「コロナ・リッチ」と再燃する“富裕税”という刻印 (IISIA研究員レポート Vol.41)
今年(2021年)の「英国富豪リスト」(Rich List)が発表された(参考)。
英国勢における保守系高級紙タイムズの日曜版であるサンデー・タイムズ (The Sunday Times)が毎年発表しているランキングである。
この報告によると、英国勢における億万長者の数はパンデミック中に過去最高の171人となり、彼らの資産は21.7パーセント増、1,065億ポンド増の5,972億ポンドとなった。
世界全体ではどうだろうか。2,365人の億万長者がパンデミックの年に54パーセント、4兆ドルの資産増加を享受した(参考)。
米国勢においても然りである。昨年(2020年)3月18日から今年(2021年)4月15日の間に、米国勢における億万長者の富の合計は1.6兆ドル、55パーセント増加した。
現在、米国勢には700人以上の億万長者がおり、総資産は4兆5,600億ドルで、昨年(2020年)3月の2兆9,000億ドルから増加している。
去る1990年以降の億万長者の富の3分の1が、今次パンデミックの最後の14か月間に起こったことになるという。
(図表: wealth)
(出典:Wikipedia)
このトレンドに対して、次のような声が挙がっている;
パンデミックで億万長者が純資産を増やした一方で、労働者は苦労している。パンデミックが発生したこの14か月間に、何百万人もの米国人が仕事、健康、富を失い、約60万人が命を落とす一方で、億万長者の資産は急増し、格差が加速した。それは「民主主義を歪めるレベル」であるというものだ。
ここから、米国勢において「富裕税(wealth tax)」を求める声が再び高まった。
今年(2021年)3月には、80以上の労働組合と左派団体がバイデン米大統領に書簡を送り、富裕層に大きな恩恵を与えたとするトランプ時代の減税措置を撤回するとともに、200万ドル以上の所得に10パーセントの税金を追加することを求めた(参考)。
さらに同月、エリザベス・ウォーレン上院議員が超富裕層の純資産に税を課すという、彼女の初期の提案を修正したS.510を提出した(参考)。
米国勢の3分の2が40万ドル以上の所得者への増税に賛成しているにもかかわらず、ここまでのところ「富裕税」の導入は実現してはいなかった。
「富裕税」をめぐる論争は、米国の歴史において何度も何度も「浮かんではすぐ消え」を繰り返してきたものだ(参考)。
去る2018年、FRB(連邦準備制度理事会)が、最上位10%の富裕層が国の富の70%を所有しているのに対し、最上位1%の富裕層は32%を所有しているとの指摘をきっかけに、バーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレン議員らが、2020年大統領選において、所得税に加えて富裕層税を提案するようになった。
富裕層への課税を行っているOECD諸国は極めて少ない。その理由として、資本逃避のリスク(特に、資本移動の増加と富裕納税者のタックス・ヘイブンへのアクセス)、高い行政コストとコンプライアンス・コストへの懸念などが挙げられてきた(参考)。
ところが最近では、富の分配が極めて不平等であることへの懸念と、多くの国での税収増の必要性が相まって、富裕税への関心が再び高まっている。去る2006年に純富裕税を廃止したアイスランドは2010年から2014年にかけて一時的な「緊急」措置として富裕層税を再導入した。かつて2008年にスペインは、100%の税額控除を導入し、すべての納税者の富裕税の負担をゼロにしていたが、2011年に純富裕税(net wealth tax)を復活させた。当初は一時的な復活とされていたが、その後も維持されている(参考)。
とはいえ、富裕税が税収に占める割合は一般的に非常に小さい。2016年の個人純富裕税の税収は、スペインのGDPの0.2パーセント~スイスのGDPの1.0パーセントである。また、税収全体に占める割合は、フランスでは0.5パーセント、スイスでは3.7パーセントとなっている(参考)。
(図表:OECDカンファレンス・センター)
(出典:Wikipedia)
それから、「富裕税」推進派の主張は概して米国の富の不平等を誇張し、富裕税がもたらす潜在的な収入を過大評価し、富裕税の負の影響を最小化しているという批判も存在する(参考)。
我が国においては、第二次世界大戦後、マッカーサーが召喚した日本税制使節団(シャウプ使節団)が当時最高で85パーセントもあった所得税率を引き下げる代わりに富裕税を導入(1950年)したことがある。しかし、財産価値の評価が困難だったため、わずか3年(1952年)で廃止となった。
1980年代から我が国でも「格差の拡大」が見られるものの、その特徴として、世界的なトレンドとは異なり、「富裕層の富裕化」ではなく、1995年以降の「低所得層の貧困化」が問題の本質であると指摘されている(参考)。昨年(2020年)11月には、政府税制調査会が「資産格差の固定化」を回避する観点から、贈与税と相続税の制度を見直す必要があるとの認識で一致した(参考)。
先日(2021年)5月28日バイデン米大統領は第二次世界大戦以来という6兆ドル規模の2022年度予算案を発表した際に、それを賄うために「法人税」に加えて、「富裕税」を案した。当初は2兆ドル規模の「米国雇用計画(American Jobs Plan)」の財源を、国内の億万長者や大富豪ではなく、法人税率を現在の21%から28%に引き上げることで賄おうとしていると言われていたことから一転した形だ(参考)。
「格差」を問題視することが世界的なトレンドとなる中で再燃する「富裕税」、我が国でも似たような動きは起こるのだろうか。引き続き注視して参りたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
二宮美樹 記す
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