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「一夜漬けの亡国論」が我が国に破滅を招く。(原田武夫の”Future Predicts”. Vol. 13)

残り5日で投開票日を迎えるにあたって、我が国の自民党総裁選に立候補した9名の議員たちによる舌戦が連日の様に繰り広げられている。明らかに党戦略として視聴者に飽きが来ない様にと、小出しで様々なイシューが提示されていることが分かるわけであるが、そうした様子を見て正直辟易したというのが読者諸兄の率直な印象ではないだろうか。前回のこのブログでも述べたとおり、最初はそれぞれ独自の論を述べていた様な候補者たちも徐々に同じ様な議論を繰り返す様になり、正に「総花的(catch-all-party)」な紋切型の言説ばかり語る様になっている。

その様な光景を見ていて、つくづく思うのである。「この人たちは衆議院議員として選ばれつつも、結局のところ、何時なんどきであれ己が内閣総理大臣となったらば一体何をして我が国を窮地から救うのか、リーダーシップをどこで発揮するのかについて考えて来なかったのだ」という印象を拭えない。それでもまだ何とか自らの言葉で(内容は実に薄いわけだが)語ろうとしているのであれば未だ良い。永田町・霞ヶ関のコンフィデンシャル情報によれば、「若手ホープ」と言われている某候補氏は、その「後見人」である総理大臣経験者が各省庁の幹部たちに連絡をとり、「政策案を考えろ」と半ば恫喝しながら集めた政策メモのつぎはぎをもってこの論戦に臨んでいるのだという。ドラマ「笑うマトリョーシカ」の主人公「清家一郎」ではないが、何ともまぁ、笑止な次第である。

かつて財務省の国際畑で幹部の一人であった人物に尋ねた際、こんなことをお聞きしたことがある。「国家戦略、国家観をあくまでも意識して政権運営を最初からしようとしたという意味では、大平正芳総理大臣(当時)が戦後において最後だったのではないだろうか。厳しい党内争いを勝ち抜くや否や、それまで知遇を得ていた各界の有識者を集め、他方では霞ヶ関の中堅官僚たちをも集め、彼らに喧々諤々の議論をさせ、国家戦略をまとめていった。今やあれほどのレヴェルでの国家戦略をとりまとめ、実行しようとする政治家は全くいない。実に嘆かわしいことだ」

大平正芳は1978年12月に政権の座に就くや否や、翌79年1月には国家戦略を議論するための9つの研究会を組織した。有名な「田園都市国家構想」はその成果物の一つであるが、それ以外にも多くの提言をとりまとめたこれら研究会は、当時、石油ショックの中にあって絶体絶命になりかけた我が国の未来を切り開くものとして大いに注目された(その意味でこれとは似ても似つかない提案である「デジタル田園都市国家構想」とは内容も、またそのレヴェルも異なっている)。もっとも、大平正芳は激しい政争の中で精魂尽き果て、1980年6月に逝去してしまったため、そこで取りまとめられた文明論ともいうべき提言の多くは実現されることのないままとなった。しかし大平正芳が「権力の座」に就いた時に何をしなければならないのかが明確に分かっていたのは明らかなのであって、その淵源が敗戦当時の内閣書記官長であった迫水久常、さらにはその後に戦後復興に弾みをつけた池田勇人といった先輩としての「大戦略家」たち、そしてその上で事実上のリーダーシップをとっていた昭和天皇とその周辺に位置する政財官学グループという伝統にあったことは、これまで様々な形で語られてきたとおりなのだ。

そして時代は下り、今=2024年秋。これとは似ても似つかないレヴェルでの低次元な「政策論もどき」が自民党総裁選、さらには立憲民主党代表選と言う形で”流布”されている。実に嘆かわしい限りなのであるが、ここではその例を一つ挙げてみたいと思う。「東京一極集中の排除」「地方創成」を巡る議論である。

