「火星化」する地球という衝撃(IISIA研究員レポート Vol.6)
去る7月20日、アラブ首長国連邦(UAE)勢の火星探査機「HOPE(ホープ)」が我が国の鹿児島県・種子島宇宙センターより打ち上げられ話題になった。
ここに来て火星に無人探査機を送る動きがグローバル社会において活発化している。UAE勢による今次打ち上げの3日後には中国勢(7月23日)、そしてその1週間後には米国勢(7月30日)が火星探査機の打ち上げをそれぞれ成功させた。
(図表:NASAの火星探査機「Mars 2020」イメージ)
(出典:NASA)
地球温暖化や異常気象など環境の問題が続々と発生するや「やがて地球では人類は生きられなくなる」との考えが広まりつつある。そして火星の環境をより地球に近いものに変えることで、地球上の生物(人間も含む)が生存できるようにする「テラフォーミング(地球化)」の可能性に夢を託す向きすら現れている。
「火星移住計画」が起こった背景としては火星に液体の水が存在している証拠が見つかったことも大きい。地球上の生命体にとって水は必要不可欠だ。現時点で太陽系の惑星の中で地球以外に地表に水が存在したと考えられるのは火星だけである。この発見によって「人類火星移住計画」にますます期待が高まっているのだ。
ところが同時期に「火星のテラフォーミング(地球化)はほぼ不可能」という研究結果も発表された。コロラド大学ボルダー校のブルース・ジャコスキー(Bruce Jakosky)教授らによる研究で、現代の技術では大気はつくれないことがわかったのだという。
「火星に人は住めない」のであれば、UAE勢は何のために火星へ探査機を飛ばしたのだろうか。本当のミッションは何なのだろうか。
宇宙空間にはさまざまな宇宙線が存在する。放射線の観点からも生命にとって過酷な空間だ。火星は地球と同じく岩石でできた惑星だが、地球の大気の組成が主に「窒素」と「酸素」である一方で、火星の大気の95%以上は「二酸化炭素」である。非常に薄い大気に覆われている。だから火星の地表で活動すると致死的なレヴェルの宇宙放射線にさらされる。地球にいる私たちは厚い大気と磁場に守られ、宇宙線に直接被ばくする心配がほとんどない。
(図表:地球の大気)
(出典:Wikipedia)
ところが問題はこの地球上でも酸素が減り続けていることだ。さらに5G、いずれ6Gといったテクノロジーの急激な発展が私たちを宇宙線から守っていた「電離圏(電離層、Ionosphere)」を破壊するのではないかと一部では懸念され始めている。しかもテスラ社のイーロン・マスクは高速インターネット接続サービスを提供するために1万基以上の人工衛星によるネットワーク網を構築しようとしている。他の企業も参戦し合計すると20,000基の衛星が低軌道や高軌道に打ち上げられる予定だ。高周波の電磁波を電離圏に向けて発射し攪乱させる実験も世界ではもはや珍しいことではない。
UAE勢自身は今回の「火星ミッション」について次のように記している。「火星の大気の全貌を初めて明らかにする」。火星が始まったときには明らかに存在していた水のほとんどが失われた理由。火星が地表に「液体の水」を維持できていた厚い大気から、数十億年の歳月をかけて現在のような「寒くて薄い乾燥した大気」へと変化したプロセスを初めて調査するというのである。
(図表:火星の薄い大気)
(出典:Wikipedia)
その中でUAE勢はこのように述べている。
「地球上での生活の質を向上させるために」(To Improve the quality of life on Earth…)
本当の目的はここにあるのではないかというのが卑見である。つまり火星はこれから人類が向かうべき希望の星ではなく、地球の未来なのではないか。地球が失敗した結果の惨状こそが今の火星の実態だと考えればどうだろうか。
ここであらためて巨視的な観点から考えるならば、二酸化炭素を増やし、電離圏(電離層)を破壊している私たちがこの地球を「火星化」しつつあるのだ。かつては水が豊富にあった火星は今では生命が住めるようなところではなくなった。真のミッションは火星が辿ってきた道筋を知り、そして地球が同じ道を歩まないようにするために何ができるのかを学ぶことなのかもしれない。火星が今の姿になった原因がわかれば、人類の進む方向を変えることも可能になる。
果たして人類は火星の教訓を学び、この地球上で「クオリティ・オブ・ライフ(quality of life, QOL)」を高めることができるだろうか。引き続き考えて行きたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
二宮 美樹 記す