生成系AIは仕事場で本当に役に立つのか?(「IISIA技術ブログ」Vol. 4)
「生成系AIブームはもうピークを過ぎた」といった言説すら早くも流布され始めているが、そうはいってもこの「生成系AI(generative AI)」なるものにどう取り組むべきなのか、とりわけその仕事場での応用(社会実装)をどの様にして進めるのかは依然として大きな課題として残されているのである。様々な議論が展開されているわけであるが、管見ではその方向性が徐々に2つに収斂し始めている。そもそもこの「IISIA技術ブログ」はAIエンジニアというよりも、社会実装のための知恵を捻りだすAIプランナーの立ち位置から書き綴っている。そこで今回はこの問題、すなわち「生成系AIは仕事場で本当に役に立つのか」という問題について真正面から考えてみたい。
この課題について議論をする際、多くの論者が等しくまず立論の根拠を求めているのが[Brynjolfsson et al. 2023]である。「仕事における生成系Ai(Generative AI at Work)」と題されたこの論文のabstractには次のとおり記されている。
We study the staggered introduction of a generative AI-based conversational assistant using data from 5,179 customer support agents. Access to the tool increases productivity, as measured by issues resolved per hour, by 14 percent on average, with the greatest impact on novice and low-skilled workers, and minimal impact on experienced and highly skilled workers. We provide suggestive evidence that the AI model disseminates the potentially tacit knowledge of more able workers and helps newer workers move down the experience vurve. In addition, we show that AI assistance improves customer sentiment, reduces requests for managerial intervention, and improves employee retention.
アカデミアでしっかりと論文を読みこなす術を身につけたことのある読者ならばすぐさま気づくわけだが、実はこの論文、手放しで「生成系AIは仕事場で役に立つ」などとは決して述べるものではないのである。まず生成系AI(generative AI)といっても対象としているのは「テキスト生成系AI」であることが分かる。すなわち拡散モデル(diffusion models)を前提とする画像生成系AIはそのスコープに入っていないのである。これがまず最初に確認しておくべき点だ。そのことを踏まえた上でよく見ると、「テキスト系生成AI」を用いることで非熟練労働者の学習効果について向上が認められる一方、熟練労働者に対するインパクトは余り効果が見られなかったというのである。そしてなぜこんな評価になるのかといえば、要するに暗黙知(tacit knowledge)が「テキスト清栄系AI」によって顕在化し、それを効率よく学べるようになることで非熟練労働者はめきめきとその能力を伸ばすことが可能になるからであるのだという。
いや実は[Brynjolfsson et al. 2023]はこんなことすら述べているのである。ちなみにこの点についてハイライトする議論が我が国で行われているという形跡を筆者は今のところ知らない。
Finally, our findings raise questions about whether and how workers should be compensated for the data that they provide to Ai systems. High-skill workers, in particular, play an important role in model development but see smaller direct benefits in terms of improving their own productivity.
この論文ではGPTが分析材料とされており、そこでは大規模言語モデル(Large Language Model, LLM)の学習が論点として取り上げられている。カスターマー・センターが実験の現場として取り上げられる中、熟練したオペレーターからはLLMを学習させるための様々なデータが抽出され、注入され、それが非熟練労働者であるオペレーターに対して転移(transfer)されることで後者にとってはメリットが大きい。しかし前者にとってすれば自らが築き上げたノウハウを会社にとられるばかりで、これに対する償い(compensation)が為されてしかるべきなのではないかというのである。経営者の目線からすれば特に問題が無いように見えなくもないが、被用者の立場に立つと正にそこが問題だと言われかねない論点なのである。したがってこの点について、特にテキスト生成系Aiの社会実装の「推進派」は明確な答えを今後出すべきだいうべきであろう。
これに対して「創造性(creativity)」というより広い観点から、かつテキスト系生成AIに限らず、より一般的な意味での生成系AIについて論じたのが[Eapan et al. 2023]である。「生成Aiは人間の創造性をどのように拡張するのか(How Generative AI Can Augment Human Creativity)」と題されたこの論文コラムはその冒頭で次のとおり述べている。
The term “democratizing innovation” was coined by MIT’s Eric von Hippel, who, since the mid-1970s, has been researching and writing about the potential for users of products and services to develop what they need themselves rather than simply relying on companies to do so. In the past two decades or so, the notion of deeply involving users in the innovation process has taken off, and today companies use crowdsourcing and innovation contests to generate a multitude of new ideas.
