VUCA時代のアントレプレナーシップ教育(“情報リテラシー”教育の発展とその向こう側(Vol.2))
2016年の世界経済フォーラムにて“VUCA World”という言葉が使用されてから、不確実性の時代が世界の共通認識となった。VUCAとは、Volatility(変動制)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・ Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって未来予測が困難になることを示す。筆者が大学受験生だった数年前は、「答えのない問いへの挑戦」が大学入試のトレンドだった。そこには「VUCA時代宣言」を受けての入試問題制作秘話があったのかもしれない。
VUCA時代の代表ともいえる出来事がCOVID-19のパンデミックである。2020年の完全失業率は前年度に比べて0.4ポイントと上昇し、2009年以来11年ぶりの上昇ということで注目を浴びた。しかし、同時期の起業率を眺めると2020年のパンデミックを契機に新設法人数は右肩上がりであることが見て取れる。
図1:完全失業者及び就業者の対前年増減の推移
(参照:総務省統計局)
図2:「書店」倒産、休廃業・解散、新設法人社数推移(1-12月)
(参照:東京商工リサーチ調べ)
この図から、単純に危機感を感じた人は生き残るために起業発起するという仮説が立てられる。実際COVID-19下におけるフランス大手銀行の研究事例を見てみると、国際戦略や組織戦略を専門とする経営科学(マネジメント・サイエンス)博士であるJihene Cherbibは、内的偶発要因(アントレプレナーシップ)と、外的偶発要因(COVID-19危機)を掛け合わせた際の企業への影響を調査している。簡潔には、不確実性の高い状況がエフェクチュエーションとの融合により企業の成果にプラスの影響を与えることを明らかにした[Jihene 24]。
続いて、危機感を日常的に感じていると考えられる難民における起業にも焦点を当てようと思う。英国の研究に基づく調査研究[K. Nijhoff 21]によると、国連や受入国の再定住プログラムを通じて到着した難民よりも独立して到着した難民の方が起業の意図が高いことを詳しく説明している。その理由は、独立して到着した個人は、“personal capabilities as autonomy, independence and resilience(自律性、独立性、レジリエンスといった個人の能力)”を構築することができ、地元の生活や文化に関与する必要性を感じたからだという[Stefan et al. 24]。したがって、難民の起業に関しては資金面・機会面の不足によりアントレプレナーシップの実践に未だ困難は残るものの、危機感に見舞われた際に発揮されるアントレプレナーシップ精神自体は、COVID-19パンデミック発生時のフランス大手銀行の事例と類似していると捉えることができる。
それでは、COVID-19によるパンデミック時の女性の起業トレンドはどのようなものだっただろうか。移動社会学者であるFilimonauらは、共同研究にて
“Such studies can provide useful insights into how female entrepreneurship emerges and sustains in the circumstances which are far from normal(このような研究は、女性の起業家精神が、通常とはかけ離れた状況の中でどのように生まれ、持続していくのかについて、有益な洞察を与えるものだ。)”
として、VUCA時代の女性起業家に焦点を当てる。同研究では、「パンデミックの時代における女性の起業に関する文献では、災害や危機はネガティブな影響だけでなく、ポジティブな影響も及ぼす可能性があることが強調されている。」[V Filimonau et al. 24]と述べる。これは、“From Chaos comes order(混沌から秩序が生まれる)”というドイツ哲学者ニーチェの言葉ともリンクする。なぜなら、危機は伝統的なビジネスモデルを破壊し、地域社会に損害を与える一方で、創造性を刺激する可能性があるからだ。ここで取り上げた研究では、女性に焦点が当てられているが、正常とはかけ離れた状況の中でアントレプレナーシップが発揮されることはまず間違いない。具体的にCOVID-19時の起業に関して言えば、急激なオンライン化の進展によって、インターネット・トラフィックの増加、消費者行動の変化、テレワークの拡大、GIGAスクール構想の前倒しが行われた。これらの急変に危機感を覚え、かつ行動を起こした者たちが成功を収めていると考えられるのである。
