「ウクライナ勢を巡る危機」の背後において揺らぐイラン勢の「核合意」 ~カギとなるイスラエル勢の動向とは~ (IISIA研究員レポート Vol. 76)
「ウクライナ勢を巡る危機」により、イラン勢と米欧勢による「核合意」にむけての協議復帰が困難になっていると“喧伝”される展開が続いている。これは、イラン勢とロシア勢が友好関係にある為に、今回の「核合意」協議再開に関しても積極的に仲介役を務めてきたロシア勢におけるチャンネルが消滅しつつあるからだ。この問題に対して、去る2月19日(ブラッセル時間)にアイルランド勢の・コベニー国防・外相は、ミュンヘン安全保障会議でイランのホセイン・アミラブドラヒアン外相に対し、「合意が可能な瞬間があるが、その瞬間を過ぎると、交渉のコントロール外の理由で合意が遠のくことがある」と述べた(参考)。
他方で、イラン勢の原油生産量が増加している。中国勢への輸出を増やしているためである。去る1月15日(北京時間)バイデン米大統領は、このことに関して中国勢には制裁を課さないことを決定した(参考)。これを受けて、北東アジア勢がイラン勢からの原油を確保しようと協議が始まっている中、去る16日(ソウル時間)に韓国勢の外務省はイラン勢の資産凍結の解除を念頭に実務者協議を行ったと発表した(参考)。
(図表:イラン勢の最高指導者ハメネイ師)
(出典:REUTERS)
国際社会は問題の解決と、イラン勢の「核合意」への復帰がイコールであるという図式が完成されている向きがある。そういった世間が期待する「大団円大円団」に向けて、イラン勢との協議を今年(2022年)から徐々に再開させている米国勢は、去る2021年12月に、サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官をイスラエル勢に訪問させて外交的な調整を事前に行っていた(参考)。このことからも、中東勢において「核武装」する国が出現することに、イスラエル勢が敏感になっていることは疑うべくもなく、その懸念に「配慮すべきだ」と米国勢が考えていると示唆されている。
しかし、考えてみればイラン勢が「核合意」協議に復帰し、核ウラン濃縮を取りやめるということは、イスラエル勢にとって望ましいことではないだろうか。なぜ、「核合意」への復帰を後押ししないのだろうか。
それには、この「核合意」について歴史的な動向を含めて多角的に考えなくてはならないだろう。一般的に、我が国メディアで目にする「核合意」とは去る2015年4月にスイス勢にて協議され、同年7月20日に国連の安全保障理事会にて採択された「包括的共同行動計画(JCPOA)」のことを指す。この「核合意」が議論される発端となったイラン勢の「核開発疑惑」は去る2002年8月にまで遡る。反体制派により、暴露本分が発表され、イラン勢に「核の闇市場」があることが明らかになったのである(参考)。この暴露と国際原子力機関(IAEA)の調査を受けて、去る2005年より国際社会からの制裁が段階的に始まった。この制裁は、イラン勢の姿勢をより強硬なものへとすることとなり、去る2010年2月には20パーセント濃縮ウランの生成に着手していることが明らかとなった。こういった経緯から去る2013年から国際原子力機関(IAEA)は各国勢と協力し2015年の「核合意」に至る協議をイラン勢と歩んできたのである(参考)。
去る2016年1月に国際原子力機関(IAEA)がイラン勢の「核合意」の履行を確認したことから、米欧勢は順次イラン勢への制裁の解除を発表した。しかし、去る2017年にイラン勢がミサイル発射実験をしたとトランプ政権が非難と制裁を実施する事態に陥り、翌2018年5月に米国勢がこの「核合意」から離脱することを発表した。米国勢の「核合意」からの離脱は、イラン勢への厳しい経済制裁が再開されることを意味し、そういった要因からイラン勢において革命期から燻り続ける「反米感情」が高まっていくこととなった。そして、2020年1月、現在進行中の「ウクライナ勢を巡る危機」と同様にあわや「核戦争」か、と騒がれた「Seven Days In January(1月の7日間)」が起きたわけである(参考)。
(図表:中東各国・組織の対立の構図)
(出典:Yahoo!ニュース)
