るったのは言うまでもない。何てことはない、要するにこのトンネル建設工事のために組まれる予算の中に、彼ら土木官僚たちの将来的な「食い扶持」が含まれているように話しをつければ良いだけのことなのだ。

工事を担当するのはこの港湾に長年特化した子飼いの建設会社だ。そもそもこの港湾の開発計画は、先の世界大戦の結果、この国が大敗北を喫してからというものの、戦勝国でありその後、この国にとって「唯一絶対の同盟国」となった大国の軍部によって事実上牛耳られてきた。無論、この国が名目上の「再独立」を勝ち取ってからはこの同盟国の軍部が港湾工事の細部に対してあからさまに介入してくることはない。ただ、一定の分け前を当然のように求めて来るわけであり、この点でもきっちり手を打つ必要があるのだ。首長はこのことを青年期から感づいていた。そしてこの同盟国からまず注目されるためには、それが敗戦国であるこの国の人々が二度と刃を向けて来ることが無いようエンターテイメント産業の発達による「愚民化」を図っているのに、俳優となった弟と共に、小説家として協力することに決めたのである。そしてテーマは「青年たちの暴走」を一貫して取り上げ、本来ならば国家全体として同盟国に押さえつけられているという現実を全くもって隠蔽し、青年たちの有り余るエネルギーを同盟国への抵抗から、極めて個人的な世界(「3S=スポーツ、セックス、シネマ」)へと向けることとした。

彼ら兄弟のこのやり方は大成功し、マスメディアを席捲する中で政治家へとのし上がる切符を兄である首長は得ることになったのだ。本来ならば「同盟国様様」となるはずだが、そんなことは無論、お首にも出すはずがない。それどころか今度は「NOと言える我が国」なる本を打ち出し、この同盟国がいかに我が国を苦しめているのか、真の独立こそ今求められていると切々と訴えることにした。これがまたベストセラーになったわけであり、その勢いの恐懼した同盟国は少壮政治家となった後のこの首長を早速、自らの首都へと呼び寄せ、厚遇したのである。毅然として同盟国との協議へと向かう首長を、マスメディアは拍手喝采した。

さて、件の港湾トンネル建設計画についてである。首長がこれを子飼いの土木会社を用いていよいよ着手しようとしたのには訳がある。所管官庁にも言い含めてある国家予算の中から「(邦貨換算すると)600億円」を捻出するためだ。しかもそのやり方は極めて簡単だ。トンネルとその両端につくる橋梁で使うコンクリートを“薄めれば”良いのである。距離をいじったり、トンネルの大きさをいじったのでは後でばれてしまう。ところがコンクリートの「濃度」となるともはや現場を知るものしか分かり得ない世界の出来事なのである。子飼いの土木会社はこの意味できっちりと仕事をしてくれた。首長は「600億円」を捻出した。

だが、ここではたと気付いたのである。この600億円を塊として名のある銀行に置いておくのはやや気が引けるのである。無論、首長は有名政治家であり、かつその恫喝力で知られているわけだから、別にやろうとして出来ないことはない。有名銀行の最高幹部たちを縛り上げることなど、そのこれまでの行状、特に反社会的組織とのつながりや、夜の街の女性たちとの深い関係などを辿れば、大したことではないからだ。そのための実力装置との付き合いも首長はこれまで、港湾を取り仕切る荒くれ者たちとのやりとりの中で培ってきた。だが、そうとはいえやはり600億円はそれなりの金額なのだ。首長が「ここぞ」と思った瞬間に使える体制を維持しなければ意味がない。

そこで首長は考えついたのである。「そうだ、自分自身で完全にコントロールできる銀行を創ることが出来れば良いのだ」と。首長とは地方行政府のいわば”大統領“だ。その一言で巨大な地方行政組織が動いてくれる。「住民の福利厚生増進のため、独自の銀行を創るべし」といえば良い。ただそれだけで、地方行政官僚たちは整然と動き、「銀行」を創ってくれるのである。もっとも銀行業は彼らとて素人だ。世界的な不況の中でたまさかその国からの撤退を画策していた外国銀行の、おあえつらいむきの首都支店が一つあった。これを「公有化」してしまうのが一番手っ取り早い。―――首長は即決し、官僚たちはまたしても整然と動いてくれた。例の600億円は早々にこの新しい銀行の口座へと振り込まれた。

「これでもう大丈夫だ、息子が総理大臣になる道のりが開けた」そう想った首長の前に、突然立ちふさがった男がいた。辣腕ジャーナリストとしてテレビでも有名な小男だ。しかも彼は実に意外なところで首長に対して切りつけてきたのである。

