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北朝鮮は何故、ロシアと共にウクライナに進軍するのか。(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 16)

最近、とある報道に触れ、さるやんごとなき御方が今から12年前、赤坂の鬱蒼とした森の中にある邸宅の応接間でこう、吐き捨てる様に私の面前でおっしゃられたのを思い出した。

「この国(北朝鮮)って・・・・もう駄目なのですよね!?」

今思うと何気ない会話の中の、何気ない一言だったのかもしれない。しかし、このさる御方がその後担われることになる役割をも思い起こす時、今この瞬間に起きていることが偶然ではないのではないかと、確信に近い想いすら心の中に湧いて出て来るのだから実に不思議だ。

ウクライナがここに来て次のとおり喧伝し始めた。「ロシアは北朝鮮より1万人以上の将兵を動員し始めており、まずはロシア西部に展開させている。」多くの方々がこの報道に接して、「そもそも常軌を逸した国々が常軌を逸した軍事パートナーシップ協定を結び、それに基づいて哀れな北朝鮮軍の将兵たちを動員させ始めただけだろう。西側諸国から最新鋭の兵器を対するウクライナは供与されているのだから、何が起きようと盤石だ。所詮、北朝鮮軍の将兵なぞ、装備品はたかが知れており、前線ではそれこそ虫けらの様にウクライナ軍によって殺害され、哀れな最後を遂げるに違いない。」

確かにロシア軍の「困窮ぶり」はかねてより伝えられている。ロシアはかつて20世紀末に金融危機を経験したが、その後はバブルにも近い状況を体験し、その頃に生まれた世代が今、前線の兵士としては「適齢期」を迎えている。「ウクライナ戦争」を目の当たりにし、国外に脱出こそしなかったものの、これら若者世代(西側での言い方によれば「Z世代」)の間で厭戦気分がまん延し、とてもではないが「国土防衛」のために必死に戦い続けているウクライナ軍の相手にならないのは想像に難くないのだ。

そこで北朝鮮軍の出番というわけだが、これもまた、一見すると突拍子の無いアイデアである様に見えなくもないのである。北朝鮮から見ればウクライナは遥か西の彼方にある国である。国境を接しているわけでもなく、何か特別な利益によって結ばれているわけでもない。そうした中で「ウクライナ戦争」に対してなけなしの将兵をロシアのために費やすというのは普通であれば常軌を逸した行動なのである。無論、ロシアに「とてつもない恩義」があれば別の話ではあるが。

しかし、である。北朝鮮は実のところ、建国以来ずっとロシアに「とてつもない恩義」を負ってきているのである。歴史をさかのぼり続けても良いのであるが、ここでは紙幅の都合上、一つだけに絞って書いておきたい。それはかつて騒がれた「スーパーダラー(Superdollar)」との関係での話である。これについては筑摩書房から新書の形で刊行させて頂いた拙著『北朝鮮vsアメリカ』の中で触れたことがある。この本は現在、絶版となっている。なぜそうなったのかというと、そこで私があくまでもインテリジェンスの観点から客観的に言及し、問題点を指摘した二人の自称「インテリジェンスのプロ」が騒ぎ立てたからだ。特にイスラエルに近い御仁(最近、なぜか「宗教と戦争」の文脈でBSだがテレビに出演し始めている。何事もないことを傍からお祈り申し上げている)の怒りは相当なものであったようで、その圧迫を受けて、同社の編集部は「喧嘩両成敗」ではないが、御仁の著作は出版せず、とばっちりを受けた私の書籍はそれなりに売上の初速があったのに絶版とした。今となっては懐かしい話である。

話を北朝鮮とロシアに戻す。上記の拙著を貫くテーマは次のとおりだ。まず話は2000年代初頭から米国が「北朝鮮は大量の偽米ドルを貯めている」と騒ぎだすところから始まる。そして米国はこれについて「偽米ドルは北朝鮮が偽造している」とまでエスカレートした主張を展開し始め、ついには金融経済制裁にまで踏み切り始めた。ところがマカオのBanco Delta Asia(銀行)に大量に貯金されていたこの「偽米ドル」を巡る米国の議論にドイツ、そしてスイスが敢然と立ち向かい始めたのである。その実、我が国の外事警察もこの米国からの議論には応じなかった。しかし米国は追及の手を緩めず、最後の最後になってBanco Delta Asiaは圧力に屈し、第三国に当該米ドル貯金を移送したというわけなのである。しばらくの間、米国はそれでも大騒ぎしていたが、その後、「そして誰も語らなくなった」というわけなのである。我が国のメディアがこのあまりにも奇妙な偽米ドル話を現在、全く取り扱わなくなったのは言うまでもない。