フォン・ヒッペルといえばいわゆる「粘着性(stickiness)」概念で有名な論者である。職場における知識・体験にはそれぞれ固有の「粘着性」、すなわちそれを有している労働者から他の労働者に対して簡単に転移出来るのかというとそうではない場合が往々にしてるというわけなのである。それが組織としての企業の成長を妨げているのであって、これを極小化するための努力が必要だというわけだ。ちなみに野中郁次郎の「SECIモデル」はこの延長線上にあるわけで、さらにその先に我が国において喧しく論じられた「技能・知識伝承」の議論があることも付記しておかなければならない。
イーペンらはこうした言説の延長に立っている以上、生成系AIは職場における「創造性」にとってプラスの効果をもたらすという基本的な姿勢でこの論文を書いている。しかしそこでの議論はどちらかというと過去のテキスト・データを(それなりに)復元できるという利点を持つ「テキスト生成系AI」ではなく、有限数の訓練データから生成モデルを学習し、訓練データ以外の様々なサンプルが実現できる拡散モデル(diffusion models)([岡野原 2023]参照)を特徴とする「画像生成系Ai」を念頭に置いているように見受けられる。そして結論としては次のとおり、生成系AIこそ、フォン・ヒッペルがかつて提唱した「イノベーションの民主化」をもたらすのは間違いないと論じるのである。
Humans have boundless creativity. However, the challenge of communicating their concepts in written or visual form restricts vast numbers of people from contributing new ideas. Generative AI can remove this obstacle. As with any truly innovative capability, there will undoubtedly be resistance to it. Long-standing innovation processes will have to change. People with vested interests in the old way of doing things—especially those worried about being rendered obsolete—will resist. But the advantages—the opportunities to dramatically increase the number and novelty of ideas from both inside and outside the organization—will make the journey worthwhile. Generative AI’s greatest potential is not replacing humans; it is to assist humans in their individual and collective efforts to create hitherto unimaginable solutions. It can truly democratize innovation.
以上のとおり、生成系AIの職場での有効性については2つの方向性があり得る。特にテキスト生成系AIを念頭に置くと、熟練労働者が持っている暗黙知の効率的な転移を非熟練労働者に対してもたらすことの意義は大きい。しかしそうであるならば熟練労働者に対する何らかの補償があって然るべきであり、さらに言うならばそれでもなお、転移出来ない要素が残るならばそれは正に「唯一無二」なのであって、生成系AIが到達し得ない領域で高収入を獲得し続けるごく僅かな人数のプロフェッショナルの存在が炙り出されることになるのは必定なのだ。他方で画像生成系AIを念頭に置くと、「イノベーションの民主化」がいよいよ実現されるのではないかというほのかな期待が抱かれるのにはそれなりに理由があると言えよう。イノベーションには欠かせない「アイデアの壁打ち」を無限に行ってくれる生成系Aiの存在は一部のクリエイターによって牛耳られてきた「ゼロイチの創造行為」を一般の者たち、さらには消費者に対しても可能にする。ただしそこではそうした創造行為のそれまでの局在性を「既得利権」としてきた者からすれば絶対に許せないことなのである。よってそうそう簡単には「イノベーションの民主化」は進まないのであって、それが貫徹されることは革命(revolution)にも近い事態なのであるということを今から受け止めておく必要がある。
しかし、とにもかくにも自分自身で生成系AIがじってみないと何も始まらないのは、人類がこれまで手にしてきた他の技術と全く同じである。弊研究所でもそのことを踏まながらstable diffusion技術によって、ヴァーチャルPR担当「Mariko」をローンチした次第である。上記に示すその一例を見て、あなたは生成系AIの未来に何を見るであろうか(なお、動画の中で読み上げているテキストは架空の事柄に関するものです。)。
2023年8月26日 東京・丸の内にて
代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト
原田 武夫記す
(参考文献)
Brynjolfsson, Erik, Danielle Li, and Lindsey R. Raymond. Generative AI at work. No. w31161. National Bureau of Economic Research, 2023.
Eapen, Tojin T., Finkenstadt, Daniel J., Folk、Josh, Venkataswamy, Lokesh. How Generative AI Can Augment Human Creativity, HBR, July-August, 2023.
岡野原大輔『拡散モデル データ生成技術の数理』岩波書店、2023.