多くの候補者たちはこう語る。「意図的にこれまで行われてきたのが東京一極集中なのであるから、今度は意図をもってこれを止め、かつ地方に活力を持たせるべく様々な援助をすれば良い。もっとも東京は東京で世界に冠たる都市であるべきなのであってそうした機能を果たすのは許す。しかし、地方はダイレクトにグローバルと結びつくべきなのであり、また地方の”若者たち”が希望を持って働くことが出来る様な仕事を創り出すべく、地方での公教育は充実させるべきであり、大学発ヴェンチャーも大いに創出すべきだ。東京に暮らす多くの方々が最終的には地方に暮らしたいという流れが出来ており、これを有効活用すべきでもある。また地方といえば農業、畜産、漁業であり、これらも大いに振興すべきだ。」ーーーどうだろうか、一体何を彼らは総理大臣になってしたいというのであろうか?候補者全員の日頃の不勉強さ、そして「国家観」「戦略的発想」の無さを如実に物語ってはいないだろうか?

「それでは貴方ならばどうするのか」とすぐさま打ち返されそうなので、卑見をあえて申し上げおきたい。まず、戦後の我が国における大戦略は1)円レートを破格の円安に設定し続け、2)日米同盟を盾に米国の後ろから市場開拓を行い、3)そこで円安を最大限活用する中、不当廉売(ダンピング)に近いやり方で「日本製品」を売りさばき、4)もって国内に国外から国富を奪取してくる、というものであった。これが昭和天皇とその周辺のグループが形を変えた「戦争」=経済戦争として対米、そして全世界との関係で繰り広げてきた大戦略だったのである。つまり、そこには何よりも、焦土化した我が国で茫然自失としていた同胞たちに如何にしてメシを食わせるべきなのか、という発想の原点があったのである。そしてそこで取られた手法は他ならぬ「空間としての市場の拡大」だったのであり、かつそれを日米同盟を隠れ蓑として行うことなのであった。

私たちが生きている世界には結局のところ、「時間」と「空間」しかない。全国民に飯を食わせるという大戦略を立て、その執行を行う者はまずもってこれを踏まえる必要がある。「東京一極集中の排除」「地方創成」の議論を巡る本質もここから始めなければならないのである。

すなわち、こういうこと、だ。―――全ての産業は窮極のところ、まず「空間」と言う意味では物理的な意味での空間と、仮想的な空間(ヴァーチャル空間)のいずれに主軸を置いているのかで二分される。そして現代においてまず注目すべきなのが、仮想空間で稼得している者たちは「住む土地を選ばない」ということなのだ。そしてまたこれら「仮想空間での稼得者たち」はデジタル空間としての仮想空間で仕事をしているため、デジタルの本質である「二進法による時間的なロスの極小化」に伴う恩恵を受けている。つまり空間とならんで時間についても圧倒的に早く仕事をしており、結果としてこうした半導体を用いたレヴァレッジから十分な利益を得、収入もそうではない者の得るそれとは比べ物にならないほどの大きさのものとなっている。現在、「広がる資産格差」と問題視されている現象の本質は実のところここにある。これら「仮想空間での稼得者」たちは住む場所を選ぶ必要がないため、気分・ムードによって住処を変えることが可能だ。我が国の国内であっても複数個所に住居を所有している例も少なくない。

これに対して、「物理的な空間」を稼得の場所としている者はこうした恩恵を被ることが無い。無論、だから何等かのネガティヴなイメージを持つべきではないのであって、例えば穀物・野菜・魚・肉・乳製品・果物といった食料はこうした「物理的な空間」でしか得ることが出来ないのであって、それに纏わる産業、すなわち一次産業は絶対に不可欠なものなのである。また、モノ作りについても同じことが言える。ただ、それらは「空間」をデジタル化し、かつそこでの「時間」についてもレヴァレッジを働かせるということを本来的に行わない稼得手段であるが故に、どうしてもそこから得る収入は見劣りしてしまうのである。