以上をお読みになられた読者諸兄は必ずやこう思われたに違いない。「米ドルが大量に移送されたのは一体、どの第三国なのか?」と。そう、この点が全く持って重要なのである。しかも仮に(偽)米ドルが送金されるのであれば、それにはこの「第三国」のみならず、米国も絡んでいるはずなのである。なぜならばグローバル社会全体において、米ドルが関係するところ、必ず米国が関与しているからだ。そして今ではそう簡単に検索することが出来ない、インターネット空間の奥の奥に、その答えがあった。

「Banco Delta Asiaに貯金されていた北朝鮮の(偽米ドルによる)米ドル預金は、米ニューヨーク連銀が関与する中、ロシア中央銀行を通じて、ロシア極東にある地方銀行の預金口座に転送された」

拙著においてはそもそもこの「偽米ドル」が偽ではなく、米国において正当に米ドルを発行する権限を持っているその諜報機関が、発展途上国において米国にとり戦略的な形で独裁政権を温存している諸国に対し供与したものであり、これらの諸国に対して武器を売却した北朝鮮がその「代金」として受け取ったということを、欧州系のソースに基づき記してある。北朝鮮はしたがって偽米ドルを「偽造」などしていなかったというわけであるが、そうであるからこそ、ロシアは何と米国の金融当局による承認の下、北朝鮮の「招かざる米ドル」を預かることにしたという後日談があっても非常に納得が行くのである。そして当然のことながら、預かってやるが故にこの大量の(偽)米ドルの使途については米国、そしてロシアが発言権を持っていることになるわけであり、所詮は小国である北朝鮮は虚勢こそ張れども、米国そしてとりわけロシアの言いなりにならざるを得ない立場にあることは明らかなのだ。

これで読者の頭の中にも「思考の補助線」がくっきりと引かれたのではないか。北朝鮮が将兵を差し出したのは、こうした背景があってのことなのである。そこにあるのはロシア、そしてその背後にある米国の長期にわたる世界戦略である。「偽米ドル」はそのためのツールなのであり、その当時は決してそうは考えられず、外交場裏においても語られることはなかったわけであるが北朝鮮を最後の最後に羽交い絞めにするための道具であったというわけなのである。そしてまたここでは紙幅の都合上詳細は書かないが、「北朝鮮はそもそも第二次世界大戦末期に日ソの謀議で創られることになった干渉国家である」「プーチン・サンクトべルスブルク副市長(当時)に対して大量の米ドル(おそらくは諜報機関が発行した「偽」米ドル)を供与し、もって大統領職にまで上り詰めさせたのは他ならぬ米国」という2つの事実を以上に重ね合わせた時、「ウクライナ戦争が長期化する中、なぜプーチン体制が崩れそうもないのか」というごく自然な疑問への答えが浮かび上がって来るのである。そしてまた・・・冒頭に述べた、さるやんごとなき御仁の「吐き捨てる様に述べられたお言葉」の真意も理解することが出来る。いや、もっといえば震源地はそもそもあの赤坂の鬱蒼とした森の中であったかもしれないのだ。

世界史は今、目の前で音を立てて動いている。しかし、その内奥を理解するためには「過去」を知り尽くさなければならない。珍しく「夏日」となった神無月の今日だからこそ、ふと、そう想う私なのであった。

2024年10月19日 東京の寓居にて

原田 武夫記す

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本日のコラム、如何でしたでしょうか?弊研究所では来年1月、恒例の「年頭記念講演会」」を開催致します。今回取り上げたテーマも含め、じっくりとお話をさせて頂きます。ご関心を持たれた方はどうぞ、こちらから講演会の詳細をご覧ください。皆様のお申込み・ご来場をお待ち申し上げております。