「戦国時代」に突入したインフラ支援 (IISIA研究員レポート Vol.49)
欧州勢(EU)の外相は去る(2021年)7月12日(ブリュッセル時間)、欧州勢(EU)と世界を結ぶグローバルなインフラ計画「A Globally Connected Europe(グローバルにつながる欧州勢)」を立ち上げることで合意した。これは、中国勢の広域経済圏構想「一帯一路(The Belt and Road Initiative)」に匹敵する規模のものである。また、去る6月に英国勢で開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)でも、同様の構想「Build Back Better World(B3W)」が打ち出されており、今次の合意により欧州勢(EU)もG7と足並みをそろえた形となった。
中国勢による「一帯一路(Belt-and-Road Initiative:BRI)」、G7による「B3W」、そして欧州勢(EU)による「A Globally Connected Europe」と、主要地域・国によるインフラ支援計画が出揃った今、世界は途上国向けの「インフラ支援戦国時代」とも呼べる展開にある。その実、地政学的には経済的影響力の拡大による覇権争いが水面下では着実に進行しているわけであり、他方でマーケット的には膨大なインフラ投資の流入も期待される展開でもある。
では、このたび合意された「A Globally Connected Europe」を含め、3つのインフラ計画はどういった内容なのか。比較すると次のとおりである:
(図表:主要なインフラ支援計画の比較)
(出典:筆者作成)
中国勢の「一帯一路」は、習近平国家主席が就任した去る2013年に提唱され、2017年5月に開催された「『一帯一路』国際協力サミットフォーラム」を契機に、国際社会における関心も高まりはじめた。「一帯一路」を資金面で支える機関として、2014年には「シルクロード基金」が、2015年には「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」がそれぞれ創設されており、米シンクタンク(CSIS)によるとその規模は8兆ドルとも推定されている(参考)。
米欧勢が「ルールに基づく秩序(rule-based order)」を主張するのに対し、中国勢は「一帯一路」を通じて「中国モデル」をベースとした国際秩序の形成を画策しているとも言われるが、参加国は拡大しており、2019年3月時点で125ヵ国と協力文書を調印している。欧州勢でも東欧勢を中心に14ヵ国が参加しており(参考)、2019年3月にはG7メンバーとして初めてイタリア勢が正式に参加を決定したことが大きな“衝撃”として報じられた(イタリア勢の背後にあるヴァチカン勢の真意が「富の東漸」にあり、そのための中国勢との交渉(ディール)であることが本質としてある)。
(図表:ローマで調印式に臨む習近平国家主席(左)とコンテ伊首相(右))
(出典:THE DIPLOMAT)
しかし、対象国を「借金漬けにしたあげく、闇金まがいの取り立ても辞さない」(参考)とも言われる「中国モデル」の強制には批判も出ている。スリランカ勢はAIIBから融資を受け、ハンバントタ港という大規模な港を建設したものの、借入金の返済に行き詰まってしまい、中国企業に同港の運営権を99年間譲渡するという、「債務の罠」にはまってしまった(参考)。また、2021年4月にはオーストラリア勢政府が、豪ビクトリア州が中国政府と結んだ「一帯一路」の協力文書を無効にする、と発表している。オーストラリア外交と相反するというのが理由である(参考)。
このように、「一帯一路」が拡大する中で、その「歪み」が表面化してきたところで、その間隙を突くかのごときタイミングで提唱されたのが、2021年6月のG7による「B3W」と、同年7月の欧州勢(EU)による「A Globally Connected Europe」であった。加えて、米英勢はポストコロナ期の経済を牽引するのはインフラ整備であるとの認識に立っている点もポイントである(参考)。
英コーンウォールでのG7サミットで合意された「B3W」は、米政府によると、新たな投資計画は今後数年間で数千億ドル規模となり、「気候変動」「健康・医療」「デジタル技術」「ジェンダー平等」の4分野に重点投資するという。覇権主義的な動きを強める中国勢に日米欧が結束して対応することを目的としているものの、対中国ではG7各国に温度差もあり、資金拠出の手法を含めて実現までの道のりはまだ長い。
「一帯一路」の資金源であるAIIBに対抗し、新銀行を設立する案もあったが、日米を除く5カ国はAIIBの加盟国でもあることから、G7首脳宣言では「自国の金融機関や国際機関を通じて必要な行動を取る」との指摘にとどまった。また「一帯一路」と協力文書を交わしているイタリア勢のドラギ首相は「中国勢とは協力も必要」と訴えたというように、「B3W」については「総論賛成、各論反対」の様相を呈している(参考)。
(図表:コーンウォール・サミットの模様)
(出典:MY BIG APPLE)
そして、このたび欧州勢(EU)による「A Globally Connected Europe」構想が合意されたわけであるが、その名称からもわかるとおり同構想の主眼は「connectivity(接続性)」にある。G7による「B3W」と足並みをそろえた形になるものである。また、EU理事会が発表したペーパー(参考)には中国勢への言及もない。この点、ルクセンブルク勢のアセルボーン外相は、「中国勢と敵対するのではなく、他の経済との接続性の改善に焦点を当てるべき」と述べている。
しかし、名指しを避けるものの中国勢を念頭に置いているのは明らかである。EU外相にあたるボレル外交安全保障上級代表は記者会見で「中国勢と同じ手法はとらない」と明言した(参考)。また、ボレル氏は去る(2021年)6月にインドネシア勢で行った演説で、「2013年から2018年までの欧州勢(EU)の開発援助は、4,140億ユーロの助成金で、これは中国勢が「一帯一路」で融資した4,340億ユーロとほぼ同等」である旨、“喧伝”している(参考)。
表向きは、「一帯一路」との接続性の改善を装いつつも、その実、「一帯一路」の“被害者”や扱っていない分野での支援をつうじて、「インフラ支援」戦国時代を勝ち抜こうとしている意図は明白である。我が国としては、G7と足並みをそろえる形になる中で、資金と最先端技術の提供にとどまらず、いかにルールの構築というインフラ支援の中核に関与できるかが要となろう。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
原田 大靖 記す