したがって正にここにこそ「国家の大戦略」を考える余地があるというのが私の考えだ。前者は往々にして高度に知識産業であり、そもそも子供の頃から高度な教育を施される機会を得る必要がある。他方で、後者については知識もさることながら、むしろ高度に体感レヴェルでの修練が必要な場合が多く、これまでは長年の体験と勘の積み重ねが必要とされてきたのである。よってまずもって幼少期から、その親たちも含め、今後はこれら2つのどちらの選択肢をつかみとりたいのか、熟慮する必要があることがまずもって刷り込まれる必要がある。その意味で現在となっては絶滅危惧種になりかけている「中間層」を前提とした公教育の体制は全面的に刷新される必要があり、かつそこでは上記の意味で二つの大きな選択肢があることを教育の機会均等と共に国家の側からパターナリスティックな形で国民全体に対して広く刷り込まなければならないのである。

しかしそうなると、「仮想空間での稼得者」と「物理的な空間での稼得者」との間で上述のとおり、必然的な形で所得・資産格差が生まれてしまう。したがってここで「国家の出番」ということになってくる。前者の側はより快適な住空間を求めて地方での第2、第3の拠点を持つことも多くなるであろう。そうであればこれまでの様に固定資産税のみならず、第2、第3の住民税を課し、その代わりに地方自治体レヴェルでの参政権も得させる様にすれば良いのである。そうした中で地方に対してはこれら前者の所得からマネーが流れ込み始め、後者、すなわち「物理的な空間での稼得者」に対する所得補填、あるいは事業支援のためのマネーへと転じて行くことになる。無論、地方に生まれ育ちつつも、「仮想空間での稼得者」になりたいと決意した子供・青年たちには応分のサポートを公的にも与える形にすれば良いであろう。その結果、これまで漠然と語られてきた「東京と地方の格差」はその本質が一体どこにあるのかが明らかとなり、かつその差分をも埋めることになってくるというわけなのである。

「農業」そして「工業」と言う意味での産業振興を地方で行うにはどうするのかと言えば、そこにいきなり補助金といった形でマネーを流し込むのではなく、これらをそれでも地元に残る「物理的な空間での稼得者」となることを希望する若年労働者たちがより容易にこなせる様な仕組みづくりを行う必要があると私は考える。そしてそこでの中核となるのが、マネーではなく、これらのセクターでの仕事に従事する際に必要不可欠な知識の伝播・伝承(knowledge transfer)にあるということに鑑みれば、そのデータベース化とそこにあるデータ=知恵・見える化された経験、を如何にして容易に引き出せるかが勝負であるという、技術的な問題に収斂することに気づくのである。端的に言うならば、こうした形でよりシンプルに問題を捉えなおした時に活用が望まれるのが、生成AI(generative AI)の中でも大規模言語モデル(LLM)、もっといえば検索拡張生成(RAG)システムに他ならないのである。手書きであってもマニュアルがあれば良く、また数値的なデータでも良い。勘所が画像データでとらえられるのであればそれを画像認識技術でとらえ、同じ様に見える化、さらには言語化していく。そしてこうしたLLMをベースとしたツールを中核とした新しい職業教育システムを構築し、実際の教育現場で活用していくことを通じて、これまで3年、5年、10年とかかっていた就業者としての成熟までの時間を、数か月、1年へと大幅に短縮する可能性は大いにあるというわけなのだ。

候補者の諸兄よ、「君、空理空論を語ること勿れ」だ。地に足の着いた議論と、その前提とした国家観、国家戦略、そしてこなれた技術論こそが現下の難局から我が国を救い出すのであるから。そのことを、これら候補者諸兄が最終的に「退場宣告」を受ける前の今だからこそ、明確にしておく。その先にこそ、Pax Japonica(ニッポンの平和)は見えている。

2024年9月22日 東京・丸の内にて

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 ファウンダー/代表取締役CEO/グローバルAIストラテジスト

原田 武夫記す

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