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「女性から男性に抱きつく」は国際儀礼に反する。(原田武夫の”Future Predicts.” Vol. 75)

我が国の高市早苗・総理大臣が訪米を終えて帰国した。「日米首脳会談」の直前・直後から大手マスメディアたちは一切にまずは「大本営発表」のラインで”喧伝”し、次にYouTuberたちが穿った眼差しでそれを批判する論調を”喧伝”している。その様子を見て、かつて外務省員であった時代に先輩同僚から最初にこう教わったことを懐かしく思い出した。

「外交というのは誰でも語れる分野の様に思われている。いわば”床屋談義”の格好のテーマというわけだが、しかし本当の外交(diplomacy)はそうではないという矜持を失わないようにしながら仕事をしてもらいたい」

確かに「日本外交」というと日本人であれば誰でも論ずることが出来るように思えてしまう。しかもその場で交渉を担当する特定個人にハイライトされがちであるので、それ以外の方々はというと全員が「評論家」「批評家」になってしまう。「俺・私だったらばそうは言わない・もっとうまくやれただろう」というわけである。だからこそ、外交を巡っては常に喧しく議論が行われることになる。時の交渉担当者はというと、己の振る舞いについておよそ評価されることはないため、勢い「秘密主義」に走ることとなる。「どうせ話しても分からないのだろうから周囲には、そうであれば秘密にしておこう」というわけなのである。無論、交渉相手もその気持ちであれば良いのだが、往々にしてこれが違ったりするのだから困ったものだ。むしろ相手国としては日本の交渉当事者が自らの口で発表してもらいたかったのに何も言わないとなると、今度はpublic diplomacy、さらにはcovert actionといった手段を用いながら我が国のマスメディアで「リーク報道」が出る様に仕組んだりする。その結果、我が国の交渉当事者は追い詰められていくわけだが、その真骨頂である「国会審議」の現場で追及されても、最終的にはこう言って逃げ切るのが常なのだ。

「委員ご指摘の文書・報道は出所不明であり、その様なものについていちいち、政府としてコメントすることは差し控えさせて頂きます」

「外交」というと”床屋談義”よろしく、誰でも・何でも言って良いように思われている。大手マスメディアでは「専門家」というと、どこぞの有名大学教授(ただし外交経験は無い)か、あるいはOB大使を呼ぶと相場が決まっている。しかし”外交”の真髄はそうした肩書ではないことは一般に知られていない。外交だから何でもあり、ではないのだ。そうではなくて、外交は窮極において「国際儀礼(international protocol)」であり、そこでのあらゆる成果を推し量るにあたっては確立されたルールが慣習的にあるこの「国際儀礼」を基準にして測られるべき世界のものなのである。

「それでは、かくいう貴方はどうなのか?」と言われるかもしれない。筆者は2022年より、ご依頼を受けて学習院女子大学(2026年度からは学習院大学)において「国際儀礼」の総合科目で教鞭をとっている。外務省員であった者は大勢いるが、そうした中でお声がけ頂いた。どういう基準で選ばれたのかは筆者としてつまびらかにしない。しかしこれまでの自分自身の12年間の外交官としての経験から言うならば、一つには在独日本国大使館で「儀典」担当であったこと(つまり現場を知っているということ)、もう一つには皇室の方々の外国御訪問について複数、直接的に携わったことが大きな判断要因であったのだろうと考えている。

筆者が大学で展開している総合科目「国際儀礼」においては、まず次の様な問いかけを学生にすることから始まることにしている。

「国際儀礼とビジネス・エチケットはどこが違うのだろうか?」

無論、学生諸君は正解にすぐにはたどり着けない。色々とやりとりをした上で筆者からはこうまとめて教えることにしている。

「国際儀礼とは国家間の外交に紐づけられたもの。しかもそこでの中心は”王権”同士の古典的な外交における原理原則がベースになっている。だからこそ、中世由来のそうした”王権”をベースとした原理原則を知らなければ、国際儀礼、ひいては外交とは理解出来ないものなのだ」

国際儀礼における確立されたルールに則る限り、外交場裏で当事者である女性の側から、相手方である男性の側に「抱きつく」ということは全くもって論外である。実のところ、男性の側から握手を求めることすら忌避すべきとされている。女性の側からそっと手を差し出した際、その手に軽く触れる、あるいはその手にほんの軽くキスをする、というのが正しい。いずれにせよ、女性の側から抱きつくなどということはあり得ないのである。

