半導体業界における地政学リスクの影響とは ~安全保障と自由経済の相克~(IISIA研究員レポート Vol.79) – IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 – haradatakeo.com
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半導体業界における地政学リスクの影響とは ~安全保障と自由経済の相克~(IISIA研究員レポート Vol.79)

半導体業界がこれまで以上に激動の時代を迎えている。コロナウィルスによるパンデミック、米中対立、それから今次ウクライナ危機によるサプライチェーンの混乱懸念である。こうしたサプライチェーンの混乱の背景には、他の業界と比較してより地政学リスクの影響を受けやすい半導体業界の性質が根本にあり、本論ではそれぞれの地政学リスクを振り返りつつ、今次ウクライナ情勢における「危機」における影響としてどのような展開可能性があるのか以下論じる。

まず始めに、コロナウィルスの影響が生じ始めたのは昨年頃であった。コロナウィルスによる影響で、自動車から家電製品にいたるまで、幅広い機器が半導体不足によって生産に支障が出て、品不足や操業停止を経験した。コロナ禍のIT需要によるものという見方もできる一方、米中対立影響も関係していると捉えることができる。丁度、米中対立を巡り中国に対する経済的な対立姿勢を鮮明にし始め、去る(2019年)以降から、中国企業のファーウェイに対する締め付けを行った。この影響が一つの要因として台湾企業に影響したものと考えられる。

(図表:トランプ前米大統領(左)と習近平国家主席(右))

(出典:Will Online

そして、天候も地政学リスクの一つとして機能することもあり、去る(2021年)には、米国国内のテキサス州に大寒波が襲い電力不足に陥り、我が国でも同年3月自動車用半導体大手のルネサスエレクトロニクス社の生産子会社で火事が発生、それから少し離れた台湾では水不足が起きた。この他、コロナ禍ということもあり世界的にコンテナが不足しており、運送費が高騰なども加わった結果、複雑に絡み合う地政学リスクの要因が今日に至るまで解決へと導けていない理由でもある。これらの半導体における混乱はアジア勢に製造拠点が集中している結果発生しており、同時に、米欧勢にアジアからの脱却を促す契機ともなった。

それでは、今次ウクライナ勢を巡る「危機」ではどうだろうか。ウクライナ勢とロシア勢との緊張が未だに続いているが、最初に静寂を破ったのはロシア勢だった。2月24日(米国時間)の朝において侵攻を開始し、最初に狙いを定めた場所の一つがウクライナ最大級の港湾都市であるオデッサである。オデッサには世界の半導体生産に大きな役割を果たしているネオンガスメーカーの2社があり、ウクライナ勢・オデッサに本社を置くCryoinと、マリウポリに本社を置くIngasがそれぞれ工場の操業を停止したと報じている(参考)。世界の供給の約50パーセントを占めている2社の操業停止が、上述で紹介した半導体のサプライチェーンの混乱に拍車をかけることが最大の懸念となっている。

そしてこの影響を大きく受けているのは半導体業界の中でもとりわけ製造分野である。ウクライナから産出されるネオンガスは、DUV (深紫外)露光装置の光源であるエキシマレーザーに不可欠な不活性ガスで、ウクライナはネオンガスの世界供給の約70パーセントを生産しており、半導体不足が懸念されている理由がここにある(参考)。現状では、格付け会社ムーディーズによると半導体各社はウクライナ情勢を予見し備蓄していていることから、世界における供給の約50パーセントを占める2社によるネオン供給も、大きな影響を受けていないとされている(参考)。しかしながら、ネオンが半導体製造に重要であることから、備蓄が直接的に安心を与える材料になることはなく、数か月のモラトリアムに過ぎないことは言うまでもない。実際に半導体露光装置大手のASML社など他の調達先を探そうとしているところ、まだ調達先の多様化の目途が立っていないのも現実である(参考)。

(図表:オランダ半導体露光装置大手ASML社)

(出典:REUTERS

こうした混沌とした半導体業界に新たな手を打ちアジア・マーケットからの脱却を図った企業が半導体素子メーカーのインテル社である。今後10年間、アジアからの脱却を画策し欧州勢(EU)域内において総額約800億ユーロを投じることで、研究開発から製造、最新のパッケージング技術までの半導体バリューチェーンの構築を計画し、そのうち330億ユーロを投資して欧州域内における研究開発・製造拠点を拡大することを発表した(参考)。また米国勢においても「シリコン・デザート」と呼ばれるアリゾナ州でTSMC(台湾積体電路製造)の工場を建設誘致することに成功しており、他方、我が国においても熊本県にTSMCの工場を誘致し、ソニーと共に設備投資8000億円の出資と、雇用1500人の創設を予定している(参考)。

(図表:インテル社半導体製造拠点のイメージ)

(出典:Gigazin

コロナウィルスによるパンデミック、米中対立、それから今回のウクライナ情勢は、半導体業界におけるプレイヤーや関係国勢にサプライチェーンの見直しの重要性を示したのみならず、半導体産業の持つ地政学的価値の重要さに気づかせたのではないだろうか。台湾勢のTSMCを巡る工場誘致の争いが激化することが今後も予想される。しかしながらその際に重要なことは、TSMCの工場誘致の延長線上に中国勢との地政学リスクの可能性も忘れてはならない(参考)。今回インテル社がアジア勢からの脱却を目指し欧州勢(EU)に進出した背景にはそうした思惑もある。

こうした各国の思惑が半導体業界において錯綜する中で、元来中国勢や台湾勢、それから韓国勢により集中していた半導体マーケットを移そうと画策している点で、半導体業界の地政学リスクは新しい時代に入り変容していると言える。かつて我が国企業が衰退した原因とも指摘されている垂直型から海外では水平型へ半導体業界がシフトしたのだが、結局その転換が半導体業界の設計から組み立てまでのサプライチェーンを複雑化し、本論で取り上げたようなコロナウィルスや米中対立などの地政学リスクの影響を受け混乱しやすい構造となっている。この意味で今回取り上げたインテル社の欧州勢の地域内で生産から組み立てを完結する取り組みは長期的には解決策となる可能性がある。益々競争が激しくなる中、国際情勢を俯瞰的に見て戦略を打ち出すことが各国や企業には求められるであろう。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

岩崎 州吾 記す

前回のコラム:『GAFAM』崩壊のカウントダウンが始まった?~米国マーケットの終焉か~(IISIA研究員レポート Vol.74)