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「脱炭素」に直面するイラク勢の焦燥 (IISIA研究員レポート Vol.55)

「9.11米同時多発テロ」から20年が経った。テロ発生から1か月後の2001年10月に米国勢は、これを首謀したイスラム系過激派組織「アル・カーイダ」の首領ウサマ・ビン・ラディンを匿っているとして、アフガニスタン勢への侵攻を開始し、「タリバン」政権を崩壊させた。つづいて2003年3月には、「大量破壊兵器(WMD)を保有している」として、イラク勢に侵攻し、フセイン政権を打倒した。

(図表:2011年にホワイトハウスのシチュエーション・ルームで、

ビン・ラディン殺害作戦を見守るオバマ政権中枢の面々)

(出典:Wikipedia

その後も2011年の「アラブの春」を背景としてシリア勢で内戦が勃発したが、こうした混乱を背景に2014年頃にはイスラム系過激派組織「イスラム国(IS)」が台頭し、世界を恐怖せしめた。同年(2014年)は、イエメン内戦が本格化し、米国勢がサウジアラビア勢を間接支援することで、介入した年でもあった。昨年(2020年)には米国勢がイラン勢にて革命防衛隊のスレイマニ司令官をドローン兵器によって暗殺している。そして、去る(2021年)8月15日、かつて崩壊させたはずの「タリバン」がアフガニスタン勢で再び政権を掌握する事態に至っている。

(図表:2019年にホワイトハウスのシチュエーション・ルームで、

「イスラム国(IS)」の指導者バグダーディー殺害作戦を見守るトランプ政権中枢の面々)

(出典:Wikipedia

2001年から始まった米国勢の「中東大改造」とでも呼べるこれらの動きは、アフガニスタン勢からイラク勢、シリア勢、イエメン勢、イラン勢などへと拡大していったわけであるが、これら中東勢のすべての国が混乱に陥っているのかといえば、必ずしもそうではなく、この20年間で中東勢の中でも明暗が分かれている。

特に、アフガニスタン勢を「暗」だとすれば、イラク勢は「明」にあたるのかもしれない。去る8月21日(バグダード時間)には、茂木敏充外務大臣がイラク勢を訪問し、フアード・フセイン外相と会談したところ、次のような「成果」が“喧伝”されている(参考):

  • 「バスラ製油所改良計画(第三期)」の円借款を供与(供与限度額327億円)する方針が伝達され、同案件はイラク勢のエネルギー安定供給や雇用創出に資することが期待されるとのこと
  • 新型コロナウィルス感染拡大防止策や、イラク勢におけるビジネス・投資環境整備についても議論したとのこと
  • 茂木大臣が「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific:FOIP)」の実現に向けた我が国の理念は中東勢の発展に寄与する旨を述べたのに対し、フセイン外相からは、FOIPの謳う「法の支配」等の重要性に同意するとの発言があったとのこと

(図表:2021年8月21日に行われた日・イラク外相会談の様子)

(出典:外務省

この会談の「成果」をみても、イラク勢が着実に前へと進み始めていることがわかる。特に、産油国であるイラク勢が前進する上で避けてとおれない課題が「脱炭素」へのトランジション(移行)であり、これに向けた「ビジネス・投資環境整備」は焦眉の急となっている。

先月(2021年8月)には、イラク勢から英BP、米エクソンモービルといった石油メジャーが相次ぎ撤退する構えをみせているとの報道もある中で(参考)、国家歳入の約9割を石油に依存するイラク勢の「焦燥」は想像に難くない。現に、イラク勢は石油省、国家投資委員会などを中心に国家総出で再生可能エネルギーへのトランジション(移行)を“喧伝”しており、「オイルマネー」に代わって「グリーンマネー」を呼び込もうと必死だ。

(図表:イラク勢が再生可能エネルギーの生産拡大を目指すとの報道)

(出典:AsharqAl-Awsat

イラク勢が「グリーンマネー」を呼び込むための理由としては主に以下のようなことを挙げている:

  • イラク勢においては、経済発展に伴い電力の需給ギャップ(需要超過)が生じている
  • 石油以外の歳入源も確保することで、石油の安定供給、石油価格の急激な変動にも対応可能となる
  • 太陽光、風力、水力などの再生可能エネルギー関連の発電設備(インフラ)への投資は各国勢にとっても大きな投資機会であり、すでにフランス勢(トタル)、中国勢(Power China)などが積極的に投資している

しかし、闇雲に「脱炭素」の流れに乗って、再生可能エネルギーへのトランジションを“喧伝”したところで、そう簡単に「グリーンマネー」は流入してこない。そもそも、「脱炭素」というキーワードは、米欧勢の統治エリートらによって作り上げられた「アラブ勢からの決別」を念頭に置いているところ、その点を見誤った拙速な動きでは、米欧勢からは相手にされないであろう。

本気で「グリーンマネー」流入を企図するならば、まずは米欧勢が敷いたルールに則ったプロセスが必要となる。すなわち、それは(昨年(2020年)菅首相が行ったように)「カーボン・ニュートラル宣言」を行い、そのための具体的な「ロードマップ」を策定することである。

(図表:所信表明演説で「カーボン・ニュートラル宣言」を行う菅首相)

(出典:首相官邸

また、「カーボン・ニュートラル」に唯一の解はなく、各国、各地域の事情(日射量、風向きなど)を踏まえた、多様かつ現実的(リアリスティック)なトランジションが想定されなければならない。そうすると、例えばイラク勢でも日射量の多い南部では、危険度レヴェル4の地域も多く、こうしたことを考慮した上で、計画は策定されなければならない。

とは言っても、治安がすべて回復するのを待った上での投資では、何年先になるかも不明である。まずは安全で、かつエネルギー生産の効率も高い地域から出来ることを形にしていく、小さいことから着実に“make it happen(実現)”させることも大事なのかもしれない。

(図表:イラク勢の危険・スポット・広域情報)

(出典:外務省

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

原田 大靖 記す

前回のコラム:マネロン対策で我が国が「不合格」の真相 (IISIA研究員レポート Vol.53)

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