「外交」の当事者が仮にその様なふるまいをするのであれば、それは明らかに確立されたマナーという意味での「国際儀礼」に反していることになり、したがって「そのレヴェルの人物」であり、「そのレヴェルのやりとり」ということになってくる。外交というと「仕掛ける」ことばかりが勇ましく語られるが、実のところ”王権”のレヴェルでは真逆なのであって、「そうしないこと」「不作為」こそが大きなサインになるのである。そのことを理解しなければ「国際儀礼」はおろか、本当の意味での「外交(diplomacy)」は分からないということになってくる。

その意味でファーストネームで呼ばれていないのも拘わらず、相手方の大男を「ドナルド」と連呼し(これもまた大変失礼な話ではある)、まずは抱擁を通じて相手の気勢を制した我らが高市早苗・総理大臣は”必死”であったことは理解し、評価に値するかもしれないけれども、この意味での「外交」「国際儀礼」からすると規格外、すなわち「論外」ということになってくるのであろう。そのことを意識してであろう、「ドナルド」の側はこれまたルールに反する形で「ワーキング・ランチはやめよう、話を続けよう」と現場で言い出し、共同記者会見も行うことなく現場を立ち去った。我らが高市早苗・総理大臣はというとこれまた「明示的な脅し」が来る前にとさっさと「11兆円の貢ぎ物」を持ち出し、夕食会では”Japan is back!”とお得意の目を見開いた表情で叫び、悦に浸っていたようであった。その様子を見て、ちょうど地球の裏側では今上天皇と皇后陛下が「20日は御風邪のため、即位後初めて宮中祭祀を休まれる」との報道があったことを筆者は思い出していた。御上の「不作為」は何故にこのタイミングなのかが、気になって仕方がない。

ちょうどその前日、「引きこもり」で誰とも相談しないので自民党の領袖たちすら困っているという高市早苗・総理大臣が毎晩の様に電話をかけ、相談している人物が誰なのか、という話を確かな某筋から聞いていた。曰く、「官僚たちは次々に紙を上げて来るけれども、どれもこれもピンと来ないのよ」と総理は電話し来るそうである。しかしこの電話の相手方の御仁は、筆者の様な世界に生きている者からすると一目瞭然で海の向こう側のインテリジェンスの人間だと分かる。しかも厄介なのはそれなりのランクを与えられたエージェントであることは確かなのだと感じている。今回、総理訪米に随行した官僚の面々はいずれも得意満面といった感じで画面に映っていたが、実のところ彼等の意見など、微塵も高市早苗・総理大臣は聞いていないのである(特に財務省とは没交渉だ)。彼女からすれば、彼等の提案はいずれも自分自身の保身のためにならないものであり、「使えないもの」なのであろう。そうであればまずは自分が持っている全てを投げ出して、相手の気勢を制するしかない・・・というわけで件の「抱擁」になっていくというわけだ。彼女は一体、いつどこで誰から「このやり方」を学んだであろうか。何度もその光景をVTRで見つつ、ふとそう思ってしまった。

いずれにせよ、現下の状況は「イラン戦争」であれ、「米中関係」であれ、何であれ、はるかに高いレヴェルにおける「あらかじめ合意されたシナリオ」に則って動かされている。なぜならば、かつて、例えば「ベルリンの壁崩壊」から始まる一連の東側世界の”崩壊”、そして国際秩序の転換ですら、ヴァチカン勢を筆頭とする米欧勢の統治リーダーシップによるそうした「あらかじめ合意されたシナリオ」に基づくものだったからだ(筆者はその当事者の方から「もう時候だから良いだろう」とそのことを直接教えて頂いたことがある)。今回は明らかにその仲間内に我が国は入れられていない。当然、そうであることには深刻な理由があるはずであり、「戦乱」で忙しい最中、「東京から来たSanae」を「ドナルド」が出迎えた背景にはそのことを「Sanae」は当然知って御上の伝令としてやってくるのか否かを見極めたいという米国勢の側の深謀遠慮があったはずと愚考する。しかし、我がSanaeはというと、「抱擁攻撃」をいきなりしてきたわけであり、「ドナルド」からすれば「あぁ、この女性は”そのレヴェル”ではない」と直感し、後は話を流すだけにしたのではないか、と拝察している。

外交とは”王権”に由来し、そして「国際儀礼」に凝縮している。その根幹は「作為」ではなく「不作為」なのである。そのことを痛感する、春のひと時であった。May the eternal peace prevail in the entire world.

2026年3月22日 東京の寓居にて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

(*弊研究所では引き続き、こうした「次の次」の時代を共に創造するメンバーを募集しています。こちらこちらの記事をご覧頂き、是非ご関心のある方は「Pax Japonicaに対するご自身の想い」を400~600字以内でまとめた上でメール(recruit●haradatakeo.com(●は@です))までご連絡下さい。皆様のご応募をお待ちしております。)