SDGsからSWGsへ ~“健康” という不文律を読み解く~(「国連SDGsとパックス・ジャポニカ」Vol. 8)
過日、世界保健機関(WHO)では総会で、感染症のパンデミック(世界的大流行)の予防や対策を定めた「パンデミック条約」の世界的な合意に向けた協議の期限を延長し、遅くとも2025年までにまとめると発表した。WHO加盟国は新型コロナウイルス流行中の失敗を教訓に、パンデミック発生前と発生時の協力体制を強化するための合意を目指して2年間交渉してきた経緯がある。当初の予定では、5月の合意を想定していたが、ワクチン配分や備えといった問題で富裕国と貧困国との間の隔たりが埋まらず、協議を1年延長することを決めるに至った。
<図:WHOのテドロス事務局長>
(参考:毎日新聞)
テドロス事務局長は「今日下されたこの歴史的な決定は、公衆衛生上の緊急事態や将来のパンデミックに対して共有するリスクから自国民と世界の人々を守りたいという加盟国の共通の願いを示している」と述べて会見の場を去った。世界中の人々が健康になるという当たり前の理念がなぜ統一されないのか。この問いに対するヒントを得るべく本論ではSDGsの3番目の目標でも言及されている“健康”とう不文律を歴史的な経緯より読み解き、今後の議論で求められる点を論究する。
“健康”という概念自体、現代では当たり前のように使われているが、多くの先行研究が重ねられ、様々なアプローチが健康を測る上でなされてきた。代表的な研究者はエミール・デュエルケームだろう[Berkman, 00]。デュエルケームは社会的病理と社会動態の相関を示し学問を発展させた。その後、1950年代の英国人文学者によりソーシャル・ネットワーク理論として社会構造の中でより健康状態が論究され、1980年代に向けて社会的なつながりが“健康”を測るために発展的な研究が重ねられている。
こうした歴史的な系譜をSDGsの3番目の目標も受け継いでいる。2015年に採択されたSDGs3番目のゴールではSDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」という文言が採択されWHO憲章では、前文において「健康」を次のように定義している(参考)。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいう。」
ここで留意すべき点は、上記の学術的系譜に基づき、単なる身体の状態による健康ではなく、社会的に健康状態に繋がるアクセス権について述べている点である。この目標3番目で掲げているゴールの根底にはユニバーサル・ヘルス・カバレッジという考え方があり、「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味し、すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指している(参考)。
<図:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの図>
(参考:JICA HPを基に筆者作成)
こうした健康状態を測る上で、現代ではよく知られている「well-being(ウェルビーイング)」がある。個人が社会的なアクセスを得た上で「 well(良い)+being(状態)」でいられることが現代における健康状態であるということができよう。
こうした中、2030年までの目標であるSDGsを超えてその先の目標枠組みにおける議論が益々活発である。注目すべきは次の国際共通の目標をウェルビーイングにする動きがあることだ。このウェルビーイングを根幹にする動きはSDGsの反省を生かした有効な議論の方向性と言える。なぜならば、SDGsの進捗が大幅に遅れをとっており、各国の意志統一が成されていない中、根底の「幸福」や「成長」などを再定義する必要があると考えるからだ。
<図:1972年ローマクラブの様子>
(参考:DW)
1972年にローマクラブが「成長の限界」を発表してから50年余りが経とうとしている。当時の人々にとって「成長」とは資源と地球の有限性に着目し、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズを主査とする国際チームによってとり纏められた。その際に経済と人口増加をモデル化し、有限な資源の供給との関係において持続可能な成長が唱えられた。他方で、環境政策についても国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)でみられたように先進国と途上国間での溝が埋まらない上、欧州勢(EU)では市民によるデモが発生している顛末である。
こうしたことから本当の意味で「No one left behind(だれひとり取り残さない)」ためにもSDGs後の世界共通目標を議論する際には、人々にとっての「成長」概念を問い直す必要がある。それこそが人類の運命を方向付けるカギを握り、そのヒントはSDGsの目標3番目にあるというのが卑見である。
コーポレート・プランニング・グループ 岩崎州吾 拝
(参考文献)
[Berkman, 00] Berkman, Lisa F., et al. “From social integration to health: Durkheim in the new millennium.” Social science & medicine 51.6 (2000): 843-857.
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