『ものさしを持って利害関係を調整する』(連載「現場課題を乗り越える思考と行動のフレームワーク」その2)
本コラムでは経営コンサルタントとして国内外の顧客の現場で直面した筆者の実体験を基にした、「現場課題を乗り越える思考と行動のフレームワーク」について取り扱います。前回は『ゴールを起点に色々な辿り方を考える』と題しまして、目的をクリアに精緻にした上でそこから逆算した道(=シナリオ)を描くこと、余裕を持ってシミュレーションを何回も繰りかえすことで、自分が何をすべきなのかという存在意義と貢献価値を感じながら実成果を最大化することができる、とお話しました。
第2回目の寄稿となる今回は『ものさしを持って利害関係を調整する』について書かせて頂きたいと思います。
プロジェクトで今まで支援をしてきた顧客企業は、様々な局面で取引先から協業スキームを持ちかけられたり、異業種との合弁事業設立や新興国ベンチャー企業への投資を提案されたりする機会が頻繁にあり、私も何回もそういった局面に立ち会いました。
経営レベルでの投資判断となると、先鋭な財務部隊を中心に「やるべきか?やらざるべきか?」といった効果の観点に加え、「やれるか?やれないか?」といった実行性の観点で評価し、経営者の迅速な意思決定を手助けします。別の観点でのレビュー(例えば、戦略とその投資案件の整合性確認)や、第三者的視点でのレビュー用途として、我々経営コンサルタントが支援することもありますが、基本的に「投資に関わる意思決定」はそれぞれ企業の中で基準が明確になっています。ファイナンスのフレームワークが十分に揃っていて、数値による判断がしやすいというのもこの一因でしょう。
ところが、経営から一つ階層が下がった事業現場においては、「取引先との商談から出てくる要望に対してどう応えるべきか」という悩みの声を聞くことが多いです。「取引先ニーズを充足する」をミッションとして掲げている営業部隊は多いですが、御用聞きに徹してしまうと得られる利益率は低くなり、かといって要望を元に組み立てないと売上目標は達成できません。このようなジレンマに悩み、事業拡大に課題を持つ企業も少なくありません。そう、現場には“単にあるべき姿を描く”だけでなく、“あらゆる会社外のプレーヤー(取引先)との利害調整”をしなければならない難しさが付きまとうのです。第1回目の寄稿でお伝えした“あるべき姿を持つ”という考え方とこれら“取引先との利害調整”にどう繋がるかをお伝えします。
投資案件では投資基準に沿ったYes/No判断が求められますが、事業現場では取引先との利害調整を含めた“突破力”が求められます。利害関係を考えて動く必要がある現場において、どういったものさしを持つべきでしょうか?下記の事例を元に一緒にお考えください。
(自社製品展開を作るメーカー・小売業はターゲットと製品の利用用途が比較的明確なため、ここでは商社のような中間流通やサービス業などを主な想定対象とします)
☑ 日本商品を海外向けに販売する商社に勤務する営業部長Aさんは、タイの財閥小売企業と取引を始めて3年になる。この取引先へは今まで輸出入代行しかサービス提供していなかったが、今年末に400㎡の広い新店舗をオープンすることになったため、取引先のバイヤー責任者から商品選定と仕入先への買付の条件交渉を行ってくれないかと依頼が来た。
☑ この営業部長Aさんは日本の取引先(商品メーカー)からフランチャイズライセンスの購入を持ちかけられた。初期投資1,000万円でライセンスを買い取れば、日本・ASEAN全ての店舗での売上の5%をロイヤリティとして支払うと受けた。
一見すると、売上拡大に貢献するポテンシャルに満ちた引合案件を獲得したかのように見えますが、貿易機能しか持たない会社に対して「販売先への商品調達支援やアソートメント提案」は事業機能として持っていないサービスに対するオファーです。更に買付の条件交渉を行うということは、取引先にとっての仕入原価を抑制し、結果としてこのAさんの売上単価も下げることに繋がります。取引先毎にわざわざカスタマイズ対応をする必要はなく、自身が目指すスキームをベースに判断すればよいのです。
1つ目の依頼について、Aさんが依頼を受けてから「どうしようか」と考えている時点で、取引先が描いたスキーム・仕組みに乗っかるということしかできず、Yes/Noのどちらかしか選択できません。達成したいこと(ゴール)とそれまでの辿り方は第1回目の寄稿でお伝えした通り、各々が戦略として独自に考えるべきことで、それが意味するのは「取引先とゴール・辿り方がぴったりと一致することはほぼありえない」ということです。不確実性の高い企業環境において、他社事例をベンチマークとして踏襲しようとする企業が多くなってきていますが、それでは主体性が生まれず、結果現場では判断ができずに突破力を発揮できないという事態から脱却できないのです。
自分から働きかけて取引先との絶妙な役割分担が握れる、という突破力こそ重要で、「棚から牡丹もち」のように好条件の案件が突然振ってくるということは起こり得ません。そのようなスタンスでは取引先の真意を掴むことができず、巧みなレトリックで思惑に翻弄されてしまいかねません。自身が目指すスキームの“あるべき姿”に対して、「この案件に乗っかればどの部分/パーツが補強できるのか?」という見方ができるようになります。
フランチャイズライセンスの購入引合についても、単体で判断する必要はなく、Aさんの商社が事業機能としてこのようなスキームで他の取引先や見込案件に生きるかという視点を持って判断すべきものです。あらゆることにPros and Consがあり、すべてにトレードオフが存在するのです。この場合、貿易取引を主事業とするのであれば、商品の中身には深堀せずにできるだけ物量を見込める取引を拡大することがミッションになるはずですが、ライセンスを持つ時点で、特定の限られた商品をいかに販路と結びつけるか、ということがミッションになります。何を主とするかという目的によって、辿り方(=活動)が変わってくるのです。
相手の申し出や提案依頼に対して、「自分たちのゴールと辿り方を進める上で効率的か」という観点でフィルターを通す必要があります。「ゴールから逆算すること」が大事なのであって、そのゴールを置く過程でどういった事業体として動くべきなのかを決める必要があります。ボトムアップで組み立てていったのでは判断基準(ものさし)が明確になりませんし、それを生かした今後の発展性も見えにくいです。自分が率先して“プロトタイプ”をつくることで、現場の中で方向性を示し、取引先との“ブリッジ”として前に出ながら常にその方向性に合わせた動きをすることで、利害関係をうまく調整して物事を成し遂げることができます。読者の皆様のご活躍の一端となれば幸いです。
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【執筆者プロフィール】
大橋祐介(おおはしゆうすけ)
慶應義塾大学卒業後、経営コンサルティング・ファームに参画。戦略、マネジメント、オペレーションを総合俯瞰したコンサルに価値を置く。国内外を跨いだ 数々のプロジェクトに従事し、直近では合弁会社設立や新規事業立ち上げに参画。アメリカ発祥の国際的非営利教育団体Toastmasters Internationalにてエリアディレクターも務める。