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「国連SDGsとパックス・ジャポニカ」Vol. 3 構造から紐解く「目標」という陥穽 ~ポストSDGsにおける「目標」の在り方とは~

20世紀アメリカの建築家・思想家、バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)によって「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」という言葉が広まってから約58年が経過した。フラーは当時、『宇宙船地球号操縦マニュアル(Operating manual for Spaceship Earth)』を著し、『宇宙船地球号操縦マニュアル』の中で“富”の概念を再定義した上、「私たちがある数の人間のために具体的に準備できた未来の日数のこと」と述べている[Puumala 24]。

(図:フラーの宇宙船地球号操縦マニュアル)

(参照:buecher.de

上記から約60年が経った今、持続可能な開発目標(SDGs)を巡り国連の枠組みの中で我が国政府も動き出している。ミレニアム開発目標(MDGs)の系譜を受け継ぎSDGsが採択されてから現代において、同じ“地球”という惑星に乗船した我々人類は果たして世界との約束であるSDGsを達成できるのであろうか。

このSDGsの基本原則を巡り、弊研究所では昨年(2023年)において社会的包摂のための慈愛プロジェクト「Compassion for Social Inclusion」を開催した。そこで国連の基本原則と我が国におけるギャップに焦点を当てた中で興味深い事が判明した。各加盟国によりなされるSDGsの評価が公表される年次のSDGsサミットでは、17の目標に対する進捗が報告されている。他方で、一般市民レヴェルにおいてはSDGsそのもの知っているが、実際にどういう進捗があるのかわからないという結果が公表されている。事実、弊研究所が2023年に採取した日本国民を対象とした社会調査においてもSDGsの取組みに関しては8割が「知らない」と答えている。

(図:SDGsの目標に関する調査結果)

(参考:弊研究所2023年度実施分)

なぜ、人類社会のために標榜しているSDGsを巡り国連の場において議論されることと、一般市民レヴェルにおける議論が乖離してしまうのか。本論では、いくつか批判的レヴューを紹介することでSDGsそのものの本質に迫るとともに、ポストSDGsに向けた意識を醸成することを目的とする。

まず始めに、SDGsという目標を掲げることで本来解決すべき問題が表面化せず潜在化してしまう点である。この論点は経済学者のチャールズ・グッドハートによって提唱されている[Kim 23]。グッドハートによると、アクター自身は実際にはターゲットに向かって真の社会的進歩を遂げることに貢献していないのにも関わらず、目標の進捗に焦点を当てることで、あたかも準拠しているように見せかける行動をとる傾向にあると主張している。いわゆるグッドハートの法則は、人類学者のマリリン・ストラザーン[Marilyn 97]が提唱した「ある尺度が目標になると、それは良い尺度ではなくなる」という議論で世界的にも知られるようになった[Kim 23]。身近な例でいうとGDP成長率があげられよう。経済の健全性の唯一の指標として使用すると、経済のすべての関係者の幸福を考慮するのではなく、GDPを押し上げるという目的が主要な焦点になる可能性がある。このような問題を回避するには、測定対象の問題(各SDGsで定める目標)に対して、いくつか適切な指標を使用することが重要である。

SDGsの前身であるMDGsにおいては目標がSDGsに比べて少なかったにも関わらず達成度合いはSDGsより良いとの評価がされるのはこのためである。現行のSDGsの目標数の多さでは、その何倍もの指標が必要でありポストSDGsにおける目標の数を設定する際に重要な示唆を与えている。

 

(図:各SDGsで標榜する目標に対する指標の数)

(参考:ScienceDirect

次の論点は、数値化することで腐敗を促進するリスクである。SDGsでは17のグローバル課題を解決するための目標を掲げている。しかしながらこうした指標が歪んだインセンティヴを生み出すのを防ぐことは、困難であると批判されており、この法則をキャンベルの法則という。これは、心理学者のドナルド・キャンベルによって提唱されており、定量的な社会的指標が社会的意思決定に使用されるほど、腐敗につながり社会的プロセスを歪めるといわれている[Fisher 24]。具体例でいうと、ESG がわかりやすいであろう。ESGとは、「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガヴァナンス/企業統治)」の3つの頭文字を組み合わせた言葉でありこれは、21世紀の企業経営や投資判断の中心的なテーマである「持続可能性」を測る基準として注目されてきている。他方で、周知の通りこうした枠組みを使い実際にはESGウォッシングとも言われるが、取り組みが成されていない事例も発生している。

(図:グリーンファイナンスの資金調達推移)

(参考:Medium

最後に、現行のSDGsについて様々な議論が成されている。本論では、MDGsからの源流とSDGsまでの歴史の中で構造的な問題を論じた。グッドバートの法則からは目標そのものを掲げることで課題解決から遠のいてしまう点を紹介した。すなわち、評価そのものが目的化してしまうと実際に課題解決する本質的な戦略から乖離してしまい、その評価がポストSDGsにおいても引き継がれてしまうと同じ結果になりかねない。次に、キャンベルの法則からは定量的な社会指標を社会的意思決定に用いることで、インセンティヴが否定的に働くメカニズムについて説明している。当該法則についてはグリーンファイナンスの例をとり説明したが、SDGsを巡り政策的な意思決定のプロセスの中でも十分想定されることでありこちらも次のSDGsに向けて留意が必要である。

しかしながら本論ではSDGsのような世界共通の目標を持つことが必ずしも悪いということを結論付けたいわけではない。例えば、ピケティという経済学者は、国家レヴェルでの不平等政策の有効性に疑問を呈しており、大国など多国籍レヴェルで管理する方が是正に繋がると主張している。実際に、SDGsの17番目ではパートナーシップ構築を掲げており、南北を繋げる取組みも成されている[Pietro 24]。

しかし近年の地政学リスクを鑑みると、国家間の協力だけでポストSDGsを担うのも限界にきていると愚考する。そこで国連では経済社会理事会において非政府組織の意思決定の参画を認めている。弊研究所の姉妹団体も昨年12月より特別諮問資格を取得しており、今日に至るまでPax Japonicaに向けて提言している。今後、国際法定立の動向は、国家間関係の規律という側面から国際協力の達成を目指す枠組みの設定という方向性を強めてゆくことが予想される。そうした中でNGOが国家から独立して、独自に国際社会共通の利益 を追 求し、法秩序を形成することは今後増えてゆくと考えられる[西立野 02]。そこではNGOはその ような新しいタイプの国際法を形成する能動的主体として位置付けられる可能性を持つで あろうし、弊研究所並びに姉妹団体である一般社団法人日本グローバル化研究機構におきてもポストSDGsに向けて枢要な役割を果たしていく所存である。

コーポレート・プランニング・グループ 岩崎 州吾 拝

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(参考文献)

[Puumala 24] Puumala, Mikko M. “Sustainability and Humanity’s Future in Space: A Conceptual Exploration.” The Philosophy of Outer Space. Routledge 100-110(2024).

[Kim 23] Kim, Rakhyun E. “Augment the SDG indicator framework.” Environmental Science & Policy 142 (2023): 62-67.

[Fisher 24] Fisher, Len, et al. “Sustainability: We need to focus on overall system outcomes rather than simplistic targets.” People and Nature (2024).

[Pietro 24] Pietro De Giovanni, Vinay Ramani. “A Selected Survey of Game Theory Models with Government Schemes to Support Circular Economy Systems” (2024)

[西立野 02]西立野園子. “NGO の役割の拡大と国際法上の地位.” 世界法年報 2002.21 (2002): 110-134.