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マネロン対策で我が国が「不合格」の真相 (IISIA研究員レポート Vol.53)

去る(2021年)8月30日、マネー・ロンダリング(資金洗浄)対策を審査する政府間組織「金融活動作業部会」(以下、「FATF」)の13年ぶりとなる対日審査報告書が公表されたが、我が国は実質的に不合格の「重点フォローアップ国」と評価された(参考)。他方で、「マフィア大国」ともいえるイタリア勢やロシア勢、さらには財政破綻の危機にあるギリシャ勢は合格とされている。一体、この違いはどこにあるのか。そもそもFATFとはどういった組織なのだろうか。探っていきたい。

FATFは、1989年のアルシュ・サミットでの経済宣言を受けてパリに設立された政府間機関であり、「マネー・ロンダリング防止」「テロ資金供与対策」「拡散金融対策」に取り組んでいる。まず、FATFでは以下に掲げる国際基準(40の勧告)を策定し、これらの内容を踏まえた法令対応が各国でなされているか否かという「法令等整備状況」(TC:Technical Compliance)が評価される。

(図表:「40の勧告」からなる法令等整備状況の評価(TC:Technical Compliance))

(出典:財務省

つぎに、それら法令が有効に機能しているかどうかという「有効性の審査」(IO:Immediate Outcome)として、次の11項目が評価される。

(図表:有効性の審査項目(IO:Immediate Outcome))

(出典:財務省

各国は、相互審査終了後、TC及びIOが低評価の場合、監視対象国となる。非監視対象国でも、採点が基準に満たない場合、「重点フォローアップ(Enhanced Follow-up)」としてより頻度の高い報告義務の対象となる。FATFのホームページより勧告の履行状況が詳細に把握できるが、その概要は以下のとおりである:

(図表:各国のFATF勧告履行状況一覧)

(出典:FATFのHPより筆者作成)

グリーンなら「合格水準」だが、オレンジ、レッドなら「不合格水準」となる。上記の表でいうと、一番上段のカンボジア勢は、ほぼIO、すなわち国内法令の整備ができていないことがわかる。他方で、右から2列目の「R9」、これはTCの「勧告9」(⾦融機関秘密法が勧告実施の障害となることの防⽌)にあたるが、これはほぼすべての国でクリアしている、ということがわかる。

評価が悪いとマネロンやテロ資金供与対策が「不十分」な国として「グレーリスト」に入れられ、4か月ごとに行動計画の提出を求められるようになる。そうなると、対応する官庁や金融機関の負担も増大し、通常の活動に支障をきたすおそれもでてくる。しかし、それでも対策が講じられなければ、さらにその下のランクとして、「ブラックリスト」に入れられる。北朝鮮勢やイラン勢はテロリストへの資金提供のリスクが高い国として「ブラックリスト」に入っているが、こうなると制裁対象となり、同国勢との取引においては他国勢も慎重とならざるを得なくなる。

そうした中で、今次対日審査で我が国は、IOでは11項目中3項目で、TCでは40項目中11項目で不合格水準となり、「重点フォローアップ国」とされたが、主な「不合格」項目は以下のとおりである:

  • 大手銀行以外の地域金融機関(地方銀行や信用金庫など)の取り組みが不十分
  • NPO(非営利団体)を隠れみのにした資金洗浄リスクへの理解が「十分ではない」
  • 法人の実質的支配者を正確かつ最新の情報を入手する対策の不備
  • 貴金属・宝石商や弁護士など金融以外の業種での対策の不備

例えば、去る2019年には、ある地方銀行から北朝鮮勢と関係のある企業に総額5億円以上が送金されていた、との案件があったが(参考)、「地元密着型」で審査が緩く、口座開設が容易な地方銀行こそが、マネロンの温床とされているが、その対応が不十分とのことである。

また、「NPOの悪用防止」にあたるTC-8では、最低評価であるレッドとなっており、看過できない課題である。NPOは「知らず知らずのうちに、テロ資金供与の活動に巻き込まれる危険性がある」ことについての認識が不十分だというのが理由だ。金融庁も「我が国は性善説に立ち、NPOを信用して資金供与している」とFATFが指摘するリスクを認めている(参考)。

(図表:FATFが事務局をおくOECD本部)

(出典:Wikipedia

他方で、そもそも我が国のNPOでは、米欧勢の統治エリートらが考えるグローバル・アジェンダの流れとは異なる「社会貢献活動」を実施しているのでは、という事情も考えられる。いずれにしても、NPOのような非営利セクターは、素人的なガバナンス、アカウンタビリティの欠如などの課題を常に抱えており、実態をつかむのが難しい「氷山のようなセクター」であることが改めて認識させられる(参考)。

とはいっても、なぜ「マフィア大国」であるイタリア勢やロシア勢、さらには財政破綻の危機にあるギリシャ勢までもが「合格」の中、我が国が実質的に「不合格」の烙印を押されるのかという点については、法整備や履行の遅滞というFATFの指摘を分析しても、どうも腑に落ちないところがあるのではないか。

一般的には、イタリア勢やロシア勢は、「マフィア大国」であるが故に、表向き法整備やその履行にも慎重となっており、結果「グリーン」という判定を得ているともとれる。しかし、それ以上に、我が国における銀行の変遷と「特別口座」の存在が大きいのではないか。

すなわち、我が国では明治6(1873)年に第一国立銀行が発足して以来、様々な銀行が発足しては統廃合を繰り返し、そのマネーの実態が不明瞭になっていく中で、一般的な「普通口座」とは別に、表には出てこない、反社会的勢力が取引するための「特別口座」が徐々に形成され、肥大化していったという経緯がある。

今でこそ、どの銀行も反社会的勢力に対しては「一切の関係遮断」という基本方針を“喧伝”しているが、その実態については、FATFの対日審査でも次のように述べられている:

  • FIs, as any other businesses in Japan, are required to exclude any relationship with Boryokudan or anti-social forces members or associates (see IO 1). There is no unique official list that can be accessed by FIs. Basically, any FI has its own list that is developed on the basis of their own information and other sources including NPA or Prefectural Police and data purchased from service providers. The lists need to be constantly updated by FIs, which face challenges in ensuring their correctness and accuracy.
  • There are some concerns regarding the accuracy of the available Boryokudan lists (see IO 4).

つまり、反社会的勢力(Boryokudan)の正確で統一的なリストが作成されておらず、金融機関が独自で判断してしまっている、というのだ。

「国際金融都市」を目指す上で避けては通れないFATFの審査につき、今後、実態のわからないNPOや反社会的勢力の「特別口座」など、日本社会の「闇」にメスを入れるタイミングが来たのかもしれない。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

原田 大靖 記す

前回のコラム:アフガン情勢に我が国も無関心ではいられない理由 (IISIA研究員レポート Vol.51)

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