原油先物価格の高騰は全て“演出”?~電気代高騰はどこまで続くのか~ (IISIA研究員レポート Vol.73)
原油価格の高騰により、私たちの生活にも直接の影響が出てきている。その最たるものが、電気料金の値上がりであり、具体的には、東京電力エナジーパートナーは来る2022年3月分の電気料金は、2月分に比べ283円の増となることを発表した(参考)。これは各電力会社の料金が「燃料費調整制度」により為替レートや燃料価格の影響を受けて「経済情勢の変化を出来る限り迅速に料金に反映」されるように法整備されているからである(参考)。
幣研究所は、昨年(2021年)から“越境する投資主体”であるゴールドマン・サックスやJPモルガンなどがWTIにおける原油先物価格が2022年は1バレルあたり100ドルを突破するのではないかという予測(参考)を喧伝している旨について日々の「調査分析レポート」などで常時発表してきている。米ブルームバーグ誌など、我が国の大手メディアもそうであるが、“石油マーケットの専門家”が挙げる価格高騰の理由は往々にして「コロナ禍によって生産が滞ったこと、さらにESG投資の増加傾向により石油生産部門に投資が回らないことなどから、石油輸出国機構(OPEC)が生産目標を達成できていないこと」だとしている(参考)。
しかし、ここで一度立ち止まって熟考してみるべきではないか。原油価格高騰が叫ばれてから既に1年以上経過し、その後、2021年に入りイラン勢による原油生産増量は飛躍的に増加していることや(参考)、ウクライナ勢を巡るロシア勢による石油関連製品の輸出の滞りへの不安も実際のところそれほど深刻な影響を及ぼしているという評価はされていない。それどころか、輸出量は2020年より大幅に回復していたという記事も出ている(参考)。本当に原油の生産量は1バレル100ドルを超えて取引されるべきであるほど、ひっ迫されているのかだろうか。今回はこの記事で、いくつかの要素について可能な限り検証していきたい。
(図表:2021年におけるイラン勢の石油生産量の推移)
(出典:TRADING ECONOMICS)
まず第一に、我が国のメディアは世界的な原油価格の高騰が米国勢における寒波に対する懸念の高まりを懸念要素として報道するのだろうか。世界的な金融市場は連動するとしても、アジア市場では中東産原油への依存度が高く、特に、ほぼ全量がスポット市場で取引されるドバイ原油がオマーン原油と共に中東産の原油価格の指標とされている。しかし、なぜ大手メディアはニューヨーク市場ばかり気にするのだろうか。アジア勢における原油価格については、東京商品取引(TOCOM)での原油先物の取引はドバイ原油の先物価格に連動していて、ここでアジアにおける中東産原油の現物価格が決まっている。この先物価格は英S&Pグローバル・プラッツ(以下、プラッツ社)がシンガポール勢における業者間のOCT市場(店頭市場)で実際に取引されたスポット価格を分析し、ドバイ原油とオマーン原油の月間平均価格を発表しており、我が国をはじめアジア向けの中東産原油の価格指標となっている。ここで、先物市場を石油トレーダーがリスクヘッジを行うことで、原油生産国、石油メジャーが価格変動によるリスクを減ずることができているというわけである。では最終的な先物市場のリスクを誰が負うのかという問題になるが、これは我が国の投資家の積極的な活発な取引によって価格の安定的な連動が保証されるということになる。しかし、東京取引所の山岡博士によれば「残念ながら市場流動性の面で我が国の先物取引所は欧米の後塵を拝しており、現状では海外市場で形成された先物価格をもとに、我が国に輸入されるほとんどすべてのエネルギー商品や1次産品の現物価格が決まっている。」という現状を憂いている状態だ(参考)。実際に、図表を参照すればお分かりいただけるように米NY
先物(NYMEX)と英ブレント原油とTOCOMのドバイ原油はほとんど連動している。
(図表:世界3大原油先物市場の価格推移比較)
(出典:みんかぶにおいて作成)
それでは、このニューヨークやロンドン先物市場で「リスクを背負って投資活動を行う」投資家とは誰なのか。ここまで価格を吊り上げれば彼らの背負うリスクを増すはずであるから、そのハイリスクに見合うリターンを彼らは2020年以降受け取っていると考えられるのである。原油価格の高騰は、コロナ禍によって世界中がロックダウン政策を取り需要が圧倒的に落ちたことから、価格が暴落した後に回復する過程を経て高止まりする展開が続いている。
(図表:米国勢の原油・石油製品の輸出入推移)
(出典:米エネルギー情報局)
このことを、米国勢が石油製品に関しては輸入国から輸出国へと転じた背景を用いて分析してはどうだろうか。2021年12月には、米国勢は世界一の液化天然ガス(LNG)輸出国になった。これを受けてウォーレン上院議員らは、バイデン政権に対し、LNG輸出政策を再評価し、消費者への影響が理解されるまで米国勢からのLNG輸出の許可認可を停止するよう求めた(参考)。この書簡において、民主党の議員らは、石油メジャーは「海外のLNG輸出で記録的な利益を得ながら、米国内では手の届かないエネルギー代に設定し国民を苦しめている」と批判している。しかしながら、現実は米ワシントンD.Cにおいては、反石油・反LNG のロビー集団が活発に活動しており、ニューヨーク市とカリフォルニア州ではLNGを使用する建物の建設を禁止しているなど、そもそもインフラ整備において反化石燃料を推し進めてきたことが仇となり、米国勢における国内流通が困難でよりコストがかかるようになってしまっている(参考)。
そういった風向きの中で、米石油メジャーは株主から配当を配ることで投資家の関心を得ようとしている。他方で、上場する大手会社は株主総会などでより効率的なキャッシュフローを実現するように迫られてもいるわけであり、2020年前半に失った損失を補填する為にも、国外への輸出を増加し、国内の需要とのバランスを取る戦略は予測できた展開であったともいえる。各石油メジャーはアナリストの分析を上回る利益を計上し、2021年は自社株買いを増大させている(参考)。こういったことから、原油高騰は米ウォール・ストリートで高額取引する投資家たちのマネー・ゲームによるものだと批判が高まっている(参考)。
2022年の第1四半期においてエネルギー市場は強気で推移しているが、中国勢の景気減速や季節的な需要減退の懸念から、3月頃には上昇に歯止めがかかると予想されている。これは、幣研究所が展開する「定量分析」とも合致している。さらに、通常は金融引き締め政策や景気の先行きが悪い局面においては、リスク資産として見なされる原油先物から安全資産への乗り換えが起きやすく、原油先物価格市場の下火となる。事実、去る2022年1月24日(米東部時間)において米連邦準備制度理事会が予想よりも早期の利上げを実施するかもしれないとの懸念を受け米国株が急落し、原油先物など他のリスク資産が連れ安となる展開があった(参考)。米国勢の利上げが3月に行われる可能性が“喧伝”されていることも含め、今後の展開に注視が必要である。
前回のコラム:『カザフ騒乱』の真相 ~各国の思惑とプーチン大統領の憂鬱~(IISIA研究員レポート Vol.70)