世界的な不況はこの国に対しても容赦なく負の波をぶつけてきた。そうした中で大合唱となったのが「行政のムダを徹底して切り落とせ」という主張、すなわち“構造改革”の呼び声である。雄ライオンによく似た髪型をした時の総理大臣が「抵抗勢力を潰せ!」と叫び続ける中、そうした波はいよいよ公共事業にも及び始めたのである。土木官僚たちの抵抗もむなしく、とりわけ「道路建設計画について徹底検証するための有識者会議」なるものを設置せざるを得なくなった。ジャーナリストはその一員、中でも「斬り込み隊長」役として、土木官僚たちが渋々提出した資料を、持前の嗅覚をきかせるべく鼻をひくつかせながら熟読し始めたのである。

そして、ついに見つけたのである。例の「コンクリート・トリック」を、である。もっとも世界で一番の野心家であるジャーナリストはそれを直ちに公表するなどという愚行には走らなかった。その代りに向かった先は、ここでの主人公である首長の下だったのである。

「首長、これ、見つけたのですけれどね」にやつきながら“600億円”が架空計上されている動かぬ証拠を示すジャーナリスト。かつては田舎学生運動の旗頭であったジャーナリストなど、自分とは格が違うのだと首長は怒り心頭だったが、しかしさすがにこの資料を示されて、この首長の内心は大いに動揺した。さて、どうするか―――。

「君、これはともかく、どうだね、首都行政のトップの現場で私を助けてくれはしないかね」

自分の顔がどうしてもひきつってしまうのを何とか隠しながら、首長は起死回生のための切り札をやおら切った。「野心家のこの小男のことだ、絶対に乗って来るはず」老獪な政治家である首長はそう確信していたのである。無論、その読みは当たっていた。「土木行政の切り込み隊長」として名を挙げたジャーナリストは今度は華々しく地方行政、しかも首都行政のトップへと転身。「国家で推し進めた構造改革を、今度は首都行政でも推し進める」と高らかに宣言し、鼻息荒く首都の牙城へと乗り込んだのである。

他方の首長はといえば、子飼いの首都行政組織幹部らに対してはこのジャーナリストへの「面従腹背」を命ずる一方、“その時”をひたすら待ち続けたのであった。その時、彼が胸の中で唱え続けた言葉はただ一つ。

「上げは下げのため、上げは下げのため、上げは下げのため・・・」

何人も急上昇すれば、必ず、そう”必ず“急降下するのである。奴を落とすにはまずもって急激な上昇気流に乗せてやるしかない。我が世の春となったジャーナリストは必ず踏み外すはずだ。そこで一撃必打、打ち取ればそれで良いのだ。

そして“その時”がやって来る。首長の「首都」が程なくして行われる夏季五輪の候補地として選定されるに至ったからである。首長自身は「オリンピック?ばかばかしい」と内心思っていたが、例のコンクリート・トリックが山ほど出来ることを思えば、無論そんな内心をお首にも出さなかった。だが同時に、マスメディアにとっては全くもってサプライズなことに「突然の辞任」を打ち出したのである。「老体にこの任はもはやきつすぎる。夏季五輪開催地の座を必ず射止めてくれるのは、これまで首都行政トップをきっちりとサポートしてくれた、このジャーナリスト氏しかいない」そう淡々と語り、首長は君臨していたその座から降りたのであった。

その深謀遠慮など、全く気付くことなく、意気揚々と首長の座に駆け上がった件のジャーナリスト。その後、紆余曲折が無かったわけではないが、「オリンピック利権」をこれまで何度となく味わって来た多くの魑魅魍魎たちの見えない力を借りて、夏季五輪開催というチケットを手にすることが出来たのであった。選定会場において、混血の我が方プレゼンテーターが口にした一言がもてはやされる中、首長であるジャーナリストはその人生の絶頂を迎えることになる。

だが、そこで「首長」の本当の計画が動き出したのであった。「夏季五輪開催を勝ち取ったのは自分。その自分こそが、夏季五輪開催時に栄えある首長の座に座っているべき」そう野心を今度は燃やし始めたジャーナリストは、今度こそ自分で潤沢なカネを集め、再選を目指そうと躍起になったのである。その裏側のどす黒い闇の中で「首長」が一撃必打の一手をその脳天めがけて振り落すとは知らずに、である。

ジャーナリストは、その手にまんまと乗り、「受け取ってはならないカネ」を受け取ってしまうのである。医療事故を起こし、もはや普通の病院では受け入れられなくなった「辣腕医師」たちを中心に集め、全国で病院チェーンを創り上げつつあった、自らは半身不随の経営者がいた。そのカネを不正献金と知りながら、ジャーナリストは懐にしまい込んだのである。無論、密室の中において、ではない。「仲介役」を務めてくれた活動家の面前において、である。活動家は、かねてより「首長」とは昵懇だった。しかも”観念的な政治論“のレヴェルで「首長」とは相通ずるものがあった。そこで元来、真逆の思考を持っていたジャーナリストとは全くもって相容れないのである。だが、そんなことは全くもってお首にも出すことなく、活動家はいまや首長となったジャーナリストに急接近。「不法な政治献金の授受」の現場にまで立ち会うほどの関係を構築したのである。無論、盟友である「首長」の命を受け、動かぬ証拠をつかむために、である。