イラン勢において英雄的な存在であったスレイマニ革命防衛隊司令官の暗殺作戦を米国勢以外で知っていたのは、イスラエル勢のネタニヤフ首相(当時)であったと見られている。興味深いのは、暗殺作戦の数時間前に、公に対し不可解なヒントを提供していたことである。同氏はギリシャ勢のアテネ訪問に出発する前にテルアビブの滑走路で、「この地域が荒れていること、非常に劇的なことが起きていることは知っている」と、国内の記者団に話したのだ(参考)。イスラエル勢にとっては、イラン勢は周辺のアラブ諸国であるから敵視しているというだけではない。日々、報じられるイスラエル勢とパレスチナ勢の問題において、イラン勢やシリア勢はレバノン勢のシーア派イスラム組織「ヒズボラ」を支援してイスラエル勢を攻撃しており、その長い直接的な戦闘を経て両国間には埋めがたい溝がある。実際に、ネタニヤフ首相(当時)がメディアに流出したビデオの中で、同氏がトランプ大統領(当時)に対して「核合意」を破棄するように個人的に説得したと自慢している姿が残されているくらいだ(参考)。
その対立構造を理解してなお、その「核合意」の順守をイラン勢に迫らずに、経済制裁の継続という過去の歴史から見れば危険な綱渡りを選択する理由には不十分である。なにが、イスラエル勢の動機となっているのか。そもそも、この「核合意」が協議された2015年に提示された条件が、締結日から10~15年先までの制約が主であって、特に「ウラン濃縮」関連は、去る2016年1月16日から15年間の2031年までの制約しかない。ネタニヤフ首相(当時)は、この「核合意」は非常に短期的な制約であり根本的な解決策ではないと批判してきた。さらに、何度もの中断を繰り返してきた段階的な制約の履行がなされているとは認められないので、この状態で去る2015年に策定された「核合意」が根本的な変更がないままに、「復帰」だけが“喧伝”される現状はイスラエル勢にとっては避けたい展開であるのだ(参考)。
(図表:「核合意」による主な制約のタイムライン)
(出典:日本原子力研究開発機構)
イラン勢は、現在、イエメン勢における内戦においてはフーシ派反政府勢力に援助を行っており、去る1月17日(アブダビ時間)にドローンによってアラブ首長国連邦勢(UAE)に攻撃を行ったことからも、テルアビブも近いうちに彼らの手の届くところにあるターゲットになる可能性があるということをイスラエル勢は警戒しているのである(参考)。このような状況下で、イラン勢が「核合意」への復帰を叶え「大団円大円団」であるかのように国際世論が形成された場合に、来る2025年にはイラン勢首脳部に凍結されていた何十億ドルもの資金が戻ってくることになる。さらに、現在の原油価格高騰のトレンドが続く限りイラン勢の輸出産業は好調に推移するだろう。
イラン勢は長い経済制裁により、国民は疲弊し特に農村部では激しいデモ活動が繰り広げられており(参考)、また「ウクライナ勢を巡る危機」の短期的な解決が見込めない現在の状況では米欧勢がイラン勢との協議を加速させる材料がそろっていた(参考)。今次、「ウクライナ勢を巡る危機」により雲行きが怪しくなってきたが、前出の事情から、去る2021年11月には、イスラエル勢の議会はイラン勢の脅威に備えるため、国防関連への支出を70億シェケル(2500億円ほど)増加させる予算案を可決した。さらに、イスラエル勢は新たな「アブラハム協定」のパートナーとの安全保障上の結びつきを深める構えである。ドバイではホロコースト記念展が開かれ、モロッコ勢とは学術交流が進み、バーレーン勢においては医療センターを立ち上げている。ヨルダン勢とエジプト勢との和平協定によって弱体化したとはいえ断ち切れなかったアラブ諸国のイスラエル勢への敵対心という包囲網は、後退しつつあるように見える。最大の関心事とされるサウジアラビア勢についても、イスラエル企業は「さまざまな方法、形、形態で」協力しており、事態は前進しているとイスラエル勢は主張している。イラン勢とイエメン勢において対立するサウジアラビア勢やアラブ首長国連邦勢も、イスラエル勢が展開する包囲網に「反発」はないようである(参考)。
イラン勢の「核合意」への復帰は、短期的に見れば国際的な原油価格の高騰に対するカンフル剤のような効果を果たす可能性はある。拙稿である「原油先物価格の高騰は全て“演出”?~電気代高騰はどこまで続くのか?~」(参考)でも示した通り、イラン勢の原油の輸出は昨年(2021年)から既に大々的に再開されており、中国勢の件も含めて考えれば「核合意」への復帰が実際の取引市場にインパクトを与えるというよりは、あくまでも「先物取引」への反応として価格が下落する可能性があるということに過ぎない。その短期的な価格の下落トレンドを優先することが、今後の中東勢における地政学リスクを急激に高める可能性を見落としていないだろうか。我々は、今回の「ウクライナ勢を巡る危機」の動向を後追いで一喜一憂するのではなく、こういった見通せる紛争リスクに対し、今こそより慎重になるべきだ。
グローバル・インテリジェンス・グループ リサーチャー
横田 杏那 記す
前回のコラム:原油先物価格の高騰は全て“演出”?~電気代高騰はどこまで続くのか?~(IISIA研究員レポート Vol.73)