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現金は無くなるのか?(IISIA研究員レポート Vol.45)

英財務省が今年(2021年)6月に英国勢における「支払い」市場(payment market)の動向について報告書を発表した(参考)。

それによれば、昨年(2020年)に「現金」による取引が35パーセント減少し、「現金」払いは6回中1回のみだったことが明らかになった。

10年前には「現金払い」は半分以上を占めていた。ところが、昨年(2020年)1,370万人がほぼキャッシュレスの生活を送り、去る2019年の740万人から約2倍となっていた。

(図表:スターリング・ポンド)

(出典:Wikipedia

もちろん、一時的なものである可能性も十分にある。今次パンデミックの期間中、パブやカフェなど、基本的に現金を使う場所の多くが閉鎖されていたからだ。そして、閉鎖されたことでオンライン・ショッピングをする人が急増したからだともいえる。感染を心配して紙幣や硬貨に触れないようにしていた消費者もいる。

「現金を使うことで感染するのではないか」という人々の不安を解消するために、欧州中央銀行(ECB)も、イングランド銀行(Bank of England)も、それぞれ調査を実施した。その結果、紙幣や硬貨を介した感染のリスクは非常に低いことが確認されている(参考)。

すでに去る2017年以降、英国勢における「現金」利用量は毎年約15パーセントずつ減少していた。今次パンデミックはこの減少を加速させただけである。

他方で、意外なことに、パンデミックの影響で現金を使う人が減っているにもかかわらず、実際に「キャッシュレス社会」を望んでいる人は英国勢においては26パーセント、米国勢でも24パーセントしかいないことが、新たなデータで明らかになった(参考)。

同報告書によれば、英国勢は「キャッシュレス社会」を支持する国のランキングで14位だった。これは、今次パンデミック以降、50パーセントの人が「現金で支払う頻度が減った」と回答しているにもかかわらず、だ。

それに対して、「キャッシュレス化」に賛成する人の割合が最も多かったのがインド勢で、79パーセントという「圧倒的」な数字となった(参考)。

欧州中央銀行(ECB)監督理事会のファビオ・パネッタ(Fabio Panetta)理事は、先日(6月15日)ドイツのフランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main)で開催されたドイツ連邦銀行の第5回国際キャッシュ・カンファレンスにおいて「コロナの時代においても現金は王様だ」と述べた(参考)。同氏の発言は将来の金融政策を示唆する可能性があるため注目される。

興味深いことに、「現金」払いは大幅に減少しているにもかかわらず、実はこの1年間、(ユーロ)紙幣の需要が並行して大幅に増加していたというのである。

昨年(2020年)3月から今年(2021年)5月の間に1,900億ユーロ(一人当たり550ユーロ)の増加となっていた。つまり、今次パンデミックが欧州全域に広がると同時に、「現金」需要が急増したのである。(2020年)3月中旬には、1週間あたりの紙幣流通額の増加額が、過去のピークである190億ユーロにほぼ達した。

これは欧州(EU)だけに限らず、英国においても、近年「現金」払いが減少する一方で、紙幣に対する需要の増加がトレンドとなっていた(参考)。

いわゆる「紙幣パラドックス(banknote paradox)」と呼ばれるものである。

(図表:ユーロ紙幣)

(出典:Wikipedia

これは危機的状況下において人には「現金を蓄えよう」とする衝動があることが反映されたものだという。不確実性が高い時に現金需要が高まることは新しい現象ではなく、去る2008年の金融危機の際にも同様の現象が見られた。

一般的に「紙幣の流通量」と「金融不安の指標」との間には共時性が見られるのだという。

今次パンデミックの間、流通する現金の価値(value of cash in circulation)が急上昇したのは英国勢だけに限らず、米国勢と欧州(EU)勢においては、(2020年)9月の流通通貨総額(total currency in circulation)は前年同月比で10パーセント以上増加し、カナダ勢をはじめとする多くの国々でも同様の傾向が見られた。

パンデミックが始まって以来、取引における現金の使用は低下しているものの、紙幣の流通額は増加していたのである(参考)。

今年(2021年)5月20日、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル(Jerome H. Powell)議長は、中央銀行がデジタル通貨を発行することの意味を探る論文を今夏(2021年夏)にも発表する意向であることを明らかにした(参考)。

その中でパウエル議長は次のように述べている「どのようなデジタル法定通貨(CBDC)になろうとも、我々は『代替(replacement of)』ではなく、『補完(complement to)』として機能することが重要だと考えている」。

上述のパネッタECB理事も「現金にはさまざまな機能があるため、デジタル革命(DX)を乗り越えて、人々はこれからもずっと使い続けていくだろう」との考えを示した。実際、欧州中央銀行(ECB)は「現金」を「守る」ための戦略目標も立てている(参考)。

「2パーセントの富裕層」と「一般人」という構図に焦点を当てるとき、「キャッシュレス」=「デジタル通貨」=「秘匿性の無さ」には、マネーロンダリングに対する対策を容易にするという利点がある。他方で、「完全なキャッシュレス社会」は、世界中のすべての人々に対する監視干渉ツールの確立をも意味する。

現金には「支払い手段(means of payment)」としてのみならず、「価値の貯蔵機能(store of value)」としての役割がある。その中には「個人情報を保護したい気持ち」も含まれているのかもしれない。

相当な長期間にわたって、現金決済も残り得る。引き続き注視して参りたい。

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

前回のコラム: コロナ後に向けた「わたしたちの街」と我が国の豊かさ