SDGsの終焉か~「枯渇」へと向かう開発援助資金~ (IISIA研究員レポート Vol.87)
今月(5月)、グテーレス国連事務総長は、国連機関の長を集めた国連行政長官会議の議長を務めた中で、各国勢が海外開発援助(Overseas Development Aid:ODA)を大幅に削減している兆候があり、これは「持続可能な開発目標(SDGs)」に悪影響を及ぼしうるもので、憂慮すべきであると発言した(参考)。これより以前の今年(2022年)4月にも、アミナ・モハメド国連事務次長は、世界経済は深刻な重圧を受けており、SDGsという目標は今すぐに「救済」が必要であることや、開発のための資金調達は解決策にとって不可欠であると述べた上で、これまでのところ、世界的な対応ははるかに不十分なものであると付け加えた(参考)。
(図表:国連本部)
(出典:United Nations)
海外開発援助とは、開発を目的とした公的な海外からの無償資金協力や融資のことで、10パーセントの割引率をもとに評価したグラント・エレメント(Grant Element:GE)が額面金額の25パーセントを以上のものを指している。一般的には「対外援助」と呼ばれ、先進国勢から開発途上国勢への公的融資の主要な手段として存在してきた。
しかしながら、グテーレス国連事務総長が指摘したような海外開発援助の減少傾向はかねてより指摘されてきた。国連大学開発経済研究所(United Nations University-World Institute for Development Economics Research: UNU-WIDER)が去る2003年に発表したレポート“Is Overseas Development Assistance (ODA) Dying or Just on a Life Support?”によると、去る1990年代からそのような兆候が見られたと指摘している。具体的には、ODAに関して去る1991年から2000年の期間における約98パーセントは、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(Development Assistance Committee: DAC)の加盟国勢によって提供されていたが、DACの加盟国勢は去る1970年代の17か国から1990年代に22か国に増加したものの、ODAの全体量はそうした拡大とは一致していないと問題視している。また、去る1970年代には、名目ODA量が驚くべき増加を示し、年平均で14パーセント以上増加してきたが、その後1980年代には年平均成長率8.4パーセント強に減速し、1990年代には年平均1パーセント以上の成長率に縮小したことも指摘している。ODAの対GDP比に関しては、去る1970年代には0.31パーセント、1980年代には0.32パーセントとわずかに上昇したが、1990年代には0.28パーセントと大幅に低下した。国連が定めた援助目標は対GDP比0.7パーセントで、2000年代においてデンマーク勢、オランダ勢、ノルウェー勢、スウェーデン勢は目標を達成していたとも述べている(参考)。
グテーレス国連事務総長は、この「0.7パーセント基準」についても今月(5月)の発言にて言及しており、人道支援を提供する国連の能力において重要な要素は、去る1970年に国連総会決議で先進国勢向けの目標として採択された、海外援助にGDPの0.7パーセントを提供するという各国勢のコミットメントに支えられた「予測可能かつ追加的な資金提供」であると述べた。国連幹部らがロシア勢によるウクライナへの侵攻に関する問題が深刻度を増しているこのタイミングで、あえてこうしたSDGsへの資金協力を求める発言をした意図とは、いかに国連の資金力不足が深刻であるのかを露呈させたと言えよう(参考)。
(図表:財政収支の国際比較(対GDP比))
(出典:財務省)
海外開発援助への消極的な姿勢の背景にあるのは、各国勢における国家財政状況のひっ迫があるといえる。歳入から歳出を引いた財政収支は、去る2008年秋のリーマン・ショックの影響により、主要国において一様に悪化したが、去る2020年には新型コロナウイルス感染症への対応に迫られた各国勢の財政はリーマン・ショックを超える赤字幅を記録した(図表)。また、今年(2022年)はロシア勢による軍事的脅威に対処することが改めて課題として浮上することになり、各国勢において国防費は今後も増え続ける見通しと言われている。例えば、今年(2022年)3月、米議会が可決した予算案において、国防費は6パーセント近い増加を計上し、バイデン米政権による決定によりアフガニスタン勢から軍を撤退させることになったにもかかわらず高い伸びを示している(参考)。
また、各国勢における財政状況の悪化傾向を裏付ける動きとして、法人税率引き上げへの動きが開始されている点も指摘できるだろう。これは、経済協力開発機構(OECD)主導で最低税率を設定することで国際合意が成立し、世界的な法人税率引き下げ競争に歯止めをかけようという取り組みである(参考)。さらに、英国勢では、世界的なガス・石油価格が高騰していることによって恩恵を受けた企業に対する一回限りの課税である超過利得税(windfall tax)を含め、財政危機と戦うために新たな課税措置を検討しているとされている(参考)。
こうした現状を見ると、SDGsなどグローバル社会における長期的な問題解決を行うには、各国勢における財政状況に左右されない確固たる資金力ある推進役が必要とされているという実態が浮かび上がる。一方で、「ウクライナ戦争」やパンデミックへの対処などより緊急性の高い対応策が優先となり、国連及び途上国勢において資金援助のひっ迫度がより一層増していくことは避けられないと見られる。その結果、国連からいわゆる「次の国連」へと移行するなど、既存の国際秩序に留まらない解決を行うことが可能な機関の形成が後押しされ、これを支えるために「国際連帯税(international solidarity levy)」の導入に結び付くことになるのかという点も念頭に置かねばならないだろう。こうした国際機関を巡る次なる展開が生じるのかどうか、今こそ注視していく必要があるのではないだろうか。
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
倉持 正胤 記す
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