新たな局面を迎えたウクライナ勢を巡る「危機」 ~「ソ連科学アカデミー」復権への道程か~ (IISIA研究員レポート Vol.78)
「2022年2月24日」、ロシア勢がウクライナ勢に侵攻を開始した日である。まさにこの日を境に、グローバル社会は一変し、それ以前のbusiness as usualな日々は消え去ってしまった。ウクライナ勢を巡る「危機」は、もはや「ウクライナ戦争」とでも言うべき情勢にまで発展し、株価や為替、コモディティなどマーケットも乱高下を続けている。
そうした中で、今次「戦争」においては、ウクライナ勢の核関連施設や研究所等、技術インフラの他、キエフ・テレビ塔や世界最大の航空機「アントノフAn-225」など「象徴的」なターゲットへの攻撃も相次いでいるという点が気になる。一般的には、こうした主要インフラを破壊することで、圧力を強め、戦況、停戦交渉を有利に進める狙いがあるとみられているが、ロシア勢にはそれ以上に深い狙いがあるのではないか。
(図表:破壊された世界最大の航空機「アントノフAn-225」)
(出典:Twitter)
ロシア勢では貴重な独立系報道機関とされている『コメルサント』紙は、去る3月9日(モスクワ時間)、次のような記事を掲載した(参考):
- 国営宇宙企業ロスコスモスのドミトリー・ロゴージン総裁が、今次「特別作戦」を通じて、旧ソ連時代よりウクライナ勢に残っていたロケット宇宙産業の工場をロスコスモスの工場へ統合することで、「歴史的な科学的および産業的協力」を回復することになると述べている
- さらにロゴージン総裁は、ウクライナ勢が「ソ連時代の遺産を荒廃」させたとした上で、その技術的劣化を克服するための支援をするとともに、先進的な宇宙ロケット技術を生み出す共同作業を実施するとも述べている
この記事からもロシア勢の狙いは、一般的に言われているような「領土的野心」とは別に、ウクライナ勢がもつ「ソ連科学アカデミー」時代以来の科学技術利権の奪取にこそあるのではないかという分析もできるのではないか。
旧ソ連時代のウクライナ勢は、核開発や原子力発電、航空宇宙分野の研究拠点とされ、そのポテンシャルは現在に至るまで維持されている。例えば、エンジニアリングの学位取得者は13万人もおり、これはロシア勢は言うに及ばず、英国勢やドイツ勢をもしのぐ高い水準である(参考)。
(図表:エンジニアリングの学位取得者数の比較)
(出典:JETRO)
一昨年(2020年)には、「Good Country Index」にて、次のようなパラメーターが評価され、科学技術能力においてウクライナ勢は163か国中14位にランクインしている(参考):
- 留学生数
- 学術論文掲載数
- 科学系の出版数
- ノーベル賞受賞者数
- 特許協力条約(PCT)の出願数
同Indexによると、首都キエフの他、ハリコフ、リヴィウ、オデッサ、ドニプロなどのウクライナ勢の都市が「世界で最も革新的な都市リスト」に含まれているという。いずれも今次「戦争」において侵攻中、もしくは攻撃対象とされている都市である。
「精神状態に異変が起きているのでは」とまで“喧伝”されているプーチン大統領であるが、同大統領をしてここまで軍事侵攻をエスカレーションさせている背景の一つとして、ソ連勢崩壊と同時に散逸してしまった科学技術利権を統合し、復活させたいとの野望もあるのではないか。
その背景としては、イェリツィン大統領時代、「グローバル化」の名の下にユダヤ勢=アシュケナージ勢によって籠絡され、旧ソ連時代の科学技術利権が散逸させられたという情報もある(参考)。イェリツィン大統領自身はロシア人であったが、彼を取り巻く政府高官のほとんどがユダヤ勢であり、その中には米国勢のアドヴァイザーも含まれていたのだ。中でも、米国勢を代表する経済学者であるジェフリー=サックス・ハーバード大学教授(現:コロンビア大学教授)は、イェリツィン政権に対する「アドヴァイス」を行い、結果としてソ連勢をロシア勢へと転換する中でその無力化を図る主導的な役割を果たしたことで知られている。
(図表:イェリツィンに指名されて新生ロシア連邦の大統領代行に就任したプーチン)
(出典:Wikipedia)
これらに加えて、去る3月11日(米東部時間)には、国連安保理でロシア勢は、「米国勢が支援してウクライナ勢の研究所で、生物兵器の開発が行われている証拠がある」との主張を展開し始めた(参考)。米国勢はこれを「偽情報」としてロシア勢を非難した上で、ロシア勢によって化学兵器が使われる可能性に警鐘を鳴らし始めた(参考)。
ロシア勢、米国勢ともにその主張に根拠が示されておらず、その真偽や今後の展開は、現時点では明らかではないが、米国家安全保障アーカイブ(NSA)内に、「ソヴィエト生物兵器システムの解体(“Cracking open the Soviet biological weapons system”)」との記録があり、その中ではソ連勢における生物兵器開発の実態について、次のように記述されている(参考):
- 1970年代半ばからソ連勢は「バイオプレパラト」と呼ばれる生物兵器の開発・製造組織を構築。1989年に同組織のウラジミール・パセクニック博士が英国勢に亡命し、その実態が英国勢に明かされる。同時に米国勢にもその情報は共有された
- スヴェルドロフスク炭疽菌漏出事故を受けて、米英勢より実施されたデマルシェ(申し入れ)に対するソ連外務省のメモによると、米英両国は生物兵器の分野でソ連勢が大規模な秘密のプログラムを展開しているという情報をすでに持っていた
- 1990年、ベイカー米国務長官が訪ソした際、シュワルナゼ・ソ連外相に対し、生物兵器の問題について懸念を表明する
上記の記述からも、米国勢は旧ソ連時代における生物兵器プログラムについて、かなり詳細につかんでおり、そのことをソ連勢も知悉していたと思われることからも、現在、報道されているロシア勢、米国勢の主張をそれぞれ「陰謀論」として片づけるのは時期尚早であり、両サイドの主張を丹念に追っていく必要があろう。
以上を踏まえた上で、今後の「ウクライナ戦争」の動向をみていく上では、旧ソ連時代の科学アカデミーにおける利権と拠点がどこに散逸したのか、といった歴史的観点もあるいは重要となるのではないか。
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
原田 大靖 記す
前回のコラム:「外資系ホテルの空白地帯・札幌に米系最上級ホテルが進出 ~押し寄せる『グローバル・マクロ』の波~」 (IISIA研究員レポート Vol.75)