COVID-19の終息後も、現代はビジネス環境も急激に変化する可能性が大いにある。そのため、常に情報収集をして社会変化の流れを把握しておく必要がある。しかし、その情報収集を実行するにも「Information-Explosion Era(情報爆発時代)」の波を乗り越えなければならない。無限にも思える情報からたった一掴みの純度の高い情報を勝ち取り、自分なりの未来シナリオを創るのだ。とはいえ、そのシナリオにも“絶対”は存在しないため、さらに変化する時代に合わせてそのシナリオをも創り変えていく。VUCA時代に必要な人財とは、このように粘り強いアントレプレナーシップ思考を持つ者である。弊研究所代表・原田武夫は「決断に時間をかけている暇はない」と日々所員に対して話す。まさにアントレプレナーシップの先駆的人財は、常に情報を精査し、刻一刻と移り変わる環境を鋭く見つめ、即座に判断を取るのである。
弊研究所は、未来を担う若者へ向けての“アントレプレナーシップ教育”として、会員の皆様のご子息・ご息女を対象にIISIAサマースクール (2023年)の実施など幅広く学生と関わってきた。現在は、社会貢献事業部を筆頭に研究所全体として東京大学学生との交流も進行中(詳細は次回更新)である。弊研究所代表・原田武夫は、東京大学にて自主ゼミの開講(2020年)、学習院女子大学にて「特別総合科目Ⅰ(外交官)」(2022年)の開講に引き続き、来る6月から広島大学の客員准教授として、アントレプレナーシップ教育という観点から教育学部所属の学生に対して、「スポーツ経営学」を担当。さらに東京大学大学院では、工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の学生が履修する「医工学概論」にてアントレプレナーシップ教育を担当する。我々の“アントレプレナーシップ教育”の歩みはまだまだ止まらない。
さて、我々には四半期に一度開催しているセミナーがある。連続した社会変化や世界情勢について純度の高い情報をもとに作成した未来予測分析シナリオについてわかりやすく説明する機会だ。特に2024年夏・IISIAセミナーは、7月20日に発刊される最新号の未来予測分析シナリオ提示と共に「日本デフォルト」を切り口に講演を行う。企業経営をする経営者はもちろん、今まさに“VUCA時代”を生きる全ての人に届けたい内容である。
混沌の中、悲劇的な未来を歩むのも、明るい未来を創るのもあなた次第だ。
選択権はいつも自分の中にある。
未来を変えたいあなたがまず取るべき行動はたった一つ。
セミナーへ参加し、VUCA時代の波に乗ることだ。
迷うことはない。
「決断に時間をかけている暇はない」のだから。
(次回IISIAセミナーは2024年7月20日(土):お申し込みはこちら・初めての方はこちら)
社会貢献事業担当 田中マリア 拝
[参考文献]
[Jihene 24]Cherbib, Jihene. “Exploring the Interplay between Entrepreneurial Orientation, Causation and Effectuation under Unexpected Covid-19 Uncertainty: Insights from Large French Banks.” Technological Forecasting and Social Change, vol. 200, no. 0040–1625, 123090, 2024, doi:https://doi.org/10.1016/j.techfore.2023.123090.
[V Filimonau et al. 24]Filimonau, V., Matyakubov, U., Matniyozov, M., Shaken, A., & Mika, M.. “Women Entrepreneurs in Tourism in a Time of a Life Event Crisis.” Journal of Sustainable Tourism, vol. 32(3), 2024, pp. 457–479, doi:https://doi.org/10.1080/09669582.2022.2091142.
[K. Nijhoff 21]K. Nijhoff. “Refugees Starting a Business: Experiences of Barriers and Needs in The Netherlands.” Journal of Small Business and Enterprise Development, vol. 28(7), 2021, pp. 1057–1074.
[Stefan et al. 24]Lång, Stefan, et al. “Refugee Entrepreneurship: A Systematic Literature Review and Future Research Agenda.” European Management Journal, vol. 28(7), no. 0263–2373, 2024, pp. 1057–1074, doi:https://doi.org/10.1016/j.emj.2024.03.012.