やがて「事件」は露呈する。得意の絶頂であったジャーナリストは全くもって脇が甘く、ものの見事に打ち取られた。マスメディアはほうほうの体で表舞台を去ろうとするジャーナリストの袖を引っ張り、そのこれまでの「傲慢さ」を暴き立てた。ジャーナリストは辞任はおろか、自宅謹慎、蟄居を余儀なくされた。「首長」はそのザマを見てほくそ笑んだ。「あの小男がこんな悲劇に襲われるのは当然のことなのだ。なぜならば、我が愛する息子が総理大臣へと駆けあがる道を塞ごうとしたのであるから。『政治生命』だけが奪われ、本当の“命”だけは助けてやったことにむしろ感謝してほしいくらいだ」―――。

そして迎えた与党総裁を選ぶ日。「首長」の愛すべき息子は総裁候補として立候補していた。候補は全部で3人。1度は総理になることが成功しながらも、謎の「腹痛」で辞任した男。秘書上がりでそのオタク趣味をテーマにメディア受けはするものの、ここ一番という時には手の震えが止まらなくなる男。そして政治部記者上がりで堂々とした美男子である我が愛すべき息子、である。「勝ったも同然」であった。傷がついていないのは息子だけだったからだ。それに今や、「環境保全」を理由に土木利権を完全掌握するに至った環境政策の所管官庁の大臣すら直前にはつとめていたのである。例の「実弾」を出さずとも、党所属の国会議員たちはついてくるはず、だった。

しかし、である。蓋を開けてみると何と惨敗だったのである。昔から「お坊ちゃま」として育てられ、優柔不断な長男である我が愛すべき息子は、「これがやりたいから総理になるのだ」と明言することが出来なかった。あれほど、そう“あれほど”家で、「首長」の前にて練習させたのに、である。口ごもりがちの息子をマスメディアは冷笑し、選挙戦は一気に前二者の一騎打ちになっていったのである。しかも例の「公衆の面前では震えの止まらない秘書上がりの男」が、インターネット上ではなぜか「総理ならばこの人だ!」と絶賛されている。全国の党員投票ではそうした流れを受けて圧倒的な優位まで獲得すらしていた。

「これはもう、例のブツを出すしかない」

そう思った「首長」は銀行を司っている首都行政組織の幹部へと電話をかけた。ところがそこで思いもよらない返答を耳にしたのである。

「申し訳ありません、『銀行』に公安当局が目を付けているという情報が入っており、即座にそれだけの金額を動かすとなると、かえって藪蛇になるかもしれないのです。今は静かにされておく方が良いかと・・・」

この国の国会議員の数と「600億円」。1人あたり割れば1回の選挙で勝ち抜くだけの資金になる計算だった。まずは与党の中でこれをばらまき、次にうるさ型の野党へとばらまく。これによって満場一致の「内閣総理大臣」として我が息子があの壇上で満面の笑みを浮かべるはず、だったのである。ところがそれが今、叶わないのだという。「なぜだ、一体なぜなんだ」―――。

事態は「首長」の知らないところで進行していた。そもそも買収される前、外国銀行の支店だった時から、経営不振に苦しむ同行は“この国”では禁じ手とされる「民族系マネー」の溜り場としての役割を果たし始めていたのである。そして「首長」の事実上のマイ・バンクとなってからはなおさら経営不振となり、ついにはこうした「民族系マネー」の温床とまで公安筋から言われるようになっていたのである。その様にして目を光らせ始めていた公安筋の背後には「この国のデモクラシーはこの国の内閣総理大臣によってだけリードさせなければならない」という例の“同盟国”の、敗戦直後からの強い意向が控えていた。だからこそ、600億円はすぐそこにあっても、絶対に引き出すことが出来ないマネーとなってしまっていたというわけなのである。

「大変申し訳ございません、もはや打つべき手は一つしかありません。この銀行の“健全化”を宣言し、他行との合併によって体質の根本的な改善を謳うしか道はないと考えます。そのためには我が地方行政府からの補助も打ち切らなければと―――。言いにくいことではございますが、どうぞお赦し下さい」子飼いであったはずの担当局長は「首長」に電話口でそこまで言い切ったのである。

「政界の暴れん坊」とまでかつてもてはやされた「首長」は、ただ一人の“老兵”、いや老人に過ぎなかった。後は、例のコンクリート・トリックでひねり出したマネーで建てた、海辺の豪邸で静かに寄せる波を見ながら余生を過ごすしかないのか。かつて道路を仕切る大臣を務めた時からこのトリックの甘い汁を覚えた自分のこれまでの歩みを懐かしみながら、潰えるしかないのか。

「いや、そんはずはない。まだ打つ手がどこかに、絶対にあるはずだ」―――。そうつぶやく「首長」の声が誰もいない書斎の中で響いていた。

 

「泥棒国家」ニッポン。終わらせるのは、一体だれなのか。

 

2015年10月4日 東京・仙石山にて

原田 武夫記す

 

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