食糧安保のカギとなる「ウレア」の近未来 (IISIA研究員レポート Vol.48) - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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食糧安保のカギとなる「ウレア」の近未来 (IISIA研究員レポート Vol.48)

「ウレア(urea)」という物質を聞いたことがあるだろうか。化学式では、「(NH2)2CO」と表現されるこの物質は、動物の尿中に含まれる有機化合物「尿素」のことであり、たんぱく質や核酸の分解生成物中の窒素分を体外に排出する役割を受け持っている(参考)。

実は、尿素は肥料からスキンケア製品に至るまで、あらゆるものに大量に使われており、とくに農業分野では、輸送費、包装費など経費がかからないこと、大規模な工場生産に適すること、また中性肥料であり、連用しても土壌が悪変しにくいことから、「肥料の王様(King of Fertilizers)」とも呼ばれているほど重宝されている。

そうした中で、去る(2021年)7月16日、米テキサス大学オースティン校の国際研究チームが、持続可能で効率的な尿素生産の方法を考案したとの発表があり、小さな話題となっている。しかし、これは一国の食糧安全保障の行方を左右する極めて重大な“潜象”ともいえる。今なぜウレア(尿素)に注目すべきなのか。

(図表:尿素肥料が散布される様子)

(出典:farming-fertilizer

そもそも尿素は去る1773年にフランス勢の化学者ルエルにより尿中から分離された。人工的には、1828年ドイツ勢の化学者で「有機化学の父」と呼ばれたヴェーラーによりシアン酸アンモニウム(CH4N2O)から合成されたのが最初である。このヴェーラーの合成は、無機物から有機物を合成できることを示したものであり、有機物は生物のみが合成できるとした「生気論(vitalism)」を実験により否定したことで有名である。

(図表:ゲッティンゲンにあるヴェーラーの銅像)

(出典:Wikipedia

現在の一般的な合成法としては、ハーバー・ボッシュ法によりアンモニア(2NH3)を製造し、これと炭酸ガス(CO2)を120度、150気圧前後に過熱加圧して化合させ、製造する方法が主流である。

2NH3 + CO2 → (NH2)2CO + H2O

この方法は去る1922年にドイツ勢の総合化学メーカーI.G.Farben(イー・ゲー・ファルベン)社により工業化され、その後、米国勢のDu Pont(デュポン)社や英国勢のI.C.I社も参入している。

我が国では、1937年に合成工業(のちに東洋高圧)と住友化学とが尿素製造を開始している(参考)。我が国では世界最高レヴェルの溶出制御技術が開発されたことで、尿素産業は大いに発展し、1972年には3,231千トンと世界一の尿素生産国にまでなっている(参考)。この高度な技術開発の背景には、チッソ(現:ジェイカムアグリ)のコーティング技術によるところが大きい(参考)。去る1973年のオイルショック時には、重要物資として「3F」(Food(食糧)、Fire(兵器)、Fuel(燃料))にFertilizer(肥料)を加えた「4F」という言葉が生まれたように、肥料は食糧安全保障にとっても不可欠な物資として改めて認識されるようにもなった。

 

このように「必要は発明の母」の言葉の如く、我が国は欠乏の時代をその技術で乗り越えてきたわけであるが、次第に欠乏から充足の時代に移行していく中で、かつての勢いを失っていった。他方で、中国勢が尿素の生産を増大させ、2007年からは世界最大の尿素輸出国となっている。しかし2016年以降は、中国勢の輸出力が減少に転じ、その代わりに2019年の輸出量ランキングではロシア勢が1位に躍進している(参考)。

(図表:三菱重工が納入したロシア勢の肥料プラント)

(出典:三菱重工

こうしたプレーヤーの変遷の背景には、尿素の製造方法の発展がある。すなわち近年では、天然ガスの産出国において、天然ガスを原料とした尿素製造が増大しているのである。この方法は、まず原料の天然ガスから水蒸気、空気との反応で水素、窒素、炭酸ガスをつくり、次にこのうち水素と窒素をアンモニアプラントへ送りアンモニアを製造、最後にアンモニアと炭酸ガスを尿素プラントへ送り尿素を製造するのである。

人口の増大に伴う食糧安全保障を巡る各国勢の“角逐”が、肥料の世界的な需要増大をもたらしているがゆえに、その核となる尿素市場で激烈な競争が展開しているのである。

そして、今次の米テキサス大学による発表である。今次発表の前提として、従来の方法では、ハーバー・ボッシュ法にせよ、天然ガスを利用した方法にせよ、高レヴェルの熱と圧力を使用する2段階の熱プロセスを使用して生成されるため、尿素の製造過程で大量のエネルギーが使用され、大量の排出物がもたらされるという課題が指摘されていたという点がある。とくに「脱炭素」が至上命題とされる現下の国際エネルギー情勢においては、原料調達から生産・流通、廃棄・リサイクルに至るまでの一連のサイクルの負荷を定量的に算定するライフ・サイクル・アセスメント(LCA)への取り組みが求められるという中で、より効率的で持続可能な尿素の製造方法が求められていたわけである。

そうした中、米テキサス大学が考案した方法では、「電極触媒作用」を使用して一つのステップで尿素を生成できるという。また次なるステップとして、太陽エネルギーを直接使用する方法なども模索しているという。

(図表:「電極触媒作用」による尿素生成)

(出典:New Food Magazine

尿素生産の市場は、先陣を切ったのはドイツ勢で、大量生産化したのは米国勢、効率化したのは我が国というように、非常に見事なアセンブリー・ラインとも呼べる流れをみてとれるが、今次の新たな生成方法が米国勢により発出されたということは、あるいはその効率化を果たすのは再び我が国に与えられた役目なのかもしれない。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
原田 大靖 記す

前回のコラム:暴露された英国勢の新「世界戦略」~英軍の機密文書が“発見”された意味~(IISIA研究員レポート Vol.46)

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